【カール・アダムスキー②(Karl Adamski)】
「依頼主の名は?」
カールがゴクリと生唾を呑む。
「依頼主の名前は、ロビンソン・メェナード‼」
「Yes!!」
「やったー‼」
「チキショー!ヤラレタ―‼」
嬉しさ余って、思わずカールに抱き着くと、彼も私をハグしてくれた。
私たちを襲った奴らを警察に引き渡し、ルーシーを病院に送って行くと1日の入院になってしまったため、そのあと私はカールを連れてバーに行った。
「ねえ、聞かせて」
ウィスキーをロックで呑むカールに、私は情熱が湧き出る赤いカンパリビアをかざしながら聞く。
「人に話す程立派な人生は送っていないよ」
カールがグラスを揺らして答えると、カランと艶っぽい音を立てて氷が鳴る。
「アナタの事ではないわ、私が聞きたいのはメェナードさんのことよ」
「……だろうな」
カールは遊ぶように、もう一度氷を鳴らす。
「どこから話せばいい?」
「最初から最後まで」
カールの真似をして私もグラスを軽く揺らして見せるけれど、カンパリビアには氷が入っていないので音を鳴らすことは無く、代わりにテーブルに赤い影が小さく踊るように揺れた。
「あれは一仕事終えた俺が丁度シャワーを浴び終わったとき、馴染みの闇業者からの1本の電話から始まった……」
「もう! もったい付けなくていいの! アナタの事なんて、どーでもいいからメェナードさんの事だけを聞かせて!」
「ハイハイ」
「ハイは1回よ!」
「ハイ」
おそらくメェナードさんから私の性格について聞かされているのだろう、カールは嫌な顔もせずに逆に笑みを浮かべて話してくれた。
東欧支部に鳴り物入りで入った私が、パワハラ的な処遇を受ける事はメェナードさんも予想していた。
つまり、当分は何も買いそうにない貧しい国を担当すると言う事。
そして、そこから奇跡的な成長を遂げる事も。
優秀過ぎる新人が古参の同僚や上司から嫌がらせを受ける事はいつの時代になっても変わらない。
精神的な重圧に私が屈することもなければ、私の躍進が止められることもない。
そうなれば、当然のように次に来るのは、肉体的な重圧。
暴力に対してはクラウディと言うボディーガードを着けているが、メェナードさんが恐れていたのはそのように手の届く小さな世界ではなく、もっと大きく手強く卑怯な手段を使う相手。
モルドバから始まった私の仕事は、瞬く間にルーマニアやチェコを始めとする東欧諸国に広がった。
主要な販売品目はNATOやEU加盟に憧れを持つ国々への西欧化装備。
丁度同じころにアメリカではハンヴィーの後継としてJLTVの配備が進みだし、ドイツ連邦軍ではゲパルト対空戦車が2010年に完全に退役したまま製造元の工場で保管されていた。
JLTVに置き換わり、余ったハンヴィー。
工場で維持費だけが無駄にかかっていたゲパルト対空戦車。
この2つや、同じような事情のあるものを安く仕入れて販売することで、西欧諸国に比べて大きくGDP(国民総生産)の劣る東欧の西欧化装備が実現した。
だが問題は、ここから。
ロシアとベラルーシ以外の国々が、こぞって西欧への装備転換を図る様になれば、それまでそれらの国々に装備を提供していたロシアにとって面白いはずがない。
かといって世界的金融機関を後ろ盾に持つPOCには正面切って逆らえないし、我々POC東欧支部もロシア製兵器の海外輸出量が減らないように東欧で売れ残った分をアジアや南米向けに輸出量を増やしているから直接は逆らえない。
実はロシア製品の、アジアや南米向け輸出も私が行っている。
兵器の輸出量的には何の問題もないが、ロシアが懸念するのは近隣諸国の西欧化だ。
既にポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアという大国がEUへの加盟を済ませており、エストニア、ラトビア、リトアニアというバルト3国や隣国フィンランドもEU加盟国で、そのうちフィンランドを除く7ヵ国がNATOにも加盟している。
エストニアとラトビアとロシアは直接国境を隔ててあるものの、バルト3国とポーランドの間にはロシアの飛び地であるカーリングラードがあるので、状況の把握は容易い。
しかしその他の地域では、ロシアとの間に入るのはベラルーシとウクライナだけとなっている。
この2カ国のうち、どちらか……いや、もしもウクライナがEUかNATOに加盟してしまえば黒海周辺のロシア軍の動きは西欧諸国に筒抜けになってしまう。
要するに今回の事件は、私が東欧に赴任して、各国のニーズを掘り起こしたことにより大きく情勢が変わりつつあると認識したロシア政府の一部の人間が私を排除しにかかったというもので、これをいち早く危惧してくれたメェナードさんが私を守るためにカールを派遣してくれたということ。
“あー、やっぱりメェナードさんは、私の足長おじさんだった”
「ねえ、ところでアナタよく持ち逃げしないで任務を全うしたわね。闇の殺し屋にしてはエライわ」
「まあな。あの男があんまりアンタの事を心配するものだから、どんな女だろうって言う興味もあったし。それに体形は痩せぎすだけど、あの男もからも聞いていたし、アンタ自身も言うように顔も容姿も超一級品だしな」
「あの男って! メェナードさんは私の事なんて言っていたの!?」
急に物凄い勢いで身を乗り出して聞くサラ。
だが、カールは驚きもしないで淡々と答える。
「それは、商売上の秘密事項に当たるから話せねえ」と。
「依頼人の守秘義務?……だったら、なんで依頼人の名前を出したの?」
「それは、アンタが疑ってかかるだろうから、なるべく早めに名前を出すように言われたから言ったまでのことだ」
「だったら、空港やレストランまでつけて来た時に言えばよかったでしょう!」
「バカかオメ―! 空港やレストランで、いきなり“メエナードさんに雇われた殺し屋カールだ”なんて言って、信用するか!??」
「バカね。なんで、そこで“殺し屋”を着けなくちゃいけないの? そんな一言付け加えられたら誰も信用するわけないでしょう!」




