目が覚める、閉じる
金髪はあまり好きじゃない。
窓の広い部屋から見える景色は美しい。朝田覚は校庭の色付きつつある銀杏並木を見つめる。彼女と会ってから半年が経とうとしているのか。最近は時の過ぎ去る速さにどうにも閉口する。しかし彼のそのような感傷を破るかのように部屋の引き戸が開かれる。
「先生、おまたせ」
そうだった。彼女は最近このような雰囲気だった。適度に着崩されたブレザーと黒いショートカットの髪。どこにでもいる普通の女子高生だ。
「今日はどうしましたか、足立さん」
出入り口と反対側のソファを勧める。失礼します、彼女は座る。鞄から取り出したのは最近受けた模試の結果のようだった。
「アタシ、やったよ! 委員チョに教えてもらって論説文の記述で点数稼げるようになってきた!」
「よくやりましたね。あと3ヶ月でセンターですが、今の調子なら問題ないでしょう。ぜひ頑張ってください」
嬉しそうに話す彼女に彼はいつも通りの微笑みで接する。しかし、しばらく言葉を発することもなく、どこかぼんやりしていているようだった。
「先生、もう何も言うことはないんですか?」
少し怪訝そうに首をかしげる彼女。朝田は立ち上がり、再び窓の外を眺める。
「君がここに呼び出された時、僕はここから桜を眺めていました。君は自分の道をぼんやりと眺めていた。その道は自分で考えたものではなく、周囲の反応に反するものを選んで出来上がったものでした。問題は君自身がそれに自信を持てなかったこと。足立君が自分で考えて進むタイプだと僕はこの半年で証明できたことを実感したのです。その感慨に少し浸っていたい」
「先生、なんかよくわかんないけどありがと」
「はい、本番まで短いですが、最後まで頑張りましょう」
困惑気味に返す彼女を見送り、朝田は外を再び眺めた。職員室の丁度上に位置するこの部屋はもともと宿直室だったらしい。ここで寝泊まりしていた方はこの窓から流れる時を観察することはあったのだろうか。彼はぼんやりと考えていた。
教育することは生徒全員に対して平等に接することができるわけではない。教師は様々な雑務に追われながら過ごすことになる。そこで彼は考えた。有名進学校に自分の子供を入学させる親は当然その子を大学に入れたい。そしてその親の思想に触れた子供は大半が大学を目指すことになる。しかしクラスにひとりくらいはそこから外れようとする子供もいる。それをどうにかすることに注力する。彼は就任以来そう仕事をしてきた。
銀杏の葉がグラウンドを走る生徒をよける。地面に落ちたそれをかき集める清掃員は自分の嗜好に合っていると誰が思うだろうか。丁度半年前にここにいた彼女はいわゆる不良少女だった。髪の毛をまぶしいほどの金色に染め、右耳に鈍く光るピアスをあけていた。一年前から彼女の噂は聞いていたが、僕は胸の高鳴りを感じていた。世話の焼ける子ほどかわいい。これは僕の個人的な嗜好である。しかしそれを自らの手で均し、クラスに馴染ませていく。それが仕事だからだ。そして恋は実ることなく冬を迎える。
「あと半年か」
吐き出した言葉はわずかに白く曇っていた。
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