【追跡者①(Tracker)】
プレゼンテーションを行ったのは5社。
いずれも大手で、やる気に満ちていた。
その中でも我が社のプレゼンテーションは秀でていると感じた。
実を言うと開発の方が忙しくて、昨夜のデモンストレーションさえも聞いてはいなくて、まるっきりルーシーに任せっきりだった。
内容もさることながら彼女独特の明るく張りのある声が耳に心地よく、言葉と同じように表情や仕草も明るく、話し方にも抑揚があり好感度が高く聴衆を聞く気にさせる。
とかくこういった技術系コンペの場合、話し方が説明調で固くなりやすいのだが、彼女だけは終始相手の心に呼び掛けるような優しさがあった。
「お疲れーっ」
プレゼンテーションを終えたルーシーが戻ってきたので、席を立って労いの声をかけるとイキナリ彼女が私に抱き着いてきた。
「もーっ、上がっちゃって何が何だか分からないうちに終わっちゃったけれど、私チャンと出来ていた? 間違いとかなかった?」
「えっ、ええ、大丈夫。確り要点を伝えていたわ……それより」
ルーシーに周囲をよく見るように合図する。
周囲のオジサマ方たちは、抱き合う私たちを何やらスケベそうな目で見ていた。
一応、私に出来ることは全てやった。
あとは1か月後に発表されるコンペの結果を待つだけ。
15時までに連絡がなければ落選だが、連絡は必ずあるだろう。
「ねえ、このまま帰らないよね」
一旦支局に戻り、皆で乾杯をした後でルーシーが私の袖を引いた。
「予定通り日曜日に帰るけれど、少し迷惑をかけるかも知れないわ」
「えっ、どういう事?」
最初から日曜日に帰るつもりでいたことは確かなのだけど、実は私を取り巻く環境は予定外に危険な状況になりつつある。
実はプレゼンテーションの会場に居た、ある人物の事が気になり、仕事の伝手で知り合った闇業者に調べてもらった。
その結果がさっき届いた。
奴の名前はカール・アダムスキー。
狙撃を得意とする名うての殺し屋。
こいつはシャルル・ドゴール国際空港のバゲージクレームエリアですれ違った4人の警備兵の一人。
そいつと2度目に会ったのは同じ日の22時過ぎにルーシーと行ったレストランで、ポルスキ・フィアット/FSOを路上に止めて、私達の後から客として入って来た。
「多分、私を狙っている」
「ど、どこに!?」
ルーシーが辺りをキョロキョロと見渡す。
「どこにって訳ではないけれど、なんとなくそんな気がするの」
「誰が差し向けたの?」
「それは、捕まえてみないと分からないわ。どう? それでも私を引き留める?」
「もちろん!」
「でも、今夜からホテルに泊まるわ」
「駄目よ」
ルーシーはそう言うと、私の腕を掴んだ。
「ホテルだとボーイやクリーンサービスに混じって襲い掛かってくることも考えられるでしょ。だけど、私のアパートに訪ねて来るのは決まった人物しかいない。だから今夜も私のアパートに泊まりなさい」
警備兵だって仕事が終われば、家に帰る。
家に帰って食べ物がなければ、自分で作るか店に買いに行くか店で食べるかのどれか。
だからあまり気にも留めていなかったのだが、今日行われたプレゼンテーションの会場に、その男は3たび現れた。
もし私の予想が当たっているとしたら……。
取り越し苦労なのかもしれないが、危険だと感じたことは常に予想される最悪の事態を考えるのがこの頃習慣になりつつある。
20歳の若さで部長に昇進したおかげで内部からもヤッカミを受けて、この前のように同じ支部の人間が手配したチンピラや、商売敵が送り込んだヒットマンに着け狙われることが多くなったせいもある。
だけど今回は急なこともあって、ボディーガードのクラウディをカーリングラードに置いて来てしまった。
もしも私の命を狙う奴が居て、この命を奪われたとしたならば、それは私の油断によるもの。
でもたとえそうなったとしても、もう一度だけでもメェナードさんに会わなければ死んでも死にきれないから、私は絶対に死ねない。
ルーシーにだけは迷惑を掛けたくないから一人で居たいが、それは彼女自身が許してくれない。
そして、私を着け狙う敵は予想よりも早く訪れた。
これ以降、毎週土曜日、日曜日の2回だけの更新となります。




