それに比べりゃ火もまた涼し
アイラに対し嘘をついた次の日、俺はいつも通りアイラを監視していた。
昨日の一件以来、アイラがどう変わったかと期待していたが、特に変化はないようだ。
アイラは相変わらず漫画を読み続けている。
「……なあ」
ふと、アイラに声をかけられた。
「ん? どうした?」
「男という生き物は、本当はこの漫画の登場人物たちのように誰にでも優しい存在なのか?」
「バカ野郎、何言ってるんだよ」
俺は呆れたようにため息を吐いた。
「そんなわけないだろ。全員に優しくするわけじゃない。もし男がみんな優しい性格をしていたら、この世界はもっとより良い世界になっているはずさ。戦争なんて起っていない」
「しかしグレイ、お前は私に対して本気でぶつかってくれたではないか。まるで物語のヒーローみたいにな」
「チッ……アレは俺の気まぐれだよ。もう二度とするつもりはない」
確かに、俺ががしたことは物語に出てくる正義の味方そのもののように見えるかもしれない。
だが、それはあくまで結果論だ。本物のヒーローならもっとうまくやっているし、アイラを傷つけるような真似をしていない。
不器用なんだよ、俺は。
「別にお前のためじゃねぇよ。ただ、ムカついてやっただけだ。勘違いすんじゃねえ」
「そうか」
「そうだ」
俺の言葉を聞いたアイラは小さく笑った。
そして再び本へと意識を向ける。
「そうか」
もう一度呟いて、アイラは再びページをめくっていった。
その表情はどこか満足げに見える。
俺にはその理由が分からなかった。アイツは一体何を考えているんだろうか。
まぁいい。今は仕事に集中しよう。
「……グレイ」
「あァ?」
「もし私が……戦うことをやめたいと言ったら、お前は笑うか?」
突然の問い掛け。
アイラは真剣な顔でこちらを見つめている。
「……」
俺は黙り込んだ。
アイラの質問の意図は分からない。
コイツは何を言い出すつもりなんだ?
「私は剣しか能がなくてな。戦うことこそが私の生きる意味だった。女だから戦うなという意見もあったが、それも剣で黙らせた。しかし、最近になって思ったのだ。このまま戦い続けてもいいのかと」
アイラの声色は弱々しく、自信なさ気だった。
彼女の瞳の動きが、自問自答を繰り返す。
「今までずっと戦ってきた。自分の身を守るためにも、平和を守る為にも。しかし、今の私はどうだろう。目的もなく、理由もない。……剣を手放すのには、ちょうどいい頃だと思う」
「それは漫画の読み過ぎだ。主人公に憧れたか?」
「ああ、憧れた。私だって乙女だ。平和な土地で青春を送り、恋をしたい」
「……」
アイラが柔らかにほほ笑む。
「これからは自分のために生きてみようと思った」
「それで?」
「しかし、一つ問題がある。……どうやって生きればいいのかわからないことだ。私という一人の女としてどうすれば良いかも、なにも知らないんだ」
アイラは困ったような顔をして言った。
「だからグレイ、教えて欲しい。私は……どうすればいい」
「知るか、自分で考えろアホ」
アイラから視線をそらし、ぶっきらぼうに言い放つ。
……どうして俺がアイラのために悩まなきゃいけないんだ。
「お前さぁ、結局自分で意思決定をしていないだけじゃないか」
「どういうことだ?」
「つまりだな、誰かの意見に流されて生きているってことだ。まるで変わっていない、民衆の期待というお前の人生の方針が、俺の生き方と漫画の主人公の生き様になっただけだ。俺はお前じゃないし、お前は俺じゃない。だから、知るか」
「……難しいことを言うな。もう少し簡単に言え」
「じゃ、一言で言う。お前は自分というものがないんだよ。勇者からアイラという人間に戻ったはいいものの、空っぽってことには変わりないってことだ」
アイラは俺の言葉を聞いて押し黙る。
少し厳しい言い方かもしれないが、事実だ。
アイラは俺の真似事をしようとしているだけであって、本当の意味で自分自身を見つけられていない。
「お前はお前だ。誰かから指示を仰ぐな。やりたいことをやって、文句を言われたら言い返して、それでもダメなら殴れ。そうすればおのずと自分の生き方が見えてくるはずさ」
「……そうか。ありがとう」
俺の言葉を聞いたアイラは、小さく微笑んで本を読み始めた。
俺なんかの真似をする必要はない。
俺の真似をして、俺みたいに生きて、幸せなんか得られるはずがない。
そのまま、俺はアイラの様子を眺めている……と
「失礼、グレイ様」
ドアがガチャリと開き、リゼが顔を出す。
オマケにリゼお付きの女騎士、ライラも一緒だ。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ、特に用事はありませんが、アイラ様にご用がありまして」
「私にか。何だ」
アイラは本を閉じ、こちらへ向き直った。
「アイラ様。このたび帝国はアイラ様の解放交渉を聖教国と行うわけになったわけですが、その交渉の詳細をアイラ様にお伝えしておこうかと。聖教国もアイラ様の身をご心配しているわけでございます」
「……手短にお願いしたい」
「はい。お望み通り手短に済ませたいと思います。……と、その前に。グレイ様、少し席をはずしてはいただけないでしょうか? しばらく好きにしてくださって構いませんよ」
「やったぜ! じゃあな! とりあえずアブラマシマシヤサイカラメマシニンニクマシ食ってくるわ!」
リゼの解放宣言と同時に俺は即座に立ち上がり、ダッシュで独房の外へ出た。
*****
さて、と。グレイ様もいなくなったことですし、勇者アイラのご様子を分析させてもらいましょうか。
先ほどチラッと会話が聞こえてきたのですが、グレイ様は勇者アイラの態度を軟化させることに成功している様子。これはなかなか面白い展開になりましたね。
冗談交じりに彼女を堕落させてほしいとは言いましたが、本当に堕落させるとは思いませんでした。嬉しい誤算というものです。
「それにしてもアイラ様、えらくグレイ様と仲のいいご様子ですね」
「……別にどうでもいいだろう。それより、早く要件を伝えてくれないか?」
アイラ様がそっけなく答える。
まだ、帝国に屈したわけではない……ですか。
「そんなに急かさずともよろしいではありませんか。仲良くしてくださいな?」
「断る」
勇者アイラが鋭い眼光で私をにらみつける。
まぁ、予想通りの反応ではありますけど。
「ふむ、やはりアイラ様は帝国のことが嫌いなのでしょうかね?」
「当たり前だ。私はお前たちを許さないぞ」
「では先ほどグレイ様に言われた『戦うのをやめたい』という言葉は嘘なのでしょうか。子孫が嘘つきとはご先祖様が泣きますね」
「なっ、そ、それは違う……いや、違わないのだがな……」
勇者アイラがバツが悪そうな顔をする。
……少し様子がおかしくありませんか? 私の予想では「ふん、それはお前の聞き間違いだ」と言い訳すると思ったのですが。
「アイラ様?」
「あっ、いや、アレは嘘だ。私はお前たちを絶対に許さない。お前たちが侵略を続ける限り、私は帝国と戦う」
「そうですか。流石は勇者、一筋縄ではいきませんねぇ」
「あ……ああ」
……おかしいですね。褒めたつもりが、勇者アイラの機嫌が悪くなっています。どうしてでしょう?
しかしまぁ、そんなことを考えても仕方なし。話題を変えましょう。
「それはそうとアイラ様。グレイ様を見てどう思われましたか? 変わった勇者でしょう?」
「ん? ああ、そうだな……。確かに彼は変わった男だ」
アイラがグレイ様のことを語り始める。
私はそれを黙って聞くことにした。
「私が出会った勇者の中でも群を抜くほど異常だ。あそこまで悟った勇者を見たことが無い」
「ほぉ」
「だがな……なんというか、ある意味彼は一番勇者を勇者としてとらえている勇者だと思う。それと、彼の声を聞くと……ふと心が安心してしまうんだ。不思議だ」
「…………」
なんか、嫌な予感がしますねぇ。声を聞くと安心する、ですか。
……まぁ、決めつけはよくないです。様子を見ましょう。
「あと……彼の前だと、何を言われても素直に受け止めることができる。不思議な感覚だ」
「……はぁ」
「そして、彼がいると……胸の奥から勇気が湧き上がってくる。これもまた、不思議な気分だ」
「ひぃ」
「彼と話すと、何気ないことでもに楽しくなってしまう。まるで、彼と一緒にいることが自然であるかのように感じてしまう」
「ふぅん」
「彼に微笑まれると……なぜか顔が熱くなってしまう」
「へぇ」
アイラ様の幸せそうな顔を見て、私は確信した。
確かに純粋だとは聞いておりましたが、アイラ様……
「何なんだろうな、この暖かい気持ちは」
「ほぉ、それは紛れもない恋ですね」
……面白いことになってまいりました。




