【死の瞬間に思う事(thoughts at the moment of death)】
行動を起こしてから確認しても遅いので、その前に公園の方を確認する。
“奴が居ない‼”
ついさっきまでは確かにあそこで双眼鏡を覗いてニヤニヤしていたのに。
残りが2人になった時点で、私の作戦を察知したのか?
でもまだ目の前には来ていない!
今なら、まだ逃げられる!?
珍しく迷ってしまったがやはり逃げることにして一旦奴らと反対側に走って、おびき出しておいてから向きを変えて引き離すために全力疾走に切り替えた。
私を追いかけて来た2人は、予想通り大きく弧を描いて方向転換したために私との差は大きく開いた。
たかが人間の機動力と言っても質量が40㎏チョッと私と、90㎏以上の体にボディープロテクターまでつけている奴等とでは方向転換時に外側に働く力の差は大きい。
しかも最初から方向転換するために力を抜いている状態から方向転換した私と、私を追いかけるために全力疾走してきた奴等とでは尚更。
奴らがもし銃を持っていたとしても、走りながらの状態で私に当てるのは不可能だからいったん止まってから銃を構えるはず。
止まることによってその差はさらに開き、止まることによって追いかけて来る足音は止んでしまう。
足音が止まった時点で、私は不規則なジグザグ走行に切り替える。
止まってからいきなり拳銃が撃てるわけではない。
しかも直前まで全力疾走していたとすれば、チャンと照準を合わせるまで2秒から3秒は掛かる。
2秒あれば更に15mほど差が開き、3秒かかればその差は約22m以上に開く。
方向転換して広げることに成功した距離と合算すれば、30~40mの距離の差となる。
拳銃の有効射程距離は上手い人でも50m程と言われているから、安全圏まで残すところ約1,5秒となるわけだ。
快調に走っていたところで、やはり奴らの足音は止まった。
“撃ってくる!”
1秒後から走路をジグザグに変えようと思い、注意を再び前方に戻したとき目の前が真っ暗になるほどの失望感を覚えた。
目の前約30mの距離に、奴が立っていた。
奴の名はカール・アダムスキー、職業は殺し屋。
その奴が、拳銃を構えている。
絶望的な距離。
このまま走っていれば、奴に近付くだけ。
後戻りしたところで、今度は奴の2人の手下に近付くだけ。
どちらにも近づかないように平衡を保ったまま横移動したところで、当分は両者の有効射程内に留まることになる。
人生の終わりなんて、こんなに急にやって来るものなのかと、目の前が真っ暗になる。
私はいったい何のためにこの20年も生きて来たのだろう?
妹のナトーには、とうとう会えず仕舞い。
グリムリーパーへの復讐も叶わず、大好きなメェナードさんに自身の思いを告白する勇気もないまま死んでしまうのか。
まるで“うじ虫”
なにが若き時期CEO候補だ。
自分の好奇心を満たすことに夢中になって来た結果、20歳の若さで東欧支部営業部長になったが、そんなモノになるために今まで生きて来たのではない。
結局、やらなくてはイケないことは何一つ達成できないまま。
私は観念して足を止めた。
殺し屋カール・アダムスキーの持つ銃口が光る。
“最後にもう一度、メェナードさんに会いたかったなあ……”
いつの間にか目から涙が溢れ出す。
どうせ死ぬにしても、最後はメェナードさんの腕に抱かれて死にたかった。
いや、死にたくない。
メェナードさんと会うまでは、死にたくはない。
私の夢はPOCのCEOになる事でもグリムリーパーに復讐する事でも、生死も分からないままの妹に会うためでもない。
生きているメェナードさんと、家族になる事。
それが叶わなくなったことが、こんなに悔しく思うなんて今まで知らなかった。
アスファルトに、しゃがみ込む。
まるで慈悲を願う哀れな老婆の様に頭を垂れて、泣き崩れる。
私の耳に拳銃の発射音が、届く。
一般的な拳銃弾の銃口初速は、ほぼ音速。
そこから加速はしないで、緩やかに減速して弾丸は飛んでくるから音の方が若干先に届けられる。
“処刑の時間は来た!”
パーン。
続いて、もう1発。
もう泣いてはいない。
2発の銃声を聞いて、既に心は暗い闇の中で凍り付いてしまった。
何も見えない闇の中。
死とは、こういうものなのか……。




