【謎のホテルマン①(mysterious hotel man)】
フロントの男は薄い色の付いたメガネをかけていて目つきが分からない。
穏やかな目つきなのか、そうでないのか。
僕の直観に従うならば、この男は只者ではないことは間違いない。
宿泊依頼書に氏名とワザとイラクには存在しない地名を住所として記入して様子を窺うが、ホテルマンの男は何も気が付かなかった素振りで宿泊の手続きを進めていた。
アラビア語を知っているくせにイラクの地理には不案内なのか、それとも知っていてスルーしているのか……。
手続きが終わり部屋の鍵を渡されたとき、車から荷物を取ってくると言って一旦ホテルを出た。
急いで取りに行く必要がある荷物なんてものはないし、車の中に荷物を残したままにしていると必ず盗難に遭うことは十分知っている。
だから残っている荷物なんていうモノ事態が存在しないのだが、車に戻ったのには訳がある。
後ろのラゲッジボックスのハッチを開けて、スペアタイヤの収まっている横にあった工具が僕のお目当て。
工具を2つ取り、それをビニールテープでまとめ、中身が見えないように紙袋に入れて再びホテルの玄関から入る。
ドアを開けカウベルが鳴るが、今度は入って来たのが僕だと分かっているらしくカウンターの男は煙草をふかしながらチラッとも見ない。
まあ、ここまでは普通の反応。
そこで、僕は持っていた紙袋を落とすとどうなるか……。
ワザと余所見をして椅子にぶつかり、その拍子に紙袋を落とす。
ゴツンと言う固いもの独特の音にカチャッと言う音も混ざる。
慌てて拾うフリをしながら、カウンターの男の様子を窺うと、予想通り只ならぬ様子で機敏に反応した。
心なしか茶色の眼鏡レンズの奥に隠された目が光ったようにも見えた。
そそくさと紙袋を拾い上げ、胸に隠して階段を駆け上る。
さて、お次は向こう任せだが、どう出るか楽しみだ。
僕の思い違いなら何もない。
もしあるとすれば、あの音に不信を感じたカウンターの男が警察を呼び、音のした紙袋の中身を調べさせる程度の事。
僕の思い通りであれば、あの時直ぐに動きを起こさなかったカウンターの男は、いま作戦を思案中のはず。
だから彼の準備が整うまでの間、ユックリと部屋のシャワーを浴びることにした。
安いホテルなので、狭いシャワールームの栓を捻っても水しか出てこない。
服を着たままシャワーを浴び、イラクから持ってきた石鹸を使って服ごと体を洗う。
この方が体と衣服が同時に洗えて、手っ取り早い。
全部洗い終わると、服をきつく絞ってベランダに干す。
バックパックから予備のズボンとシャツを取り出して着替える。
腹が減ったが、いま部屋を開けるとおそらく奴か奴の手の者が部屋に侵入してくる事は間違いない。
留守中に侵入があったかどうかを確かめる手立ては幾らでもあるし、盗まれて困るものなどは無いからそのまま外に食べに出ても構わないが、奴がいったいどんな手を使ってくるのか確かめたいからそのまま部屋に残っていた。
旅の疲れでウトウト仕掛けた頃、ドアがノックされた。
“やっと来た!”
それにしてもノックしてくるなんて、なんて紳士的なんだろう。
「何ですか!?」
相手に用件を聞くと、女の声で「サービスに参りました」と言う返事。
ドアの向こうに居るのは、紳士ではなく淑女だった。
なんのサービスか聞き直したが、女はまた「サービスに参りました」と同じ言葉を繰り返すだけ。
女一人とは限らないし、友好的かどうかも定かではない。
死のサービスかも知れない。
部屋のドアは内開き。
一応最悪のことも考えて、ドアの前には立たずにドアの蝶番の方に身をかがめて手を伸ばしてカギを開ける。
「どうぞ」
ユックリとドアが開き明かりの消された部屋に隙間から光が差し込み、その光は人の影によって消される。
さて、次に現れるのは足か、それとも銃か?
カツン。
微かな足音が相手の動きを伝える。
一番緊張する瞬間。
足が先か……。
足を払いのけて倒すために手を伸ばす。
ところが、現れた足に手の動きが止まる。
女の足!?
手を引っ込めて、他に気配がないか探り立ち上がる。
「黒覆面のオジサン!?」
女は不用心に部屋の中に入って来た。




