【頑張っているサラ①(Sarah doing her best)】
「クラウディ、午後の予定は」
チェコ国防省での打ち合わせが終わり、移動のため足早に廊下を歩きながら聞いた。
「はい、これからヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港より社の専用機でエストニアのリガ国際空港に向かい、首都タリンの国防省にて14時に参謀本部との会合。15時40分にはエストニア防衛連盟にて、新規調達品案件の打ち合わせを行い18時35分には首相官邸でエストニア首相と面談し19時には迎賓館にてエストニア首相主催の晩餐会に出席。その間の19時50分にはラトビア首相、20時05分にはリトアニア国務大臣と個別にティータイム会談、20時25分にはスウェーデン大使と会談し21時には出席者全員での記念撮影、その後は各テレビ局のインタビューに応え、22時30分にはタリン国際空港からカーリングラードのフラブロヴォ空港に向かいます」
「はあ……アパートに着くころには日が変わっているわね」
「10日ぶりに我が家に帰れるのですから、疲れも取れるでしょう」
「そうね。クラウディ、アナタにも迷惑をかけてしまって御免なさいね」
「いえ、私は今の生活がまるで夢のようです」
「あら、そう。それは良かったわ」
2年前に東欧支部に配属になり、貧しい国が多いにもかかわらず中東のように治安も悪くなく赴任当初はそれほど忙しくもなく、むしろ暇な時間が多くてその間に色々と勉強させてもらった。
東欧諸国はロシアを除いて高い買い物は出来ない。
通常なら先輩に付いて、色々と経験させてもらいながら仕事を覚えていくはずなのだけど、赴任当初からその先輩方を追い越して役職は管理職クラス。
当然、私のようなクソ生意気な新人は虐めの対象となり、私に与えられた国はモルドバ。
東欧No1の最貧国の陸上部隊の主要装備は1991年ソビエト連邦崩壊前までに揃えた装備のままで、装甲兵員輸送車は1959年に発表されたBTR-60で、歩兵戦闘車も1969年に発表されたBMD-1が現在も主力装備として大多数を占めている状況。
軍事予算も少ないからか、運用費の掛かり過ぎる戦車は持っていない。
ただモルドバ政府としてはEU(欧州連合)への加盟を目指しているので、西側への興味はあるものと確信した私は先ず迷彩服やボディーアーマー、コンバットシューズやヘルメットなどの歩兵が着用する装備品の提案をしてある程度購入してもらった。
こういうユニフォーム系は最初少数の部隊(特殊部隊など)に配られ、その後評判が良ければ全体へと普及するパターンが多いので、少々価格は高かったが実績のあるアメリカ製の物を提供しただけでなく装備してくれた部隊へも頻繁に通うことで一定の評価を得て全部隊への普及につなげることに成功した。
価格は左程高くはないけれど靴やユニフォームなどは消耗品なので定期的に納品ができるので、私はその都度納入業者のトラックの助手席に乗せてもらって納品に立ち合い、その時に部隊の人たちと様々な話をした。
その中で戦闘糧食の質や使用しているヘルメットが重いという話があったので、私はEU圏内で戦闘糧食を扱っている業者に依頼して幾つかのサンプルを用意してもらい試食会を開催した。
ヘルメットの方は使用していたM-88の重量(1,9㎏防弾性能Ⅱ:9㎜拳銃弾まで対応)より軽い1,1kgクラスのロシア軍の最新式6B47とアメリカ軍の最新式ECHヘルメット(共に防弾性能Ⅲ:7.62㎜小銃弾まで対応)と、そのECHへの置き換えが進んでいるACH型(防弾性能ⅢA:44マグナム拳銃弾まで対応)などのサンプルを持ち込んで実際に1ヶ月間使用してもらった。
このサンプル使用の話が出た時点で私はアメリカの担当者や製造工場に未使用品と在庫品の確保を依頼しておき、1か月後に僅か200gだけ軽くなるだけだが暗視ゴーグルやビデオカメラなどのヘッドセット機能を持つACH型の注文を取り付けることに成功し、抑えていてもらった未使用品と在庫を販売してかなりの利益率を上げることに成功した。
これらの注文は個別で見れば安価なものばかりだったが、ヘルメット以外は全て消耗品であったために僅かに5000人分超の注文ながら定期的な追加注文を受けることが出来て、管理職として恥ずかしくない利益を得ることが出来た。
そして次の年の予算枠で、高機動多目的装輪車(HMMWV)50台の大型契約を取り付けることに成功した。
モルドバでの実績を上げることに成功した私には、直ぐに隣国のルーマニアの担当も任されて、ここではドイツ連邦軍で退役したゲパルト自走対空砲を中古ではあるが43輌を新たに納入する契約を取り付けた。
ロシア以外にあまり購買欲のなかった国々の開拓に成功した私は、気が付けばこの2年間でジェネラルマネージャーに昇進して、今では東欧ばかりではなくバルト3国も含めた範囲が私の担当となっていた。
23時00分、定刻よりも30分遅れてタリン国際空港から専用のプライベートジェットでアパートのあるカーリングラードに向けて飛び立った。
真夜中のフライトで思い出すのは、いつもメェナードさんのこと。
12歳の時にメェナードさんに出会わなければ私は今どうしていただろう?
自ら孤児院を退所して、レストアしたバイクでイラクを離れ……。
20歳になったいま考えてみればみるほど無謀だったと思う。
離れていてもいつも私の事を大切に思ってくれているメェナードさん。
私がピンチの時には、いつの間にか現れて助けてくれる。
そのメェナードさんは、国際テロ組織ザリバンに潜入して連絡を閉ざしたまま。
風の噂で、武器売買の闇業者を一掃したと聞いているから相変わらず頑張っているのだとは思うけど……。
0時05分、カーリングラードのフラブロヴォ空港に到着し、車で市内中心部にあるアパートに向かう。
空港から市内までの距離は約20㎞、しかしその市内から10㎞の所にはロシア軍の飛行場がある。
本来なら逆であるべきなのに、まったくロシアという国はいつまでも軍国主義から抜け出せていない。
「到着しました」
運転手兼ボディーガードのクラウディが駐車場に車を止める。
「お疲れ様」
「いえ」
車を降りてアパートに向かう。
腕時計を見ると、もう夜中の1時。
何故かそんな時間に、どこから現れたのか5人の男たちが現れ、近づいて来る。
繁華街でもない閑静な場所なのに、どう見ても怪しい。
しかも手に鉄パイプを持っている奴もいるから、どうやらただナンパをするために近付いて来ているのではない事だけは明らか。
もう中秋の名月の日も過ぎたのに、いつまでも涼しくならない!!
仕事中はクーラーの効いた部屋に居て足腰の冷えと戦うと言う皮肉な反動で、お休みの日は自分の部屋でクーラーもつけずにひたすら暑さと戦い、そして連敗に次ぐ連敗で辛酸を嘗めさせられています(^_^;)
速く涼しくなって欲しいな♪




