忘れられしコンテンツ
魔王城発の空中散歩を始めて十分。
俺は未だに空にいた。
やべー、人間の大陸の真上にいるわ。
海の彼方から来ちゃったよ、俺。
どうしよう。どうやって下りよう。
とりあえず、空中で平泳ぎをしてみる。
あ、ダメだこれ。全然止まんねえ。
いくら動いてもまったく止まる気がしない。
もし死んだら一生ヒルダを呪ってやる。
そんな自暴自棄になり諦めかけていた時、雲の中に何かが見えた。
おい待て。なんだありゃ。
姿勢を変えて雲の中の影に目をこらす。
……わあ、空中庭園だ。俺の真横に空中庭園がある。
大地が空に浮かんでるよ、スゲー。
──あがっ!?
俺はなにか固いものを腹に打ち付けられた。
いや違う。俺がぶつかったんだ。
今、俺は光る階段のような何かにかろうじて引っ掛かっている。風が吹けばすぐに落ちてしまいそうだ。
あ、ヤバい。落ちる落ちる。
……ふう、何とか上に乗れた。助かった。
腹を擦りながら段差に座ってとりあえず状況を確認。
俺がのっている階段の下は山の山頂で遺跡の祭壇のようなものが、上はあの空中庭園に繋がっていた。
どうやら神聖な場所のようである。どことなく、俺の本能的な何かがそう告げた。
さあ俺、どっちに行く。
ポク、ポク、ポク、チーン。
──男は黙って上に行く。
俺は階段を駆け上がった。
「よかった! 来た! 私の相棒!」
「……は?」
マジで意味がわからん。
階段を上った先にいたのは身長高めの赤毛美女。
炎を体現したような神秘的な風貌をしている。
女は俺の両手を手に取るとブンブンと上下にふる。
「いやーホント待った! 百年だよ百年! いくら私でも退屈だね! でも終わりよければ全てよし! さぁ相棒! 君の名前を聞かせてくれ!」
「いや、マジで状況が読み込めないんだけど」
「そんなわけないじゃん。私の力を借りに来たんでしょ? いいよ! じゃんじゃん使っちゃって!」
「いやそうじゃなくて、どなた様?」
「あ、そういえば名前を言ってなかったね! 私の名前はレヴィ。どこからどう見ても神龍だよ!」
「どこからどう見てもテンションアゲアゲな変わった人なんですけど」
俺の相棒を名乗る女、レヴィは何故かハイテンション。
意味不明☆
「相棒の名前は?」
「あぁ……まぁ、グレイだ」
「うん! いい名前だ! それじゃあ相棒! これから魔王を倒しにいこう!」
「んみゃ?」
「魔王だよ魔・王! 君も勇者なんだからわかるでしょ?」
自称神龍ことレヴィは俺に指を突きつけながら言う。
ん?
ツッコミたいところはたくさんあるが、何でこいつ俺が勇者だと知ってるんだ?
勇者の容姿は普通の人間と変わらないはずだ。
「少し待て、なんで俺が勇者だとわかった?」
「当たり前じゃないか相棒! 相棒が勇者じゃなかったらこの神域にたどり着くことはおろか見ることも出来ないよ!」
……あれー?
なんか気のせいか、いろんなイベントをすっ飛ばしてここに来たような気がするぞー?
「どーゆーこと?」
「ははーん、さては竜の祭壇の石碑を見ていないね? あの石碑には『神龍、蒼天に浮かぶ神域にてかの人の到来を待つ。かの人、魔を滅ぼし光を届ける宿命を持つ者なり』って書いてあるの。魔を滅ぼし光を届ける宿命を持つ者ってのは勇者のこと。私たち神龍は古代からこうやって勇者が来るのをここで待っていて、来た勇者の手助けをする。それが神龍の存在意義であり使命だからね」
レヴィは高らかに説明をした。
違うそうじゃない。
俺の知らない間に勝手に宿命づけられてるんだけど。
「えーと、俺は確かに勇者だけど別に魔王を倒そうと思ってるわけじゃない」
「それじゃあ何でここに来たのさ。私の力が必要だったんでしょ?」
「いや、話がややこしいんだけどさ。俺は魔王に殴られてここに来たんだ」
「え、ちょ、は? やだなぁ相棒。神龍無しで魔王を倒そう何て無謀だよぉ。ま、ここに来たのは正解だったね」
「違うそうじゃない。魔王に殴られて空中散歩してたら階段に引っ掛かったの」
「は? どうしたの? 一回負けたの?」
「それも違う。あー、まず前提が悪かったな。俺は確かに勇者なんだけど、魔族に育てられた勇者なんだ」
「わーお……」
「で、さっきまで魔王城にいたんだけど魔王にぶん殴られてさ。その勢いでここまで来たってわけ」
「冗談だよね……って言いたいところなんだけど相棒の右頬がおもいっきり腫れてるもん。痛くないの?」
「チョー痛い」
自分が思っているよりもカオスな状況にドン引きするレヴィ。
ダメだ、二人とも状況が読み込めていない。偶然が重なり過ぎている。
「まぁ……俺が何を言いたいかというとな。とりあえず前提として、俺は来るべくして来ていないんだ」
「え……じゃあ私いらない感じ? いらない子なの?」
「うん……結果的にそうなるな」
「マジで?」
「マジで」
「……」
「……」
…………。
「いやあああああああ!!!」
俺の返答にどんどん顔色が悪くなったレヴィは遂に絶叫する。その声は空中庭園にこだました。
彼女はそのあと、心に秘めた思いをぶちまける。
「百年も! 百年も待ったのに!? 大体神界のくじ引きで当たったところから私の運は尽きてたんだよ! そりゃあそうだろうね! 五千万分の一だもん! でも待ってたのは暇と言う名の苦行! 何が歴史に名を残せるだ! 百年間ボーッとしてただけだった! 返せよ! 返してくれよ私の百年間! うわあああああああ!」
大粒の涙をボロボロと流すレヴィ。
彼女には彼女なりの事情があったらしい。
なんかもう、御愁傷様です。
レヴィは俺の腰にすがり付いて
「なあ相棒! 今から魔王を殺さないか! 自分のためだと思えないなら私のために殺してくれないか!?」
「そういわれても俺と魔王は一緒に暮らしてるし」
「うわあああああああ!」
もうなにこの子。
更にすがりついてくるんだけど。
「うぅ、何で私の代だけ勇者が来ないんだ。ワンパーティーワン神龍が常識なのに」
「その常識初めて聞いたわ」
そういえば、これまでの勇者は誰一人として神龍と呼ばれる存在を連れていなかった。
慎重な勇者達が本当に神龍の存在を知っていたら勧誘しない手はない。仲間が増えるに越したことは無いからだ。
……もしかしたら
「レヴィ、もしかしたら神龍の存在自体が勇者たちに忘れられているかもしれない」
「……え?」
推測を言う俺の言葉に、レヴィはポカンとした顔を見せる。
「聞くが、神龍って勇者にとってどんな役割なんだ?」
「えーっと……魔王がいる大陸までパーティーを運んだり勇者をサポートしたり守ったり……」
「船でよくね?」
「……」
──ああそうか。
こいつは文明の利器に負けたのだ。
わざわざ山頂に上る危険をおかさなくても魔族の大陸まで行くことが可能になった今、神龍は人間に必要とされなくなったのである。
「で、でも戦力としても優秀」
「精霊でよくね?」
「……」
覚醒勇者には稀に精霊に好かれた者が精霊を連れて現れることがある。
精霊は言わずもがな激強。
選ばれるかは完全に運ゲーだが危険を冒さないですむ。
……これで確信がいった。
「負けたんだよ、神龍は。今の勇者の隣には神龍の枠は存在しないんだよ」
そうやって神龍は忘れ去られてしまったのである。
オワコン化してしまったのだ。
状況を理解したオワコン様は力なく両膝をついた。
なんとも複雑な、絶望に満ちた顔だ。
「……ねぇ、こういった時に私はどういう顔をすればいいのかな?」
「笑えばいいと思うよ」
「ハハハ、全然笑えない」
衝撃の事実に、レヴィは涙を拭くこともなく静かに芝生に横たわる。
「私、生きてる意味あるのかな? 生態系カースト最底辺でも役目を果たしている微生物より惨めだよ」
潤んだ声で泣くレヴィはとても弱々しかった。
なんかもうすまん。俺のせいじゃないけど。
「グレイー! いたら返事してー!」
「お兄様ー! どこですかー!」
……ん?
聞きなれた声がして俺は思わず外を見る。
え?
ヒルダとミルダ?どうして人間の大陸に?
「誰? あの人たち」
レヴィが顔だけをこちらに向けて聞いてくる。
「現魔王とその妹」
「よしきたぁ! ぶっ殺してやる!」
俺が答えるとビックリするスピードでおもむろに立ち上がり、ヒルダとミルダに向かうレヴィ。
やべっ、しまった。こいつ魔王の敵だ。
「そのまま死にさらせぇ! ……あがっ!?」
「……」
しかし、空中庭園の謎パワーでレヴィは外に出れなかった。
顔面を強打したレヴィはそのままうずくまる。
「うう、忘れてた。私、勇者と一緒じゃないとここから出れないんだった……」
「何そのクソみたいな仕様」
「なあ相棒! せめて私と契約してここから出してくれないか! 魔王は私が何とかするから! 相棒はなにもしなくていいから!」
「魔王を殺されたら俺の居場所がなくなるんだけど」
「そこは私が魔王を殺したのは相棒ですって誇張するから! ね、いいでしょ!? 世間公認のブルジョア生活で毎日うっはうはだよ!? 俺TUEEEしたいでしょ! それが勇者なんだから!」
「おまえは勇者をなんだと思ってるんだ! やだよ。人間みんな汚いじゃん。どうせ用済みになったら追放するじゃん。それで都合が悪くなったら戻ってこいって言ってくるじゃん。もう遅いんじゃん」
「相棒はそれでも勇者かい!?」
失礼な。立派な勇者だよ。
……あと、こいつはなんでそんなに使命に固執するんだ?
「第一、おまえは何で魔王を倒そうと思ってるわけ?」
「何でって……それが使命だから」
「じゃあ聞くが、今までなんで神龍が誰一人として魔王を倒していないんだ?」
「できなかったんじゃないの?」
駄目だ、コイツはなにもわかっていない。
首を傾げるレヴィに俺は言ってやった。
「違う。理由は簡単だ。誰一人として最後まで使命をまっとうしようなんて思っていないんだよ。使命ってそういうもんなんだよ。俺自身が魔王を一番倒さないといけない境遇だが、俺は絶対にその使命を全うすることはない。大事なのは今だ。使命や未来なんてどうでもいい。知ったことか」
「……それが人間に敵対する道だとしても?」
「他人に敵対しない人間なんているか? 勇者だって同士打ちするぞ? 失格勇者なんて者もいるし犯罪勇者もいる」
そんな奴らがいるのなら、魔王と仲のいい勇者がいたって構わないだろ。
少なくとも俺はそう思う。
俺がその旨を伝えると
「……私、勇者はもっと使命感に溢れていると思ってたよ」
「幻滅した?」
「ああ、とっても」
レヴィは深く頷く。
高望みされちゃあ困るんだよ、こっちも。
勇者は希望を与えるものではあるが、理想を与えるものじゃないんだよ。
そろそろ俺もここから出たい。
だから俺は本題を切り出す。
「さて、おまえには二つの選択肢がある。一つはこのまま残り理想の勇者を待ち続けること。もう一つは俺と契約して使命を捨てること。二つに一つだ」
「……相棒が使命をまっとうする選択肢は?」
「ない。もしおまえが魔王を殺そうとしたら俺はおまえを殺す。ハッタリなんかじゃないぞ」
「……」
レヴィは真剣な俺の顔をじっと見た後にヒルダの方をみやる。
その後に一言呟いた。
「……フフ。そういうことか」
なんか笑ってんだけどこいつ。
何を察したんだおまえは。
「早く答えを言え。こっちだって暇じゃないんだ」
「わかったよ相棒。まったく、私も本当にバカだ。百年待って出した答えがこれだったとは。もっと早く気づけばよかった。……相棒、私は────」
「だからお願いします!ちゃんと世話するから!」
「あんた何いってるかわかってるの!? 命を預かるのよ!? 死んじゃったらどうするのよ!」
「おい待て魔王。私をペットか何かと勘違いしてないか?」
レヴィが出した答えは使命を捨てることだった。
今はヒルダを説得している最中である。
「ちゃんとご飯もあげるし掃除も欠かさないから! ね? いいでしょ?」
「今の魔王城はただでさえ忙しいのにそんな子を飼う余裕何てありません! もとの場所に戻してらっしゃい!」
「今私を飼うって言った!? それはおかしいぞ相棒!」
「それじゃあしょうがない。ヒルダがネズミ嫌いのお義母さんに内緒でハムスターを飼っていたことを」
「待って! それはマズイ! というかなんで知ってるのよ!」
止めるように懇願するヒルダ。勝負アリだな。
こうして、俺は渋るヒルダを脅……ゲフンゲフン説得することに成功し、無事レヴィを我が家のペッ──「魔王城に迎えることが出来ましたッ! めでたしめでたしッ!! ああもう相棒までペット呼ばわりするんじゃない!」