【バラクの告白①】
サラの妹、ナトーが赤十字難民キャンプを出て、もう1年が経とうとしている。
彼女の行方はサオリに任せていて、半年前にギリシャから貨物船でイタリアに渡ったと連絡が入ったがそれっきり音沙汰がない。
ナトーは、姉のサラに似て確りした子だから問題ないとは思うが、半年も連絡が途絶えているのはさすがに心配で堪らない。
「どうしたBM、心配事か?」
いつもと違う雰囲気に気が付いたバラクに声を掛けられた。
「まあな」
他の者に聞かれたなら“いいや”と否定していただろうが、バラクに聞かれると是が非でも隠し通そうとは思えないのは彼が私を信頼してくれているからと言う理由だけではない気がしてならない。
特にナトーの件に関しては尚更で、こちらから話すつもりは毛頭ないが、もしも聞かれたとすれば話さずにはいられない何かを感じる。
「家族の事か?」
「いや、私には家族は……」
“いない”とは言わなかった。
いや“いない”とは言いたくなかった。
言うと、サラを裏切ってしまうような気がして。
「子供の事か?」
「まあな」
“子供”と言われると、素直に答える事が出来た。
確かにナトーは、サラと私を繋ぐ、かけがえのない子供に間違いない。
バラクも私も、昔の事は何も語らない。
お互いに特に気にすることもなかったが、今夜はなんだか違う気がした。
興味があるわけでも、好奇心でもない。
なにか今後の為に、聞いておかなければならないような気がしてならなくて思い切って口に出してみた。
「なあバラク、君は家族の話をしないが、なにかあったのか?」
「……」
バラクはチラッと僕を見ただけで、やはり何も答えない。
「紅茶でいいか?」
「あ、ああ」
椅子に座って待っていると、しばらくしてバラクがいつものマグカップと違う容器に入れた紅茶を持って来た。
「ウェッジウッドか」
「ああ、さすがだな」
「いい品物だ」
バラクが持って来た容器はイギリスの陶磁器メーカー、ウェッジウッドのプシュケ。
1客あたり100ドル程度の品物だが、これをアジトとはいえ戦場に持ち込むのは似合わない。
バラク自身も質素で飾らない性格なので、何かいわくのある大切な品物だと言う事は分かる。
紅茶自体はフォートナム・アンド・メイソンや、マリアージュ フレールの様な高級ブランドではなく普通にスーパーなどの店頭で売られているものだが、やはりこのカップに入ると一クラスも二クラスも上質な印象を受ける。
「実は、このカップは姉の物なんだ」
「道理でセンスが良いと思った。お姉さんは元気にしているのか」
「ああ、いまは天国だけどな」
「形見? やはりこの戦争で?」
「ああ、多国籍軍の誤爆に巻き込まれて死んだ」
「そうか……それで、ザリバン(ここ)へ?」
「復讐のためにな」
復讐と言う言葉を聞いて、違和感を覚えた。
確かに出会った頃、バラクは既に小隊長を任されていたが、他のザリバン兵の様な野蛮さも刺々しさもなくどこかこの戦争に嫌気がさしているようにも見えた。
「はじめの頃は、姉を殺したアメリカ兵や多国籍軍の兵士を目の敵にして着け狙っていた。その甲斐もあって、小さいながらも部隊を任されるようになった。そしてこのアジトを手に入れたときに、実家から姉の形見であるこのティーカップを持って来た」
バラクはティーカップを眺めながら、話を進める。
「だがな、ここでこうして姉の形見のティーカップで紅茶を飲むたびに復讐の気持ちが緩んでいくのを感じて、それが無性に腹立たしくてズット使っていなかった」
「お姉さんは、復讐を望んでいない。と、言う事か?」
「ああ、BM。君が来て、その事に気付いた」
「私が来て?」
バラクは直ぐには答えずに、代わりにティーカップを持ち上げて赤い液体を口に運んでから言った。
「君は、部隊に来てから、数々の困難な作戦を成功させた。おかげで僕はあっと言う間に大隊長さ」
「名参謀だろう」
「ああ、しかも銃の腕や兵器の知識も豊富に持っていて格闘技も……まるでアメリカ軍のシールズやデルタのように……」
薄々感じていた。
バラクが、私の好きなようにさせているのは、観察しているのだと。
けれども彼は私の尻尾を掴んで、その正体を暴こうとしているのではない事も分かっていた。
だから、これまで好きなようにさせてもらっていた。
「もしも私がシールズのスパイだったとしたら?」
バラクは持っていたティーカップを下ろし、はにかむ様に笑う。
「BM、君は確かに元シールズかも知れないけれど、アメリカの為にここに来たんじゃないだろう」
「じゃあ、何のために?」
今度は私がティーカップを持ち上げて赤い液体を口に運びながら聞いた。




