【6:聖女?偽聖女?】
長いこと引きこもっていた所為かノクスは目をシパシパとさせていた。部屋を大量の本が占領していたから、日光を浴びることが滅多になかったのだろう。
「よかったわ。そんなに変わってなくて。店のならびも変わってないようだし。」
「……?最後に長時間外にいたのはそんなに前なのか?」
「聞かない方がいいわよ。卒倒すると思うから。」
年単位の可能性があるな、あんまり聞かないようにしよう。
小柄な体をパタパタさせながらノクスは街を歩いていく。道行く人たちは目を丸くして驚いていた。そうなるのもおかしくはない。だって引きこもりで有名な研究者:エキノコックスが街を忙しなく回っているのだから。
ノクスは店番をしていた一人の若者に声をかけた。その若者……青年は、一瞬驚いた顔を見せた後にっこり笑顔でノクスに対応した。接客に慣れているからこそできること、だな。
「ねぇ、貴方。最近話題になってる聖女について何か知らないかしら。」
「うーん……聖女かぁ…。ああ、最近話題になってると言ったら『マラリア様』かな。隣町の教会出身で、最近この街で布教活動をしているんだよ。」
マラリア様。そいつがあの盗賊たちに悪事を働くよう仕向けた聖女…紛い物聖女なのだろうか。
その聖女の名前に反応したのか、別の街に布教活動をしていることに反応したのか。バクターは少し眉をひそめていた。今は男の体をした変人だが元は無くなってしまった国の聖女だ。何かしら思うことがあるのだろう。
「その『マラリア様』という方は具体的にどういった布教活動をされているのですか?」
「うーん、人から聞いた話だから信憑性に欠けるかもしれないけど……『聖水』を売ってたみたいだよ。何でも魔物除けに効果絶大!らしい。まあこの地域周辺はそんな大層な魔物出ないから効果を確かめることは難しいと思うんだけどね。小型の魔物……羽虫レベルを除けることはできるようだけど。」
聖水。聖女や聖職者関係での定番アイテムだ。だが最近では聖女たちは「ポーション」制作に重きを置いていることが多い。聖水はもはや古き良きアイテムポジションである。
魔物除けに使うらしいが、この地域だと中型・大型の魔物が生息していない故に効果を実感しにくい。今のところ聖水についての情報はこれだけだ。
「そうなの……それで、その噂の聖女は今どのあたりで活動しているのかしら。」
「今活動している所……?この街結構歩く所あるからなぁ…。はっきりわかんないな。」
聞くことのできる情報はここまでか。少しだけだが情報を入手できたことは良しとしよう。
店の青年にお礼を言い、俺たちが立ち去ろうとした瞬間……。
「プラズマ・トキソの皆さまご機嫌よう。本日も皆様に神の御加護がありますよう、私たち、心を込めて祈ります!」
凛とした声……ではなく砂糖菓子のように甘い声をした少女が街の人々に挨拶をして現れた。衣服は白を基調としたもので、レースのついたベールを被っている。いかにも「聖女」と言わんばかりの格好だ。
そんな彼女に街の男性は骨抜きになったように顔を赤くして、女性は少し嫌な顔をしたが神の御加護の為……と思って無理に笑顔を作っている。
彼女が「マラリア様」か。程よく焼けたお菓子のようにいい茶色をしたショートヘア。顔つきは可愛らしい、に寄った美少女である。だが俺にはピンと来ない。聖女ということで距離があるからだろうか。女を見ると無意識にクドアと比べてしまうからか。
付き合いの長さ補正もあるのか、俺はクドアの方がいいと思っている。
……身勝手に突き放した俺が何を言っているんだ。愚かだ。
「うふふ、本日も皆様の為に聖水を作ってまいりました!ご入用の方はどうぞ!」
「おお!ください!マラリア様!」
「瓶2本ください!!うちの仕事場近くの森に魔物がまた出始めたから必要なんだ!俺優先で!!」
「おいお一人様1本限りって前に言ってただろうが!」
聖女の聖水を求めて男たちが大勢彼女のもとへ押し寄せてくる。紙幣を10枚ぐらい握りしめて走っていく人を見て俺は驚いてしまった。そこまでやるか!?……と。
あの軍団を見ながらバクターとノクスは口を揃えて呟いた。
『ーーー汚い。』
声は先ほどまで聞いていた声より数トーン下がっている。聖女であるバクターに、聖女に敬意を表するノクス。二人にとって今聖女として崇められ持て囃されている胡散臭いマラリアは「不快な存在」なのだろう。
「……キース。」
「何だ?ノクス。」
「あの聖水、買ってきなさい。ほら、お金はこれ。特別に後で請求はしないわ。」
ノクスに声をかけられたと思えば用件はお使い。今混雑を極めているあの中に突入して聖水を買ってこいというのだ。
まあ仕方がない。俺たちの中では彼女の近くにやってきても怪しまれないとなると俺ぐらいだしな。ノクスから紙幣を受け取ると、俺は聖女「マラリア様」の元へ駆けていく。
「ありがとうございます〜♡また必要となった時はよろしくお願いしますね!」
「あの、俺にその聖水……一本売ってくれますか?」
彼女にそう言うまで10分ぐらいかかった。行列や混雑がすごいし、購入後も構わず居座ってる奴も居たので困難を極めた。俺、疲れが顔に出ていないだろうか。
俺が彼女に聖水を求めると、先ほどまでにこやかに愛らしく振る舞っていた彼女は顔を一気に真っ赤にして口をパクパクと動かした。何だ、どうした。
「えっ……!?かっこ……ょ……!?…いえ!せ、せせ聖水ですね!ど、どど、どうぞ!お代はこちらの箱にお願いします!!」
「はい、こちらがお金で……じゃ、ありがとうございます。」
「あああ、ありがとうございました!ままままたよろしくお願いします……!!」
急に吃り始めたが大丈夫だろうか。まあそれよりもお目当ての聖水は買えた。ならば早急にここを去るのがいいだろう。
俺はバクターとノクスの元に戻り、ノクスに購入した聖水を渡した。ノクスは聖水を訝しげに見た後、研究所に戻るわよ…と俺たちに声をかける。成分などを見るのだろう。俺とバクターはノクスに従って研究所へ向かった。
……俺は気づいていなかった。
聖女「マラリア様」が俺を見つめていたことに。その視線が普通でなかったことに。