残念吸血姫降臨
満月の夜、ふと目が覚める。
月夜に浮かぶ人影。
それはどんどん近づいてきて──あ、そういえば窓閉めてなかった。
「ちょっと!? 普通はそこで閉めませんわよ!?」
「なんだ夢か」
「夢なんかじゃありませんわ! 開けなさい! 開ーけーなーさーいー!」
俺が閉めた窓をガンガンと叩いて、純白の吸血姫は騒ぐ。
「んー、うるさいぞ相棒。静かにしてくれないか?」
「ん、今そうさせる」
「とりあえず中に入れ──ぎゃああっっ!?」
吸血姫の目の前に俺は近くにあった魔除けの十字架をつきだす。
十字架を見て墜落する吸血姫。
これでよし。それではお休みなさい。
「せっかくワタクシが自ら出向いてさし上げたというのになんて態度!? よろしい! ならば戦争ですわ!」
窓枠から伸びる指にゾッとする。
吸血姫が窓のへりに手を掛け意地で這い上がってきた。
コイツしつこいな。
「お? 弱点まみれの吸血鬼に勝ち目なんてあるんですかねえ?」
「ワタクシ達を見くびらないでくれます!? 勇者の死因ナンバーワンは何か知っての発言ですの!?」
「ガン」
「そんなカテゴリーでいっている訳じゃありませんわ! 吸血鬼による失血死です! つまりワタクシたちが最強! 分かったらこの窓を開けなさい!」
「ヒルダに頼めばいいじゃん」
「いやですわ。あの女は言葉よりグーパンが飛んできますから」
「じゃあこんなところ来んなよ」
「ワタクシがあの女を恐れるとでも? ワタクシがその気になれば、あんな女なんてけちょんけちょんに」
「──へえ、私をけちょんけちょんに、ねえ」
「そう! けちょんけちょんに……ふぁっ!?」
ガッチャーン。
吸血姫はヒルダのアイアンクローをくらいながら俺の部屋の窓を突き破る。
「ふあ!? 相棒!? 一体なんだ!?」
ガラスが割れた音でレヴィが飛び起きた。
仮にも俺の契約竜なので世話は俺の担当だ。
だからこうやって床で寝てもらっている。
そのせいで俺よりも被害を被ってしまったが。
「うるっさいのよあんた! 深夜に来て何やってんの!」
「吸血鬼は夜行性でしてよ!? 夜の王と呼ばれるワタクシ達が夜に来なくていつ来るというのです!?」
「一生棺桶にはいってなさい! このコウモリ!」
「黙りなさい魔王(笑)!」
「ひ弱!」
「脳筋!」
「ああもううるせぇえ! 『セイントヴァーチェ』ぇえ!」
「「きゃああああ!!」」
武をもって武を制す。これ、世の中の鉄則ね。
「シルフィーナ! てめえは毎回こんな登場しか出来ねえのか! 一発家か!」
「だってこの女が……」
「来る前はアポをとれって何回もいってるだろ! 腐っても国王の家だぞ!」
肌がほのかに焼け焦げた吸血姫、シルフィーナは涙目ながらに訴えかける。
俺の部屋の窓がこいつのせいで壊されたのはこれで何度目だろうか。
もう次の窓は痛々しいまでに十字架を意匠した窓にしようかな。
俺が頭をかかえていると、レヴィが目を擦りながら聞いてくる。
「相棒。この人は誰なんだ?」
「四大最上位魔族のひとつ、吸血鬼族のお姫様」
「シルフィーナ・ラルドレイクと申しますわ。初めましてですわね。以後お見知りおきを」
「レ、レヴィだ。どうも」
ドレスの裾を上げ仕草だけは一級品のお辞儀でレヴィに挨拶するシルフィーナ。
それに戸惑うレヴィは見よう見まねでお辞儀をした。
「んで、なんの用だ?」
俺はシルフィーナに用件を促す。
「はい。実は覚醒勇者がもうすぐ来るとお父様が」
「あ、もうそれミルダから聞いたわ。帰っていいよ」
「え!?」
用件が二秒ですんだ。本当に何をしにきたんだお前は。
ここぞとばかりにヒルダは唖然とするシルフィーナを煽り倒す。
「ぷぷー、役立たずー。どうせあなたのすることなんて全部空回りなのよ」
「ムキーッ! もうひとつ! もうひとつありますわ! 新しい勇者が召喚されたようで」
「あーそれモンゴリアンね。帰っていいよ」
「ええ!?」
「ぶはははは! あなた遅れてるのよ!」
もうホント何この子。ただ単に墓穴を掘りにきただけじゃないか。
「他にないの?」
「えーっと……」
必死に頭を抱えて俺たちの知らない情報を引き出そうとするシルフィーナ。
「さっき勇者一行が近場で野宿を」
「分かってるなら殺してこいよ」
「……勇者が張った結界が」
「ミルダが壊した」
「窓が壊れましたね」
「お前とヒルダがやったんだろうが! ないならないって言えよ! 平和でよかったですむ話じゃん!」
「でも、でも……!」
シルフィーナは怒りと恥ずかしさで涙を浮かべて身を震わせる。
「下らないプライドは捨てなさい、シルフィーナ。あなたの負けよ。一生嘲笑ってあげるから我慢しなさい」
ほくそ笑むヒルダの煽りにシルフィーナは唇を噛む。
「くっ! 吸血鬼の誇りはそう易々と捨てられるものではありませんわ! 満月より大きく闇より深いのが吸血鬼の誇り! この誇り、いやこの吸血姫シルフィーナの威厳にかけて! 貴殿方の知らない情報をお教え致しますわ!」
こいつそんな下らないことで吸血鬼の誇りを持ち出すのかよ。
やめとけー、痛い目みるぞー。
俺達が白い目を向けていると、シルフィーナは赤面しながらこんなことを呟いた。
「……ですからあと1時間ください。お願いします」
「「「プライドちっさ」」」
「大スクープ……ですわ……」
「おい血まみれじゃん!」
「心配には……及びませんわ。これは……全て……返り血」
「まず庭の蛇口で血を落としてこいよ! シーツが汚れるんだけど!?」
「……」
全速力で飛ばしてきたのだろう、息絶え絶えで帰ってきたシルフィーナを追い返して十分後。
あまりにも可哀想だったので綺麗になったシルフィーナにお茶を出してやることにした。
シルフィーナは息を整えて優雅に紅茶を啜る。
「ふう。やはり仕事終わりの紅茶は格別ですわね」
「あんたの仕事は終わってないんだけど?」
「勿論心得ておりますわ。ワタクシは先ほど停泊していた船をソロで沈めて参りましたの」
シルフィーナはこれまでと違って態度を崩さずに言った。
「うん、それで?」
「その船にはですね、なんと今年の覚醒勇者の人数がかかれている紙がありましたの」
「おおやるぅ。それは有益だ」
「その紙がこれですわ」
シルフィーナが床に広げた紙を全員で覗き込む。
……多いな。
剣士勇者が四人、魔法使い勇者が三人、テイマー系勇者が一人で合計八人だ。
前年度が五人だったことを考えると約1.5倍強の値だ。
しかし役職が割れていると何かと対策しやすい。
……でもやっぱり、気になるものがあるんだよなあ。
「「「「テイマー系って何?」」」」
全員の声がハモった。
ニュータイプの勇者、テイマー系の存在である。
「テイマーって何?」
「さあ? シルフィーナ。なんか情報ないの?」
「ワタクシもいくつか他の資料も持ってきましたが……? 魔物を操る? 魔物を操って戦わせるそうですわよ?」
「なんじゃそりゃ」
「私と相棒みたいな関係なんじゃないか? 魔物と契約する力と考えれば多少納得できるところがある」
「でもお前は俺のいうことを聞かねえじゃん」
「それは私と相棒は対等になる契約だからだ。それに魔物は上の者に絶対服従する性質がある。これを使えば操るなんてことも可能なはずだ」
「そんな意志疎通ができるの? 魔族ならともかく人間よ?」
「うーむ。……あれ?その紙になんか書いてある」
レヴィは一枚の紙を手に取り読み上げる。
「勇者名『カムリ』。勇者学校を首席で卒業し実力もトップ。魔物と会話する才能を持ち魔法と異なる方法で事象を理解し操ることが出来る」
「おい待てや。それなんかモンゴリアン臭がするぞ」
やベーやつの匂いがする。
しかしレヴィは首を横に振った。
「いや、戸籍もちゃんとした血筋のようだ。貴族の血統書付き。モンゴリアンとは誰か聞きたいところだが、カムリに怪しいところはない。ただの勇者だ」
「むう。思い違いか」
俺たちと違う気配がしたんだけどなぁ。
なんか引っ掛かるものがある。
「ただ一つ不思議といえるものが……三歳のころ頭を強く打ってからおかしな行動をする癖がついたようだ」
「どんなの?」
「上級魔法で山賊の占領地に甚大な被害を出しながら『あれ?僕何かやってしまいました?』とのたまう」
「……」
「喧嘩をうってきた上級生を一方的になぶって愉悦に浸る」
「……まだある?」
「入学式に思わせ振りな行動を取りクラスの中心になる」
「あ、あかん。やべーやつだ」
悲報 モンゴリアン系統が増えた。
その報告にヒルダは頬杖をつく。
「道徳観に欠ける勇者ねぇ。そいつだけ先に間引けないかしら?」
「まだ大陸本土に上陸していませんのでどうとも言えませんわね。ただ少し懸念があるとするなら」
「精霊をつれている可能性が大きい、ね」
ヒルダがシルフィーナの台詞を先行する。
その言葉にシルフィーナはコクリと頷いた。
「そうですわ。これだけの素質と実績、連れていない方がおかしいですわ」
「精霊……コロス……」
「落ち着けレヴィ。まだそうと決まった訳じゃない」
だがほぼ確実といった方がいいだろう。
はーめんどくせ。あのモンゴリアン級の化け物勇者に精霊がつくとかマジモンの悪夢だ。
「シルフィーナ。今回はナイスよ。誉めてあげるわ」
「誉められるようなことはしてなくてよ。魔族の命運がかかっておりますもの。これで負けたら承知しませんわよ。負けたらグレイをその日のおやつに」
「『セイント」
「勿論冗談ですわ」
シルフィーナはクスクスと笑った。
第一、殺させねえよ。
どんな時であろうと、ヒルダが俺より先に死ぬことはない。
「シルフィーナ。ありがとう。帰っていいわよ」
「ま、ここでお暇するのが良さそうですわね。……それでは皆様。ごきげんよう」
シルフィーナはスカートの裾をあげて会釈し指をパチンとならすとコウモリの群れに変身する。
そして、そのまま沈みかけた満月へと飛び去っていった。
……俺はふと気になりレヴィに聞く。
「なぁレヴィ」
「ん?」
「今何時だ?」
「えーっと……もうすぐ五時半だね」
その瞬間魔王城の影から新しい朝の光が差す。
「きゃああああ!?」
コウモリの群れから煙が上がるのが見えた。
……こいつ、最後の最後までしまらねえな。