夜開きキャベツ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ん? こーらくん、どうした? 質問かな?
――どうして夜に葉を閉じる植物と、閉じない植物が存在するのか?
ふむ、ひとことでいえば葉っぱも人と同じ、眠りにつくことがあるということだね。
夜になると葉を閉じる植物はたくさんある。カタバミ、シロツメクサ、らっかせい、エバーフレッシュなどなど。
植物が葉を開く理由は、光合成のためだといわれている。授業でも話した気孔を通じ、蒸散や二酸化炭素の取り込みを行い、酸素も排出していく。植物には欠かせない生理現象だろう。
だが日光が出ていない夜間は、十分な働きをすることができない。よって葉を折りたたみ、店じまいとばかりに眠る準備に入るわけだ。
閉じない植物に関しては、一説によると、閉じるためにかかるコストが大きいからというわけだ。
たとえば学校の運動会で飾り付けなどの準備をするとしよう。もし毎日、運動会を開催しなきゃいけなくなったら、わざわざ片付ける手間が惜しい。そのままにしておいたほうが楽という寸法だね。
では、こーらくんは夜に葉を開く植物に出会ったことはあるかな。
先生はだいぶ昔にだけど、一度だけその不思議な植物に出会った。そのときの話、聞いてみないかい?
あれは近所の川で行われる、花火大会の帰りだったか。
会場となる川は二級河川ふさわしい幅と長さを持っていて、自然と架かる橋も長いものとなった。そこの欄干沿いに人々はこぞって集まり、光の職人芸をひとしきり楽しむんだ。
その年は、たまたま先生ひとりで花火を見に来ていた。毎年、マイナーチェンジをしながら繰り返されている行事だ。何度も見ているうちにパターンが読めてきてしまう。
しめの「ナイアガラの滝」が終わると、時刻は午後9時過ぎ。大あくびをしながら、帰りがけにアイスキャンデーを買い、家までてくてく歩いていく途中のことだった。
民家がとぎれ、道の脇に大きな畑が横たわる箇所を通るとき、足元で「ばさり」と羽を広げるような音がした。
厳密には先生の足の下ではなく、その脇の畑の土からだった。
夏場の暑い時期にもかかわらず、そこにはまんまるいキャベツのような作物が、等間隔で並んでいる。そのうちのひとつがぱっと花開いたように、葉を広げていたんだ。
「おや?」と足を止めた先生の前で、またひとつがバサッ。軽く夜露を払いながら勢いよく開き、葉を広げたまま、またじっと不動を保つ。あたかも「俺は最初から開いてたんだよ」とでもいいたげな、頑固ささえ感じる態度だ。
そのまま様子を見ていると、少し離れた場所でバサッ、バサッと合計5つの野菜が満開になる。ほぼ地べたに葉がくっついてしまうさまは、タンポポを思わせたねえ。
――どうにも、せっかちな連中がいるもんだな。
そのときの先生は、ぼんやりそんなことを考えながら、溶けかけキャンデー頬張りつつその場を後にしたんだけどね。
翌日。通学路からそう外れていない地点でもあり、先生は昨日の野菜たちがどうなっているか様子を見に行った。
すると、夜の満開具合がウソのように、ひとつとして葉を広げているものはなかったんだ。みんなぎゅっと葉と一緒に身を縮こまらせて、なにかを警戒しているような雰囲気さえ漂っている。
開いていた「キャベツ」たちの位置は覚えていた。あれは絶対見間違いじゃないはず。
それから先生は、夜になって家から出かけられる時には、件の畑へ足を運ぶようにしていたんだ。
先生の予想の通りだった。この「キャベツ」たちは、決まって雨の降っていない夜に開くんだ。
時間は日によってまちまちだが、おおよそ午後9時前後。一斉に5つ開くことはあまりなく、たいてい2つか3つだった。
あまり帰るのが遅くなると、補導の恐れもある。だいたい一時間ほど開いた葉を見張っていると、ときどきその葉の裏側から姿を現わすものがいる。
ある時はイモムシ。先生が使う鉛筆ほどの太さで、にょきにょきと身体を這わせながら、葉の端っこをかじる。時には葉の真ん中だけを食べたが、すっかり穴を開けるケースは少ない。
お祭りとかで店が出る型抜き。それの一歩手前の状態になるように、少し葉の部分を残してくり抜いていく。
ある時はカタツムリ。葉の上に登ってきたかと思うと一直線に葉を横切り、自分の粘液でてかてかと葉を濡らす。だが片道では終わらない。
葉の端まで行ったかと思うと、身体をひるがえしてこれまでの軌跡と隣り合うように、後戻りをしていく。まるでローラーを掛けているかのようだ。
どうにも好き勝手でやっているようには感じられない。いったい何をしているのかますます気になる先生は、ついに一度寝たふりをして、夜中に家を抜け出す算段を立てたんだ。
ことはうまく運んだ。誰にも見とがめられずに家を出た先生は、自転車を漕いで現場に急行する。
もうあと数百メートルというところまでくると、風に乗ってスズムシの声のような虫の音がかすかに聞こえてくる。それは現地に近づくたび、どんどん大きくなっていくような気さえした。
先生は畑から少し離れたところで、自転車を停める。なんとなく、この声の主に気配を悟られてはいけない気がしてね。足音を忍ばせて件の畑へ近づいていったのさ。
そこでは、あの「キャベツ」たちが5つとも目いっぱい開いていた。だがそのいずれもが、月明かりの下だというのに、元来の緑色ではなく黒色に染まっている。しかもその黒は、かすかにうぞうぞとうごめいているんだ。
ごまほどに満たない大きさの、小さな虫たちの集まりがそこにあった。
葉全体にかぶさるじゅうたんのようだったが、かつてイモムシが食べ削った葉の部分のみ、わずかな空間が生まれている。
型抜きの中心部分には、虫たちのうちの数粒が集っていた。彼らが身体を揺らすたび、先生の耳に先ほどまで聞いていた、スズムシに酷似した声が聞こえてくる。
ライブ会場だ、と先生は思った。
夜に広がる葉は、この虫たちのライブを行う場で、あのイモムシやカタツムリは会場の設営をしていたんだ。こうしてステージを整え、大勢が集まっても問題ないように。5つの会場をフルで使えるように。
意図を察した先生はいたく感心したが、やはり図体の大きい先生はここに来るべきではなかったかもしれない。
急に吹いた風に、鼻の穴がむずむずしてね。思わず大きなくしゃみをしてしまったのさ。
会場たる葉の近くにかがみ込んでいたから大変だ。先生の起こした暴風によって、会場は大きく揺さぶられ、虫たちも何匹かが宙を舞うのが見えた。
確認するや、会場は開いた時と同じように「バサッ」と音を立てて閉じてしまう。他の4つも同じで、瞬く間にステージは畑へと逆戻りした。
その日以降、先生が何度訪れても、あの「キャベツ」の葉が開くことはなかったんだ。