魔王の血縁は大体カワイイ
『拝啓 お兄様へ
お兄様はいかがお過ごしでしょうか。
ちゃんと健康的な毎日を送っているでしょうか。
姉様が迷惑をかけてないでしょうか。
かけてますね、わかります。
ミルダはとっても元気です。
近ごろ城に帰れる目処がつきました。
能なし勇者が勝手に張りやがった結界を壊したミルダを誉めてください。
いっぱいいっぱい誉めてください。
もういっそチューしてください。
多分これからは大陸に上陸する勇者が減ると思います。喜ばしいです。
そして、お兄様が姉様のために割く頭のリソースも減ると思います。
その分ミルダに割く頭のリソースを増やしてください。絶対ですよ?
話を切り替えましてこの度、ミルダはお兄様のためにたくさんお土産を持って帰ってこようと思います。
お兄様が欲しがっていたエリクサーもあります。
お兄様はどのようなプレゼントをミルダに用意してるんですかね。
想像するだけで楽しいです。
きっとミルダの想像を越えるプレゼントをしてくれるんでしょう。
いつだってそうでしたから。
唐突ですが、もう紙幅が後少ししかないのでここで終わろうと思います。
お兄様のことを思うといくら紙があっても足りません。困ったものです。
ではお兄様、城で会いましょう。
愛しています。
お兄様の妹のミルダより精一杯の愛を込めて
P.S 姉様にマンドラチップスを買ってくるようにいってください。姉様以外では絶対にダメです。』
「ヒルダ、マンドラチップス買ってきて」
「何で!?」
俺はミルダからの手紙を読み終えてヒルダをパシらせる。
「パシられないからね!? 流石にマンドラチップスをパシられる魔王はいないから! というかなんで!? ……何よその紙。見せなさい」
「ほい」
「な……またミルダね! おかしいと思ったのよ! しかも例のごとくグレイは『お兄様』なのに私には『姉様』だし! いつも私を『お姉様』にするかグレイを『兄様』にするよう言ってるのに!」
「はー」とため息をついて手紙を返すヒルダ。
いいじゃん、俺の方が早生まれなんだから。
「たかが2ヶ月でしょ!? 大体グレイはミルダを甘やかしすぎなのよ! あの子が調子に乗るから私の威厳が損なわれるのよ!」
「だって甘えてくるし……」
「そこよそこ! グレイは押しに弱すぎるの、大体この前だって『おにー様、ナデナデしてくださいまし』とかミルダに言われてナデナデしてたじゃない!」
「ただの愛情表現だろ」
「絶対に違う、なんかこうもっと恋する乙女的な目をしてた」
ヒルダがうんうんと首を縦に振る。
はあ?
「ミルダが俺に恋してるって? ないわー、マジでないわー。おまえご都合恋愛モノの見すぎ読みすぎだぜ」
「そんなんじゃないわよ! いい? ミルダはお母様の性格をそれはそれは色濃ーく受け継いでいるから絶対に逃がさないわよ! 後でどうこうなっても知らないからね!」
何を怒っているんだおまえは。
いくら妹が心配だからってそんな突拍子もないこと言うもんじゃない。
ヒルダの4つ下の妹、ミルダ。
姉が魔王を受け継いだ今ミルダは姉の補佐についている。
といっても、魔王の護衛は俺がいるのでミルダは地方担当だ。
魔王城で勇者の相手をしないといけない姉の代わりに地方へ出向いて勇者の妨害、および侵入者の虐殺を行っている。
そこでついた肩書きが血雨のミルダ。魔王の妹に相応しい物騒な肩書きである。
ミルダは今まで勇者たちが勝手に結界を張り拠点にした地区を制圧しに出掛けていた。
姉からの強権発動なので渋々ミルダもそれにしたがい二ヶ月間その地区にいたのだ。
で、この前ようやく制圧。
晴れて魔王城に帰ってこれるようになったのだ。
勿論俺もプレゼントを用意している。
この前手に入れた勇者パーティーの女魔法使いが持っていた地獄蚕の手袋だ。
最近手が荒れるとミルダがいっていたのできっと喜んでくれるだろう。
「私には滅多にプレゼント何てしてくれないのにミルダにはこういうの用意してるんだから」
「ミルダは大体この魔王城にはいないだろ? 妹を気遣う兄のささやかなプレゼントだ」
「なんでミルダには気が利いてるのに私には冷たいのかしら」
「おまえがするお願いはいつもイラッてするんだよ。誕生日プレゼントはいつもしてるんだから我慢しろ」
「なんか釈然としないわね」
実はおまえの誕生日プレゼントが俺の一年の最高の出費だとこいつは知ってるのだろうか。
わざわざ俺が勇者の船に紛れ込んで大陸を渡ってまで買ってきたものだって結構あるんだぞ?
おまえの今している首飾りだって向こうの大陸のマジックアイテムだからな?
そこんとこ分かって発言して貰いたい。
「んま、我が妹ながら困ったものね。こういうワガママな妹を持つのも私に与えられた試練なのかしら?」
「は? 何言ってるのかよくわかりませんね」
この残念な魔王に哀れみの目を送っていると──フッと視界が遮られ暗くなる。
んー、これは本当に困った妹かもしれない。
「お兄様お兄様、私はいったい誰でしょう?」
耳元で囁かれるヒルダよりひとまわり高い声。
まったく、気づかないふりをするのに必死だったぞ。
「こんなお茶目なことをする人を俺は一人しか知らないなー」
「むふふー。いったいそれはどこの誰ですか? 名前の前に『俺の大好きな』とつけて言ってくださいまし」
声の主は俺の返答に嬉しそうな反応を見せる。
「注文が多いなぁ」
「私の大好きなお兄様ならきっと言ってくれるはずです」
わかったわかった。
どうせ言うまで目隠しを外さないんだろ。
「仕方ないなあ。きっと声の主は俺の大好きな……」
「大大好きな?」
「大大好きな」
「大大だーい好きな?」
「大大だーい好きな……」
「何やってんのあんたらぁ!!」
ヒルダが俺とミルダの間に無理やり入って引き剥がす。
すかさずミルダは後ろに飛び退いた。
「あら、姉様。嫉妬でございますの?」
「違うわ! 見てて気持ち悪い! あとむやみに胸を押し付けない! 見てるこっちが恥ずかしいでしょうが!」
「たわいもないスキンシップでしょう? 姉様が好きなジャンルの兄妹モノですよ?」
「ほー、それはいけないな」
「なっ!? 違う! 私が好きなのは義兄義妹もので……グレイ違う! 血は繋がってないからセーフなの! 両親が再婚で……ってああもうややこしぃ!」
ヒルダは頭を抱えて勝手に悶える。
「お兄様、勝手に自爆している姉様は放っておいてミルダと一緒にお話ししましょう? ミルダはたくさんお兄様とお話ししたいことがあるのです。今夜は寝かせませんよ?」
「その発言はアウト! なんか言い方が卑猥! その話は私が同伴しているうえでやって!」
「チッ」
「ねえ今舌打ちした? ねえグレイになにをする気だったの? 姉にきちんと言いなさい!」
帰ってきて早々騒がしくなるヒルダとミルダ。
やっぱり姉妹なんだなって思うのは俺だけだろうか。
「落ち着け二人とも。そういえばミルダ。いつもの連れはどうしたんだ?」
「はいお兄様! 急いで来ましたので門の前で放置しています!」
「ちょっと何やってるのよ! 早く連れてきなさい!」
妹の肩を掴んで揺さぶるヒルダ。
そんなヒルダにミルダは平然と答える。
「きっと大丈夫ですよ姉様。ミルダの部下は有能ですから、きっと勝手に実家へ帰ってると思います」
「あーもうこんなんだから統率力がないってお父様から言われるのよ」
「なんでおまえがため息ついてるの? いやおまえもかなり他人との連携がとれないタイプだからな? 何自分だけ常識人みたいな態度してるの? いきがるなよ?」
魔族全般がそんな気質なんだから仕方ない。
そもそも魔王だって自由奔放な魔族が本気で反省してようやくできたんだからな?
「あ、そうそうお兄様。ご報告があります」
「報告?」
思い出したようにミルダは俺に向き直る。
「近ごろ覚醒勇者の季節が来るようです。お兄様もご用心を」
「それ私にする報告でしょ。……でもまあ、覚醒勇者か。これはちょっと気を引き締めないとね」
ミルダの報告にヒルダが珍しく真面目な顔をした。
覚醒勇者とは一年に一度の儀式で精霊王に認められて身体能力が格段に上がった勇者のことである。
魔王の第二形態と対をなすもので、並みの勇者と比じゃないくらい強い。
一年目の覚醒勇者ラッシュでは先代の力を借り、罠を張りまくったことによって何とか凌ぐことができたがヒルダは未完成の第二形態を多用したことによってボロボロになった。
それだけヤバい時期なのである。
俺としても人間を殺すことに抵抗を持っていた時期でもあったためヒルダを助けることは出来なかった。
あれから俺は人間を殺すことを躊躇しないと誓ったのだ。
あんな姿はもう見たくない。
「流石に私も強くなってるから大丈夫なはずよ。そんな心配しなくていい」
気丈に振る舞うヒルダだが、その声には少し震えがある。
ああ、トラウマになってんな。
「覚醒勇者の到着にはまだ時間があります。姉様は早く第二形態の完成を急いでください。その間にミルダとお兄様はお話ししてますから」
「あらーミルダ。見上げた心がけね。こんな正念場で冗談を言うなんて。貴方も今のところ私の後釜なんだから貴方も完成させるのよ。練習に付き合って貰うわ」
「げえ!? そ、そんな遠慮しときますよ姉様。ミルダの第二形態はお兄様とのベッドの上でっ!?」
「はい有罪ー、残念でしたー。そんなこと許しませーん。というか第二形態の意味間違えてんのよ! なに夜の戦いに勤しもうとしてるのよ! バカめ! このまま他の奴と政略結婚させてくれるわ! そこで死ぬほど見せつけやがれ!」
「それだけは勘弁をお姉様! 婚約モノは人間の特権でスゥうううう!?」
ヒルダに首根っこを捕まれて引きずられるミルダ。
おまえら本当は仲いいだろ。
「お兄様お兄様! 助けてください! このままだとミルダが死んでしまいます!」
「ねえグレイ。貴方も手伝ってくれるわよね?」
二人の顔がぐっと近づく。
成る程。これが究極の選択と言うわけか。
俺が行かない→ミルダが死ぬ。
俺が行く→俺がボロボロになる。
どちらにしろダメだ。
──ここは第三の選択肢。
「それなら俺よりもモンゴリアンが適任っ!?」
頬骨がきしむ音がする。
俺は次の瞬間ヒルダの第二形態で殴られていた。
そのまま俺は後ろに押し出され……
「お兄様ぁああああ!?」
ミルダの叫びがどこからか聞こえる。
しかし、それは俺が魔王城の壁をぶち破りお星さまになった後だった。