【イランで暴漢に襲われる①(Attacked by thugs in Iran)】
イラクを出るときにバラクにレイラの事を注意するように言っておいた。
特に、いつも履いているあのベージュのパンプスには何やら仕掛けが有りそうなこと。
そして、これから自分が使うレイラが乗って来た車のチェックも。
走り出した途端に、爆発してしまうのは困るから。
幸い爆発物も、盗聴器や発信機の類も見つからなかった。
「では、行ってくる」
「ああ、気を付け行け」
「BM、出世しても、また遊びにきてくれよな」
落ち着いて見送ってくれるバラクの隣で、イワンが今にも泣きそうな顔で言う。
はじめは私を殺そうと言う勢いだったのに、人間の情というものは良い物だ。
車を走らせてアジトを後にして、一旦墓地に向かう。
グリムリーパーに殺されたオビロン軍曹やローランド中尉の墓。
もちろん遺体そのものは本国に戻されているから、ここにあるのは只の碑だけだ。
夕方にようやくイラン国境に入る。
イランは白人に対して寛容ではないが、ザリバンの身分証明書を見せると簡単に通してくれた。
もとはイラクと敵対していた国。
イラクの元フセイン大統領とは幾度も闘っていた。
フセイン政権が滅亡するきっかけになった生物化学兵器に関する情報も、湾岸戦争で多国籍軍に敗れ軍事力が弱体化したところをイランに攻められることを恐れて流した偽の情報。
しかし今は、共に西側諸国と戦う仲間と言う訳だ。
もっともイラク政府自体は腑抜けになってしまったが、そのぶん今では敵であったイランが、イラク人テロリストの支援を行ってくれている。
共通の敵に対しては、かつて敵対していた犬猿の仲であろうとも結託して戦う。
戦うことでイラクの町や村が戦場になり、罪もなく平和に暮らしている同胞たちが家を追われ家族を失うことなどお構いなし。
なんとも都合のいいこと……。
イランは今のイラクより少しは治安が良いと聞いているが、知らない土地で車を置き去りにしてホテルのベッドで寝ているうちに車を盗まれたなんて事になるとマズいので、ホテルには泊まらずに車の中で寝ることにした。
これなら知らないうちに車を盗まれるといったことは起きない。
もし知らないうちに取られていたとすれば、それは僕が寝ている間に銃で撃ち殺されたときだけ。
長い運転の疲れもあって、僕は直ぐに寝入ってしまったが、しばらくすると何やら不穏な足音に気付いて目を開ける。
“車泥棒……それとも、車上荒らし?”
どちらにしても褒められた行為ではないし、僕が乗っていることが分かれば逃げ出すだろうと思い、倒していたシートを起こしてルームランプを着けた。
ところが彼らは僕の姿に気付いても、特に驚く様子も見せずにそのまま近づいて来る。
なるほど、強盗という訳でもなさそうだな。
もしも彼らが強盗だったとしても、やはり起き上がった僕を見て少し驚くはず。
もっともこれは正常な人間の反応で、薬まみれになった人間には当てはまらない。
彼らの目的が僕なのか、それとも僕が持っている金や、乗って来た車なのかは分からない。
薬をやっているのか、正常な状態なのかも。
ただ一つだけ確実なのは、今の僕にとって危険な奴等だと言うこと。
“逃げるか”
見ず知らずの土地で訳の分からない相手なら、ワザワザ車から降りて戦うよりも、逃げる方が得。
車のギアをバックに入れて、ルームミラーで後ろを確認すると、既に彼らの仲間によって後ろも塞がれていた。
そのままアクセルを開ければ、逃げおおせる確率は高いが、それだと人を車でひくことになる。
交通事故は、いけない。
まして故意に車で人に怪我を負わせるなんて以ての外だし、ひき逃げなんていうのはもう事故のレベルを超えた犯罪行為だ。
だから僕は車を降りた。
もし彼らが襲ってきた場合、僕には正当に自己を守ることが許されるはず。
いわゆる正当防衛と言う行為。
僕が知る限り、世界中で正当防衛が認められない国は東アジアの赤旗に黄色い星が目印の2か国だけ。
もっとも赤旗に黄色いイカリの名残のある国も、怪しいけれど。
先ず相手の要件を聞こう。
イラク担当の僕は、もちろんイラクの公用語であるアラビア語には精通している。
だが、ここはイラン。
同じアラム文字を使うと言っても、彼らの公用語はペルシャ語だが、知らないわけではない。
イラクにもペルシャ語を話す人たちは居るから。
「やあ、なにか私に用ですか?」
気さくに声をかけてみたが、どうやら相手は気さくに答える気はないらしい。
彼らは7人で全員がスポーツマンタイプの良い体つきをしていて、こっちは1人。
幸いなことに彼らを雇った主は、早急に私を殺すつもりはないらしく彼らに銃は持たせていないようだ。
ならば、不本意ながら彼らの雇い主の期待に応えてあげるしかない。
もちろん、彼らの雇い主が喜ぶ結果にはならないのは可哀そうだが……。




