夢の中の人間が現実におる。何を言ってるか分からねーと思うが俺だって全く分からん。
「ォワーーーーーーー!?!!?!?!」
「うるさっえっなんすかなんすか先生!」
奇声を発して比喩ではなく飛び上がった俺を見て、編集のミシマくんは手に持ったスマートフォンを落としそうになった。意味もなくミシマくんから、いや、ミシマくんが見せてきたスマートフォンから距離を取るべく部屋の壁に張り付いた俺を、彼はUMAを見るような目で眺める。
「先生知ってたんすか、レイモンド・カーター。」
知ってた、とかいう次元じゃねぇ。それは俺が頭の中で作った奴のはずで。作ったというか、記憶の整理の過程で起きたタダの情報の継ぎ接ぎのはず、で。
「れっ……いもんど、かーたー、っていうの?」
「はい。」
「マジじゃねーか……え?ま、え?」
あぁ、名前まで同じだ。レイモンド・カーター。カーター弟、又は敵に回さない方がいい方のカーター。なんでよりによってレイモンドのほうがいるんだよ。せめてセオドリックの方が良かった、いや、そういう話じゃなくてだな。
「期待の新人ですよ。ほぼ初仕事で主役張るんだからたいしたもんですよね。」
「はつしごと。え、じゃあ今まで彼がテレビに出たりニュースに出たりは?」
もしかしたら、俺は先にどこかで彼を見ていたのかもしれない。それが記憶の端に引っかかって、あの、やけに長くて疲れる夢に出てきた、とか。
「最近ちらほらみますよね。ここ1ヶ月くらい。」
「じゃあダメだわ……。」
俺は肺の息をぜぇんぶ吐き出して、ゆるゆると頭を振った。ここ一か月くらいじゃ、だめだ。
レイモンド・カーター。俺が書いた小説をもとにした映画の主演をはることになった、新人俳優。ミシマくんが見せてくれた写真の彼は、俺が3年前に見た、長い長い夢に出てきた男に顔も名前も完全に一致していた。
そう、夢だ。ただの夢。
俺が21の頃、随分と奇っ怪な夢を見た。体感して丸1年くらいを夢の中で経験したんじゃないだろうか。まぁ、当たり前ながら目が覚めたらたったの一晩だったけども。夢のくせにやけに鮮明で、3年経った今も出会った人間やエピソードはいくつも覚えている。
夢の中の世界は、現実とはかなり異なっていた。
親方-空から男の子がー!とばかりに、いや、あんなゆっくりじゃなくてドシャァって落ちたけど、俺が天井からギルドと呼ばれる集まりの真ん中に落っこちたところから夢は始まる。くっそ痛かった、あれは。
天井に穴はなかったからこう、空中にポンと登場したわけだ。もうこの時点でさすが夢って感じだろ?え?なに?夢は痛くない?どっかにぶつけたんだよ知らんけど。
着の身着のままだった俺は結局そのギルドとやらでお世話になった。ギルドはいうなれば職業集団で、俺がお世話になったのは「情報屋」……といえば聞こえはいいけど、まぁスパイのギルド。他にもパン職人だの狩人だの新聞屋だの色々あったのになぁんでスパイギルドに当たってしまったのか。スパイ映画見たせいかな。うん、おかげで一癖も二癖もある超能力のやつが多かった。
あぁそう。夢の世界では、皆一様に超能力ってやつが使えたんだよ。分かりやすいやつだと、そうだな、空が飛べる、とか、耳が異常に良いとか。そういうの。ロマンあるよな。
せっかく夢なんだから俺も超能力ってやつを使いたかったんだけど、どうもその、夢の舞台だった島自体に帰依する力だとかで、そこに生まれ育った奴じゃないと超能力は使えないらしかった。旅人は俺と同じように使えなかったし、土地から離れた奴も結局十数年すると使えなくなった、って聞いたな。生まれは違っても長く住んでいるやつは途中で目覚めたって人もいた。
俺も10年くらいこの土地にいれば超能力に目覚めるんじゃないかって言われたけど。夢は一年で終わったから(一晩の夢なんだから一年で終わったってのも変な言い方だが)結局俺には超能力なんて使えなかったんだよ、残念ながら。
「誰かに似てたんすか?」
「え?」
「いや、だから彼。知ってるみたいなリアクションしてたけど、レイモンド・カーターその人を知ってるわけじゃないんですよね?」
「あぁ、うん、そうね、そう……。」
「変なの。とにかくまぁ、キャストも決まったらしいですし、良かったですね。」
そういや、小説の映画化の話だったわ。
「うん、三作目にしてやっと多少世間に注目されて良かったや。」
うん、どうせたかが変な夢だ。もしかすると俺が忘れてるだけで、昔に彼に会ったことあったのかもしんない。それで記憶の整理でひょっこり夢にね。そうそう。きっとそう。
ギルドで会った情報屋、なんつー妄想は無かったことにしておこう。
「これ売れなきゃもう次はねぇって言われてましたもんね、先生。」
「やめてミシマくん、首の皮繋がっただけだし……。」
夢ではニートだったが、現実世界の俺は売れないラノベ作家をもう二年ほど続けている。まぁ、他の仕事もしてるけど。食ってけるほどじゃないからね。
そんな折映画化の話が来て、どうも交渉事が苦手な代わりに編集のミシマくん……いや、編集として、って言うよりは懐いてくれている後輩として動いてくれたって気がするけど、彼が色々と手を焼いてくれた。お陰でうん、映画化の話も纏まった、わけだが。わけだが、よ。
差し出された俳優の写真に飛び上がっちまったのは許して欲しい。だって夢の中の人が出てくるとか軽くホラー映画じゃん。
「今度脚本の方と監督と主要キャスト陣で顔合わせするらしいんですけど、神宮先生も来ませんかって。」
「ゑ?」
「顔出してくれるだけでいいんで、一言いただけると嬉しいですってことらしいですよ。」
えぇー、会うの?
思わず夢の中の彼……暴れ馬と名高かったカーター弟の台風具合を思い出して眉をしかめる。しかもアイツめちゃくちゃ俺が帰るの嫌がって面倒くさかっ……はっ、いかんいかん、勝手に夢に出演させただけなのにその言い草は良くないな。
うん、しれっと挨拶して向こうが俺のこと知ってそうだったら聞いてみればいいよな。向こうが俺のこと知らないなら、なかったことにしてスルーしよう。オッケーオッケー、ただの夢。きっと遠い昔にお会いしたんだよ、リアルでさ。そういうことで行こう。よし。
「いいよ、何時?」
「来週の金曜日です。午後13:00からですね。」
「りょーかい。ごめんねミシマくん、いつもマネージャーみたいなことお願いしちゃって。編集の仕事じゃないのに。」
「いいっすよ、仕事ない時間にメールチェックしてるだけだし。先輩の日頃の奢りでチャラっす。」
「あ、先輩呼び久々。」
「あれ、俺今先輩って言いました?まだ部活の時のが抜けないんすかね〜。」
くふくふと笑うミシマくんにチェックして欲しい原稿がメールで届いたか最後に確認してもらって、ミシマくんを玄関で見送る。原稿はどうせメールするんだからわざわざ来なくてもいいんだけど、ミシマくんはほっとくと俺が倒れるから、ってちょいちょい顔を出しにくる。まさか出版社にミシマくんがいるとは思わなかったけど、いやはやほんとに良い後輩を持ったもんだ。うん。
はぁ〜それにしても懐かしいな、夢。RPGみたいな世界観に最初は驚いたけれど、超能力も見慣れれば便利で面白かったし。酷い目にもさんざんあったけど、まぁ夢と思って振り返れば楽しい冒険だった。あぁ、歳の近いアンディとは特に一緒にいたな……夢の最後別れる時は、彼につられてちょっと泣いたし。
夢の中の人に会いたいというのも変な話だけど。うん、同じ顔が見れるってだけでも懐かしくていいかもな。例え夢の中どおりレイモンドが暴れ馬だろうと、むしろ懐かしくてそれはそれでいいかもしれない。別人みたいだったらそれはそれでちょっと泣けるかも。
そんな、わくわくと不安が半々の気持ちで土曜日を迎えてさ?
「せ〜んぱい♡忘れたとは言わせねーからね?」
廊下でばったり会うなり新人俳優君に海外式壁ドンされた俺の気持ちな?????おみあしが長くていらっしゃいますね股下5mかな?
「レイ!おっまえ何してんだよ始まるっつっ……ルイ君?」
極めつけに走ってくる足音と共に入ってきた声はやけに懐かしくて、何故か俺の名前を知っていて。
「アン、ディ……?」
その顔はまんま、夢の中の親友だったアンディ・スタンプその人で、えー、つまりですね。
…………夢、です、よ、ね???




