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魔王が勇者を拉致った結果  作者: デンダイアキヒロ
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勇者はお肉、異論は認めない

「お前まじで何でも食うよな」

「ばうっ!」


 俺は我が家の掃除役であるベヒーモスを撫でながら話しかける。

 骨をしゃぶる姿は、ばかでかい犬と言われてもさほど違和感はない。


「ベヒーモスはナンでも食べマスからネ。番とシテも優秀デスシ」


 俺の横ではスケさんがモップをもって一生懸命床にこびりついた血を落としていた。

 相棒のカクさんも肉片をベヒーモスの前にせっせとかき集めている。

 スケさんとカクさん、実は魔王城の掃除係なのである。

 この前は色々とヒルダに巻き込まれた彼等だが本業はこっち。

 ヒルダが殺した勇者の死体の処理やベヒーモスの世話が主な仕事だ。

 俺もこうやって顔を会わせている内に暇さえあれば二人の手伝いをするようになった。

 人間である俺に気兼ねなく話しかけてくれる数少ない理解者である。


「そういえばベヒーモスって排泄物を出さないよな。食べたものはどこにいってるんだろうか?」

「それはベヒーモスにあらゆる物質を魔力に変える器官が備わっているかららしいデスよ」

「へー」

「ハイ。ベヒーモスの魔力は魔王大陸の結界の維持に使われていマス。個体数が少ないのが難点デスが数が増えれば魔王大陸内のエネルギー問題にひと役かってくれるかもしれマセン」

「一家に一台ほしいよなー。まあ食糧が腐るほど来る魔王城だからこうやって沢山養えてるわけだが。ほらー、いっぱい食えよー」

「ムッシャムッシャ」


 勇者だったものを頬張り容易く飲み込むベヒーモス。

 どことなく嬉しそうだ。


「そういえばこの前ベヒーモスの赤子が生まれたんデスよ。見てみマスカ?」

「まじで!? いいの!?」

「いいデスよ。でも離れて見てくだサイネ? 母親の気がたってマスカラ」

「母親強しは世の常ってね。わかった」


 ベヒーモスの赤ちゃんかぁ。

 きっと可愛いんだろうなぁ。





「あーめっちゃ撫でてぇ。モフり倒してぇ」

「クゥウ~ン」


 フワフワの毛の塊がそこにはいた。

 母親に寄り添い安心しきったベヒーモスの赤ちゃんは眠そうに欠伸をして顔を埋める。


「あああああかわいいいいい!!」


 ねえ見た今の!

 生えかけの犬歯がめっちゃかわいい!

 目の保養! 日々を一生懸命生きててよかった!

 俺がこの瞬間に立ち会えたことをひしひしと噛み締めていると


「くぁあ~。よく寝た。また寝る」

「……」

「あ、いらしてたんデスね」


 動く藁の塊を見て絶句する。

 ベヒーモスの厩舎で、全く違和感のない様子で眠る少女が一人いた。


「……ベヒーモス可愛いなぁ~」

「無視しないで」


 チッ。

 マジでないわー。ただでさえ覚醒勇者ラッシュの準備で癒しが足りないときにこいつに会うとは。


「コユミ様。あまりソッチに近づかナイ方が」

「おいで~モリガン」

「ミャム!」

「ファッ◯!!」

「いつの間に名前を……」


 おいふざけんなよ!?

 あいつもう既にベヒーモスの赤ちゃん飼い慣らしてるんだけど!?

 ベヒーモスの赤ちゃんは自分からコユミの掌にじゃれついている。


「ウリウリ~」

「ナフ~」

「おい骨粉。近づいたらいけないっていってなかったか?」

「コユミ様に至ってはしょうがないかと……。力が力デスシ」

「グレイの嫉妬。美味」

「殺すぞてめぇ……」


 この黒い和服を着たマイペース撫子(なでしこ)はコユミ。

 一応、他人の感情を食らう夢魔なのだがコユミは他人の心が読める突然変異だ。

 人の心が読めるというのは様々な能力を持つ魔族といえども気味が悪いため、彼女は小さな頃に両親から捨てられた。


 それを拾ったのがヒルダ。

 あいつの頭空っぽで思ったことをすぐに言う性格の前にはコユミの読心術なんてものは関係ない。

 そのためそれまで誰一人として心を開かなかったコユミはヒルダによって初めて他人を信用することを学んだのである。


 現在、コユミは専属庭師として城の庭にある闇黒庵という小屋に住んでいる。

 でもここはコユミの担当外のはずだが


「ん、モリガンと遊びにきた」

「庭の剪定は終わったのか?」

「トレントと小鳥に頼んできた」

「なるほどな。お前みたいなヤツをテイマーというのか」


 こいつは動物の心も読めるので種族が違っても意志の疎通が可能なのだ。

 ものは使いようだな。

 俺が歯ぎしりしながらコユミとベヒーモスの子供を見つめていると


「むー、モリガン。どうした?」


 いきなり唸って赤ちゃんの方をじっとみるコユミ。

 己の眼前にある黒いつぶらな瞳を覗く。


「ナーウ」

「……ん、わかった。グレイ、その紙袋の中身を頂戴?」

「……やだね。断る」

「ん。中身は勇者の手。この子のおやつにする」

「勝手に人の心を読むな。それにこれは代償魔法の生け贄にするんだよ。これを媒体にして対勇者のキラーなヤツを呼び出すんだ」

「それよりこっちの方が大事」


 コユミはさらに手を伸ばす。


「だーめ。こういう怨恨がたまったものは貴重なんだよ。普通はヒルダが蒸発させるかベヒーモスが食べるかでここまで大きな肉片は滅多に残らないんだから」

「モリガンは上質なお肉を所望している」

「ナーミャッ!」


 俺は勇者の右手を死守する構えをとるとコユミと赤ちゃんは意地でも強奪する態勢にはいる。

 バカめ! 第二形態のヒルダとタメを張れる俺に勝てると思っているのか!


「そんなことは分かっている。だから……」


 俺の心を読み、覚悟を決めたコユミはカツカツと歩みを進めると──俺に抱きついて一言。


「夢の中でご褒美あげる」

「しまっ!?」


 俺は油断してコユミの目を直視してしまった。

 コユミの瞳が螺旋状に渦巻く。

 俺の意識はここで途絶えた。





「むー、強情だった」

「俺の……俺の尊厳が……」


 なんかもう凄かった。

 とてつもなく凄かった。

 内容は……聞かないでくれ。


「ナムハム。ハムミャっ!」


 視界の隅ではベヒーモスの赤ちゃんは自分と同じくらいの大きさの極太ボンレスハムに齧り付きながら体をくねらせている。

 あんなことになるなら最初っからおこづかいで買っておけばよかった。


「夢魔やべぇ。舐めてたわ」

「本来はお金を払ってやってもらうもの。感謝して」

「出来ねえよ……あんなことやこんなことに」


 いわずもがな、俺は夢の中でコユミに襲われた。

 夢を操る夢魔の特性もあり勇者といえども人間である俺に勝ち目はない。

 逃げても逃げてもあるのはコユミ。

 どこまでも続くワンルームに二人っきり。

 なにも起こらないはずがない状況だった。

 しかも自分が自分でないような気がして……コユミの理想が自分のような気がして──いや、もうやめよう。

 俺は両膝を抱えて丸まり考えたことを頭を振って払拭する。


「そんなことをしても心の中ではいつまでも残り続ける。私が」

「もうやめてくれ……」


 俺の顔を覗き込むコユミから視線をそらす。

 ここまで恐怖を感じたのは子供時代にお義母さんの若い頃の写真に落書きして怒られた時以来かもしれない。

 ベクトルこそ違うが同じ恐怖だ。


「それにしてもグレイは強情だった。感覚も弄ったのに」

「……記憶が残ってたからな。流石に引けないものがあった。理性だけは死守した」

「記憶までは夢魔に弄れない。弄れたら私の勝ちだった」

「ねえお前にそういう抵抗はないの?」

「夢魔は夢にて最強。死角はない」


 この子悪魔だわ。

 心というものがないのか。


「グレイの弱点も的確についたのに……不覚」

「心読めるのは反則だ」

「むう。そう言われても自分でも見ようと思っていないのに」

「……やっぱりコントロールできないのか?」

「できない。目をつぶっても分かる」


 んー、出来ないのかぁ。

 コユミがこの城の庭師をやっているのは単純にポストがあったということの他に人との関わりが少ないというメリットがあるからだ。

 そこからゆっくりと慣れていけばいいというヒルダなりの采配だったのだが。


「進展無し、かぁ」

「もしかしたらずっとこのままかも知れない」

「おいおい。そんな悲観的になるなよ。きっと出来るって」

「希望をもつことは悪いことじゃない。でも絶望はもっと大事。早く諦めたほうがいいこともある」


 少し残念な顔でベヒーモスの赤ちゃんを眺めるコユミ。

 彼女なりに考えていることがあるのだろう。


「私はヒルダちゃんにそのままでもいいと言われた。ありのままでいいと言われた。……でも私はヒルダちゃんに甘える自分は嫌い。このままじゃダメだってことは私が一番分かっている」


 服のすそをぎゅっと握った手がコユミの心情をものがたる。


「……ごめん。いやな気持ちにさせた」

「いや、全然いいよ。むしろ安心したくらいだ。ちゃんとしてるんだなって」

「嘘、この女めんどくさいなって思った」

「……ごめん」

「別にいい。事実だから」


 心を見透かされたので気まずくなって視線をそらす。

 本当に厄介だな。

 これじゃあ素直に慰められない。


「言わなくてもわかってる。グレイが私を心配してること」

「そうか。それさえわかっていれば十分だ。俺たちはお前の心は分からないが分かろうという努力はしてるんだ。ごめんな。お前の本心が分からなくて」

「……ん。ありがとう」


 そういうとコユミはおもむろにベヒーモスの赤ちゃんを撫で始める。


「本当にいい子。嘘がない。純粋」

「ナ~フ~」

「……みんな嘘をつかなければいいのに」


 コユミは微笑みながら、そんな希望を小さく小さく呟いた。

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