【7:聖水の真実、聖女に関する疑惑】
研究所に戻ってすぐ、ノクスは自室の更に奥の部屋に篭った。「関係者以外立ち入り禁止」のプレートをドアノブに掛けて。
ノクスが部屋に持っていったのは、俺が聖女?マラリアから買った「聖水」。これから彼の「聖水」の成分分析が行われる。
「カチャカチャっていう器具の音しかしない……ノクス自身ほとんど音を立てずに分析作業してるのか……。」
一生懸命になるのも無理はない。今彼が分析している「聖水」は、彼とバクターが「汚い」と罵った聖女?のものなのだから。聖女に対して敬意を表する彼にとってこの「分析」は重要な行為である。
「ノクスはのめり込んだら周囲の音も気にしませんし、更に自身の音も気にしません。長い間引きこもった反動なのでしょうね。……ところでアニサキス様、私たちはその間ここで愛を育みませんか?」
「は?」
何言ってんだこの聖女♂……。部屋の向こうでは一生懸命聖水の成分分析を行なってる奴がいるというのに。お前も聖女ならこの事態を何とかしようと励むところだろうが。
しかもここは奥の部屋で作業をしている奴のパーソナルスペースだ。ここで愛を育む?冗談じゃあない。
「絶対にお断りだな。」
「……ですよね、冗談です♡♡いえ、ね?少しアニサキス様の表情が曇っていらしたので、刺激を与えようと思いまして。」
「ーーーそんな刺激はいらん。」
少しずつ距離を縮めてくるバクターから遠ざかろうと俺が後退りをしていると。
「成分の分析!!終わったわよ!!」
バァン!と勢いよくドアが開いた。
おお、ノクス。二重の意味で礼を言いたい。
「分析、ありがとう」と「この場を制してくれてありがとう」。
ノクスは聖女マラリアの「聖水」の瓶を机に置いて、分析結果を話し始めた。
「はっきり言うわね。……これ、偽物よ。」
……だろうな。
紛い物聖女の作るものが本物なんてことは滅多にないだろう。
だがしかし、どう紛い物なのか。実は魔物を呼び寄せてしまう魔法が混じっているとかか?
「これ、ね……ちょっと言いにくいんだけど……蛋白とか……アンモニア成分が……あってね……。」
蛋白。アンモニア。そしてノクスが言いにくそうにしている。これはもしかすると……。
「小便ですね!!」
「バクター!大声で何言ってるんだ!!」
せめて尿とか言えよ。この聖女♂が本物なんだよな……。
話を戻して、まさか偽聖女が販売している「聖水」が実は「マラリアの尿入り」だったとは思わなかった。こんなのならまだ農薬が入っているとかそういう方が良かったかもしれない。……よくないな。
「もう『聖なるクリーム』としてあいつの糞便混ぜたモン作ればバカ売れするんじゃないか?」
「アニサキス様!貴方も大概ですよ!」
「どっちも下品すぎるわよ!!」
俺とバクターの物言いにノクスは叫んで注意した。悪いな。俺もバクターも。
……というわけで。
「聖水」ならぬ「尿入り水」が「魔物除けアイテム」としてプラズマ・トキソに大きく出回っているというのは重大事件である。こんな虫除けとしても効果が疑われるものを持った住人が大型の強靭な魔物に出くわしたらどうなる。「聖水」を金払って手に入れたというのに肝心の聖水に効果がないとわかるとどうか。
……やりきれない思いを残して死ぬだろう。
「あの聖女、止めよう。」
俺はあの聖女……偽聖女:マラリアを許すことができない。まだ俺はプラズマ・トキソの住人とこれといった交流をしてはいないが、こんな詐欺商法に引っかかっているのはあってはならないことだ。
「あたしも協力するわ。…というより、アンタが言い出す前からあの女を止めなきゃって思ってたのよね。」
「アニサキス様とノクスが積極的に事件に取り組もうとする姿、素敵ですね♡♡……私もですね、『聖女として』は勿論なのですが……『個人的に』許せないのですよ。」
バクターが個人的にどうマラリアを許せないのかは後で聞くことにして、俺たちはプラズマ・トキソに悪どい商売をする紛い物の聖女マラリアを止めようと決めたのであった。
ここで、俺が購入し、ノクスが成分分析をした「聖水」について簡潔にまとめる。
[聖水(聖女:マラリア作)]
内容量:おそらく500ml
主成分:どこか温暖な気候の河川の水、聖魔法(本当に微弱で、ほぼ無いに等しいらしい)、アンモニア成分(聖女らしき気が入ってるということなので聖女マラリアの尿という可能性大)
効能:魔物除け(……というが実際は虫除けぐらいにしかならない。)
……よくこんなもの売ろうと思ったなマラリア。
というよりマラリアの所属している教会。後この教会関係者たちにはあの盗賊たちを扇動した疑いがある。
偽の聖水販売・盗賊扇動。どちらも解決したい案件だ。
「だけども、もし盗賊たちを扇動したのがあいつらだとしてどういう目的であんなことをしているんだ?最もらしいことを言ってお布施募って、こんなけったいな聖水もどきを売り捌くだけで十分だろうに。」
「そうね。まあ考えたくはないけれど、敢えて『危機』を作り出し、それを『救済』することで自分たちを『絶対的善』として見られるようにした……とか。」
うわあ、最悪極まりない。典型的な悪事だ。こんなの放っておけるか。
いずれにせよあの集団を止めなければならない。まず偽聖水の販売を止める。街の人たちがあいつらに貴重な金を払うのを見逃せるわけがない。
俺は決めた。俺はあの偽聖女を始めとした怪しい集団にイラついた。なのであの集団を徹底的に無力化して潰す。
「バクター、ノクス。頼む。この事件の解決に協力してくれ。」
「言われなくてもあたしは『今回だけ』アンタたちに付き合うって決めてるから。」
「アニサキス様♡♡私は貴方様と共にありますとずっと申していますのに♡♡」