我が麗しき婚約者殿には想い人がいるらしい
光を浴びて輪を作る、少しだけラベンダー色が掛かったような、不思議な色のプラチナブロンド。
アメジストのような紫色を閉じ込めた形の良い大きな瞳に、それを縁取る長い睫毛。
陶器のように白く滑らかな肌に、ほんのり差し込む薔薇色の頬。
頬に似た薔薇色を差し込まれた、艶のある形の良い唇。
そして、仕草のどれを取っても美しい、荒れることを知らないかの如く白魚のような手。
――我が婚約者、アマリエ・ウィンストン公爵令嬢は、それはそれは美しい令嬢だ。
「……ルイス様? どうかなさいました?」
親交を深めるという名目で、婚約を結んだ幼少期より月に最低一度設けられている茶会の日。
中庭に設置されたテーブルに向かい合う形で腰を下ろしてから数分。会話が途切れたところで不意に口を閉ざした俺に、アマリエが不思議そうな顔をして首を傾げる。
そんな仕草すら美しいアマリエの婚約者という、世にも珍しい幸運を手にした俺は、ルイス・ケイフォード。ケイフォード公爵家の長男だ。
淑女の鑑とも言われているアマリエとは不釣り合いな、特筆して秀でたところも見当たらない、身分だけの平凡な男だ。
「いや。……あー……アマリエ、話があるんだが」
「はい」
紅茶のカップをテーブルに置いて向き合うと、いつもとは違う空気を察したアマリエも同じくカップを置く。
それを見届けてから、そっと口を開く。
「俺とアマリエの婚約を解消しないか?」
「え」
長々とした前置きを抜きにして本題を述べると、アマリエは珍しく目を丸くして固まった。
そうか、俺の前でもそんな顔をするのか――などと思ってしまったことにも、理由がないわけではない。
▲
アマリエと初めて会ったのは10年前、お互いに6歳の頃――交流会という形で同年代の貴族の子供が王宮に呼ばれたその日だった。
交流会とは言われたが、蓋を開けてみれば同い年の第一王子の将来の側近候補と婚約者を定める為の場。
俺は側近候補として、アマリエは婚約者候補として。何方かといえば同性との交流を主にしていたため、メイン会場で顔を合わせることこそなかった。
それが変わったのが交流会の終盤、用を足すべく会場を離れた帰り道でのことだ。
父に付いて数回王宮に訪れていたため案内を断っていた俺は、途中で泣いてしゃがんでいたアマリエを見つけた。
すぐに駆け寄り声を掛けると、迷ってしまったと泣きながら伝えられたので、ハンカチを差し出して慰める。アマリエが落ち着いたところで手を取り会場に戻った頃には迎えも来ていたので、そのまま彼女を引き渡してから自分も迎えの馬車に乗り込んだ。
俺とアマリエの婚約が結ばれたのは、それから数日後のことだった。
手を繋いで戻って来た様子を見た両家の両親が話を進めたのだろうが、アマリエは王子殿下の婚約者候補筆頭であったのにと申し訳ない気持ちと、あの愛らしい少女との婚約に浮足立つような気持ちを同時に抱いたのを未だに覚えている。
それから月に一度の茶会と、定期的な手紙や贈り物のやりとり、成長してからはパーティーなどのエスコート。俺たちはそれなりに良い関係を築けていたように思う。
筆頭候補を失った第一王子が16歳となった今でも婚約者を置いていないのは少し気になっているが、俺を含め数人は側近候補として友人となっているので、交流会の名目自体も無駄にはならなかったというところだろう。
「……それは、その……わたくし、何かしてしまったでしょうか」
そう声を掛けられはっと顔を上げると、過去に見たことがないくらい顔を青くしてカップにテーブルに視線を落とすアマリエが目に入る。
そこで俺は自分の言葉が足りなかったことに気が付いて歯噛みする。
当たり前だ。円満な解消を目標にしているとはいえ、唐突にこんな提案をされればまず思い当たるのは何らかの不手際だろう。
「いやすまない、そういうわけではないんだ。アマリエに非があるわけではない」
「で、ではどうしてでしょうか」
慌てて首を振ると、まだ顔を青くしたままのアマリエが顔を上げる。
と、同時に、その大きなアメジスト色の瞳が滲み、時間を置かずに雫が零れ落ちた。
「えっ、おい、アマリエ……!?」
まさか泣き出すとは思わず、慌てて席を立ちハンカチを差し出す。
しかし、俺の手元を見たアマリエが更に勢いよく涙を流すのを見て固まってしまう。
「ご、も、申し訳ありませ……、……~~っ」
アマリエは淑女の鑑とまで言われている令嬢である。
美しい容姿は勿論のこと、聡明で礼儀正しく、教養も気の利いた会話が出来る機知もあり、仕草も立ち居振る舞いも洗練されているからだ。
そんなアマリエのことだから、婚約を解消されるほどの不手際があったかもという不安が強かったのだろう。
焦ってハンカチを差し出したままの俺に、アマリエは遂に言葉もなくしてしまう。前置きも置かず本題に入ったのが悪かった。そこまで焦らせるつもりは欠片もなかったんだ。
「すまない、そこまで不安にさせるとは思っていなかったんだ。ただ……アマリエ、君は、デューク殿下のことが好きなんだろう」
事の起こりは、先日行われた第一王子であるデューク・シン・ケンブル殿下の誕生パーティーに参加した時のことである。
婚約者として共に会場入りした俺たちは、いつも通り殿下への挨拶を済ませた後に挨拶回りとダンスを終えていた。
いつもと違ったのはその日、珍しくアマリエが少し疲れたと言ってバルコニーに出たことである。
俺は飲み物を取ってくると言って彼女から離れ、二人分の飲み物を手にしてから彼女のもとへ戻っていた。
そこで彼女と誰かが会話していることに気付く。近付きながら相手を窺うと、そこにいたのはその日の主役であるはずの少年。ゆっくり会場を見回すと、参列者の目をどう欺いたのか、確かに中には彼もいなかった。
飲み物を届けがてら友人でもある彼をからかおうと足を踏み出してから、耳朶を打つ耳慣れた声にすぐに立ち止まる。
初めて会った日は別として、それまで俺に対しては冷静で、表情を変えることもないアマリエ。そんな彼女が驚いたように固まった顔を――耳まで一瞬で真っ赤に染め上げて、両の手で顔を覆いながら確かにこう言ったのだ。
――好きです、と。
デューク殿下は同性の俺から見ても整った顔立ちをしているし、有能であるにも関わらず気さくで優しく誠実な人柄だ。それでいて身分も高いとなれば、現在婚約者がいないことも相俟って同年代の令嬢からの人気も天井知らず。
アマリエはその身分もありパーティーなどで彼と顔を合わせることも多いが、そもそも彼女は元々殿下の婚約者の筆頭候補としてあの場にいた。俺が余計な気を回さなければそのまま彼の婚約者として名を立てていたことだろう。
それでも真面目なアマリエは婚約者として俺を尊重してくれていたし、家同士の契約ということもきちんと理解をして受け入れてくれていた。
「すまない。盗み聞きをするつもりはなかったんだが、君が殿下に告白をしているのを聞いてしまった。殿下には婚約者もいらっしゃらないし、今ならば友人として君を推薦することが出来る。アマリエは俺にはもったいないほど魅力的な女性だし、殿下も君ならば喜んで受け入れてくださるだろう」
パーティーなどに参列する度、アマリエと殿下が似合いだと言われているのは知っている。
身分が釣り合い、能力が釣り合い、それでいて気持ちも伴うというならば、最早俺が手を引くというだけで話がまとまるのだ。
「だから婚約を白紙に戻そう。君が気になるというなら、俺に非のある破棄という形にしても構わない。アマリエには幸せになってほしいんだ」
優しくて真面目な、我が婚約者。今でこそ優秀だという評価をされているが、それは彼女がずっと努力を重ねていたからだと言うことを知っている。
毎日うんざりするほどの長い時間の勉強を、肉刺が出来るほどのレッスンを、指先に傷を付けながらの刺繡の練習を。滑らかな肌を保つための工夫を。艶やかな髪を磨く献身を。女性らしく柔らかで、それでいて引き締まった体躯を維持する努力を。そうして出来上がったアマリエ・ウィンストンは誰よりも美しい。
だからこそ、彼女の努力が誰よりも報われる形であってほしいのだ。
「……っ、ルイス様、は……わたくしが、他の方の妻となっても、喜んでくださるのですか」
「え?」
「わたくしが、殿下……いえ、それ以外の方だとしても。他の方に愛を告げ、他の方と結ばれても……ただ、喜んでくださるのでしょうか」
ぼろぼろと泣いていたアマリエが、嗚咽交じりにしゃくりあげながら口を開く。一度は聞き逃し掛けた言葉も、繰り返されれば理解するまでに時間は必要なかった。
「相手がデューク殿下ならば、……アマリエが好きになってしまうのも仕方がないと思う。それに、殿下ならば間違いなく君を幸せにしてくれるだろうから、そういう意味ではもちろん喜べるよ」
改めて脳裏で想像してみるも、殿下以外の誰かという選択肢ならばアマリエには悪いが認められそうにない。家同士で結ばれた関係を裏切ってまで手を離そうと思ったのは、相手があの欠点のない殿下だからである。
他の生半な相手にアマリエを渡してやれるほどには、俺の心も広くはない。
そんな意味を込めた回答は、アマリエのお気に召さなかったらしい。
いつの間にか受け取ってくれていたらしいハンカチを握り締め、まだ立ったままの俺へと視線を上げる。涙で濡れた睫毛に覆われたアメジストは、どことなく強い光を帯びていた。
「誤解を、……誤解を与えてしまう言動をしてしまったことは、謝ります。ですが、わたくしが好きなのは……想いを寄せているのは、デューク殿下ではございません」
「では」
「もちろん、他の方でもございません」
俺の脳裏が急速にクエスチョンマークで埋め尽くされていく。
今度こそ言葉を失い黙り込む俺を見て、アマリエはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に呷ってから続ける。
「わたくしは、初めてお会いした交流会の日からずっと、ルイス様のことだけを愛しております」
「え」
予想外の続きに、次に驚いて固まるのは俺の方だった。
「初対面にも関わらず泣いている異性に手を差し伸べてくださるような、面倒見の良いところが」
「待つんだ」
「まだ練習中で拙い刺繡の施された、数年前にお渡ししたようなハンカチを、未だに使ってくださるようなところが」
「アマリエ」
「他人の長所によく気が付くお優しいところが。殿下に真っ先に側近候補として挙げられておきながら、何故かご自分の魅力には疎く目が離せなくなるようなところが」
勢いづいたアマリエには静止の声が聞こえないのか、なおも続けられる言葉に遂に黙り込む。
「ご自身の設定する高すぎるハードルに対しても勉学に励まれる努力家なところが。他のどんなに魅力的な女性に声を掛けられてもわたくしを尊重してくださるような、誠実なところが。茶会の合間にさらりと流してしまえるような、そんな些細な話題でも覚えていてくださる繊細なところが。その上、次にお会いした時にでも話題に出してくださるような、まめなところが」
そろそろ羞恥に身を焼かれそうになるといった頃合いで、ようやくアマリエの口撃が止む。
ほっとして彼女から離れ茶会が始まった時と同じく向かいに腰を下ろすと、落ち着いたらしい彼女が再度ハンカチを握り締める。――彼女の言う、数年前に彼女自身が刺繍を施してくれたハンカチだ。
「……あの交流会が殿下の婚約者を定めるための会だと知りながら、ルイス様と結婚したいと、両親に人生で初めて我儘を言いました」
「は?」
「ルイス様はもしかしたら、両家の両親があの日のわたくしたちの様子を見て話を進めたとお思いかもしれませんが、違います。我儘を言うわたくしがあまりにも頑固で、困り果てた両親が、ケイフォード公爵閣下に話を持ち掛けた形です」
思いもしなかったネタ晴らしに驚いて、再び言葉を失ってしまう。
そもそもこの話は俺から持ち掛けたものであるはずなのに、気付けば彼女の独壇場だ。
「両親には、王家との縁組の可能性を自ら手離すという我儘を聞く代わりに、誰よりも真剣に勉学に励むよう申し付けられました。もちろんわたくしとしましても、ルイス様に釣り合う女性となれるよう、精一杯努力をしたつもりです」
ここまでくるとアマリエから見ている俺がどれほど能力の高い人間になっているのか問い質したくなってきたが、それもやはり言葉にはならなかった。
ここまで言われて彼女の気持ちを疑うわけではないが、信じるとなるとそれはそれで恋は盲目という言葉が当てはまるような気がしてくる。
「ルイス様はご自分の魅力をあまり理解されていらっしゃらなかったようですが、婚約者がいるにも関わらず、あわよくばという女性が多くいらっしゃることも存じておりました。そういう方に限って、わたくしを褒めてくださるような振りをして、恐れ多くも他の方……殿下を宛がおうとされていることにも、気付いておりました」
「待ってくれ、アマリエ。それでは……」
「もちろんすべてとは申しませんが、もしも政治上の意図とは関係なくわたくしと殿下が似合いだという噂を耳にしたことがあるのでしたら、それはこの婚約を解消させようという策略があったかと思います」
確かに思い返してみればアマリエと殿下が似合いだと言っているのは同年代の女性が多かった。が、そもそもこと色恋に関しては男よりも女性の方が興味を持ちやすい話でもあるだろうと、特に意識もしていなかった。
「また、……ルイス様が聞いたと仰っていた、先日のパーティーでの件ですが」
「…………ああ」
「この辺りの内容は殿下もご存じでいらっしゃいました。そしてあの日、わざわざ似合いだと言われたと、わたくしをからかいにいらしたのです」
「ん?」
「そして、殿下はこうも仰いました。――ルイスのことが好きなのだろう、と」
そこまで言われて、ようやく全てが繋がる。
理解するのと同時にこみ上げてくる、感じたことのない羞恥心と言いようのない喜悦。
つまり俺があの日目撃した、顔を真っ赤に染め上げた告白の対象は、まあつまりそういうことなのだろう。
「……もう一つだけ、聞かせてくれないか?」
「はい、なんなりと」
「君は、俺の前ではあまり表情を変えることがなかっただろう。でも殿下の前ではよく……楽しそうに笑ったり、怒ったり……いろいろな表情を表に出していたように思うが」
「そ、れは」
時折形を変えることはあるが、俺の前では基本的に微笑を浮かべるだけの落ち着いた表情しか見せなかったアマリエ。だからこそ、殿下と会話している彼女はことさら表情が多彩なように見えていた。
その上で件のシーンを目撃してしまったものだから、彼女の想いの先が殿下なのだとあっさり理解が出来てしまったのだ。
それを告げると、一瞬だけ悩むように瞳が揺れた。
しかし、黙って続きを待ってみれば、意を決したように視線が定まる。
「…………ルイス様が、落ち着いた女性が好きだと仰っていたので」
「……いつ?」
「申し訳ございません、直接伺ったわけではありません。……数年前に、殿下とそうお話されているのを聞いてしまいまして」
「…………あー……」
言われて思い返してみると、確かに以前殿下と好みの女性のタイプについて話をしたことがあるような気がしてきた。
もちろん、当時から俺の目にはアマリエが落ち着いている淑女に見えていたので、彼女のことを言っていたはずではあるが。
「わたくし自身、ルイス様と婚約出来たことが嬉しく、しかし緊張してうまく話が出来なかったということも事実です。呆れられたり、嫌われたりしたくはないと……必要以上に固くなっていたかもしれません。大変失礼な話ではございますが、その……殿下には、そういった類の緊張を抱くことはありませんでしたので」
恐らくは黙って隠しておきたかったはずの内容まで曝け出すアマリエに、遂に白旗を挙げることしか出来ない。
彼女の言葉から全て俺の勘違いであることが明らかになった上、これまで知らなかった――否、俺が気付かなかっただけかもしれないが――彼女の気持ちを伝えられ、二の句が継げられずにテーブルに突っ伏す。
カチャリと音を立てるカップに慌てるアマリエを腕の隙間から見て胸中に広がる安堵にも、見ない振りなど最早出来ようはずもない。
「……そっか。…………そうか……」
「……紛らわしい態度を取ってしまい、申し訳ありません」
「いや、俺の方こそ……気付かずに傷付けてしまってすまない」
言葉通り申し訳なさそうに眉を下げるアマリエに、物珍しさと愛おしさが広がる。
「……では、……その、婚約解消の話は、聞かなかったということで宜しいでしょうか」
「ああ、もちろん。勝手なことを言ってすまなかった」
「いいえ、わたくしの方こそ急に泣き出してしまって申し訳ございません。…………良かった」
誰より美しく誰よりも優秀な、それはそれは素晴らしい少女。彼女の魅力ならば、恐らく俺が一番知っている。
それなのに――彼女自身意図しなかったであろう呟きと同時に浮かべられた、心底安心したとでも言いたげな微笑みは、これまで見てきた何よりも愛らしかった。
「……一つだけ、訂正させてもらってもいいかな」
「はい」
「君が他の誰かの妻になることを喜べるかという話だけど」
彼女にここまで言わせたのだ。彼女に甘えてこのままなかったことにするだけでは釣り合わない。
俺の言葉に頷くアマリエの表情がまた少し硬くなっていることに気付き、少しだけ笑みが漏れた。
「君が殿下のことを好きだと言うなら、そうなるのも仕方がないと思っていた。先程告げた言葉も嘘ではない」
「……はい」
「でも、アマリエが他の誰かを想うことを、俺自身が喜べるかと言われれば、もちろん否だ」
声を掛けハンカチを差し出した時に安堵して見せた綻ぶような笑顔も、少し拙い刺繍の施されたハンカチを差し出す申し訳なさそうな表情も、茶会で聞いた話を拾ってみせれば少しだけ嬉しそうに細くなる双眸も。
他の誰かになど渡せない。自分が敬愛し、将来仕えるべき唯一の相手だからこそ認めて手を離せるというだけのこと。
「アマリエが言う通り、俺は君が言ってくれるような俺の魅力などはやはりよく分からない。いろいろと言ってくれたことにもあまりピンと来ないし、身分以外に特筆するようなことがあるかどうかも分からない」
「ルイス様」
「でも」
緊張を孕んでいた彼女の表情が、続く俺の言葉を聞いて不本意そうに歪む。
が、再びあんな褒め殺しをされては堪らないと慌てて言葉を重ねる。彼女が俺を見てくれているという事実は嬉しいが、俺の言いたいことが言えなくなってしまう。
「臣下として友人として、デューク以外の誰かになどとは最初から考えもつかないくらいには――俺も、君を愛しているよ」
テーブルから顔を上げ彼女を見据えてから告げると、俺の言葉を理解したらしい彼女が一瞬で朱に染まる。
――ああ、これは堪らない。
他の誰かに向けられているものだと諦めた表情が、意味を伴って自分に向けられる快感といったら。
釣られたように熱を帯びる頬を隠すよう片手で口元を覆いながら彼女を窺うと、未だ熱の引かない様子で頷いているのが見えた。
「……では、これからは殿下にも渡せないと仰って頂けるよう、わたくしから見るルイス様の魅力をめいっぱいお伝えして参ります」
開き直ったらしいアマリエがやけに決意を孕んだ様子で呟いたのは、それから数秒後のことである。
第一王子「一気に二人も友人を失うつもりはないよ」
読了ありがとうございました。