【カール・アダムスキー④(Karl Adamski)】
所は変わって、ここはイラク。
ロビンソン・メェナードのもとに、ナトーの消息が分かったとサオリから連絡があった。
彼女は旅をしながら、どうやらヨーロッパを目指しているらしい。
当然、死んだことになっているサオリは彼女を直接サポート出来ないから、私が直接会って彼女を保護したい。
だがミランのPOCの中途採用の手続きやサラの護衛役探し、バラクの昇進による組織内の改革や本部との面接などが重なって、ナトーのこの大切な時期に身動きが取れない状況に陥ってしまった。
物事というのは、何故こうも上手くタイミングを合わせてくれないのだろう。
外に出ようとすると、イリジウム(衛星通信携帯電話)が鳴る。
「なんだ、今ごろ」
電話に出ると、用件は武器や弾薬の調達依頼だった。
僕は今、もともとは闇業者から粗悪品を安く買って仕入れていたザリバンにPOCから正規品を仕入れる窓口となっている。
これにより、粗悪品による暴発事故が激減して、構成員の死亡や負傷事故が極端に少なくなった。
もちろん闇業者の方も追い出すだけではなく、信頼できる業者にはPOCの担当者を紹介してまともな商売が出来るように計らってある。
ほとんどの場合、闇業者とは言っても“悪”ではなく、仕方なくその仕事に従事しているだけ。
それほど、この地には仕事が無いと言う事なのだ。
一応は石油産業で成り立っているとはいえ、石油がもたらす利益の殆どは極一部の特権階級によって奪われている。
まだフセインが生きていた頃の方がマシだったかも知れない。
彼が死んで、あの平和で豊かだった時代を市民の一部は懐かしんでいる。
外部との連絡が極体に制限されている中にあって、僕がこの衛星携帯電話を持っているのには訳がある。
POCという組織の人間であることは今も隠しているが、武器の売買に於いての実績などが組織内でも認められるようになり、このイリジウムも今では公然の通信手段として与えられてある。
もちろんサラに連絡を取ることも可能だが、もしも何かの嫌疑が掛けられて私の身に何かあった場合イリジウムの通信記録からサラに迷惑が掛かる恐れがあるからそれはしない。
サラは今、最も大切な時期で、最も内外から攻撃を受けやすい時期だからなおさら。
電話で依頼のあった用件を済ますと、立て続けに電話が鳴った。
今度は何処からかと発信相手を確認すると、この前契約を交わした殺し屋カール・アダムスキーからだった。
“サラに、何かあったのか!?”
一瞬動揺して胸騒ぎを覚えるが、彼なら信頼できると見込んだ男。
闇稼業の殺し屋にしておくには、腕もそうだが人間的にも勿体ないほど優れている奴だから問題は無いだろう。
気を取り直して、一呼吸おいてから電話に出る。
「なんだ?」
「ああ、どうってことないが、今夜アンタの大切なサラちゃんがスペツナズに襲われたぜ」
「対応はしてくれたのだろうな」
「もちろん! でもチョットだけ様子を見させてもらった」
「様子を?」
「ああ、アンタの話を一応受けたのは受けたが、1年間も守るとなりゃあそれなりの人物じゃねえとこっちも面白味がねえからな」
「で、どうだった?」
「やっぱりアンタの言う通りで、護身術は超一級品の腕前だが体が小さすぎて攻撃力がねえ。それでも頭の切れは最高で、もう一人のお嬢ちゃんと分業して9人のうち6人まで倒したぜ。スペツナズを6人だぜ!」
「何故闘わせた!? サラに怪我はなかっただろうな」
「闘わせたのは様子を見たかったって言うのもあるんだが、実は9人目の敵がスナイパーでな、俺はそいつを探していた。サラちゃんに怪我はねえが、もう一人のお嬢ちゃんはKOされちまったが、それは契約外だ」
「で、今後も約束通り依頼内容を引き受けてくれるつもりなのか?」
「ああ、俺もサラの事は気に入ったからチャンとやらせてもらうぜ。それに後金なしの全額前金で支払ってくれたアンタの度胸も気に入ったからな」
「では、今後とも宜しく頼む」
「ああ、アンタもたまにはサラちゃんに連絡してやんなよ。メチャクチャ気に入られているじゃねえか」
「余計なことは考えるな……で、いま、サラは?」
「ああ、俺をブッ飛ばして出て行った」
「ブッ飛ばした!? お、お前、サラに何をした!」
「なんにもしてねえぜ。それにしても、いい子だな、あの子」
「ああ、いい子だ。宜しく頼む」
そう言って、こちらから通話を終了した。
思った通りロシアは刺客を差し向け、カールはサラを守り切ることに成功した。
これで目の前の事に集中できる。
ナトーの義父であり、グリムリーパーの秘密を握っているヤザがアフガニスタンに移動した以上、いつまでもイラクに留まっている訳にはいかない。
一刻も早くグリムリーパーが何者なのか、ハッキリさせる必要がある。
それがたとえサラの妹のナトーであったとしても。
残酷な運命かも知れないが、それでもスタート位置には着くことが出来る。
想像だけでは物事は解決しないし、スタート位置に着かなければ最初の1歩も踏み出せない。




