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喫茶店にて



挽きたての珈琲の香ばしい香りが鼻孔を突く。

辺りを見渡すと、品の良い人々か、そう努めようとしている人々しか居ないように思える。

ここは良いところだ。こじんまりとした喫茶店というだけでも心地よい。


僕の前に座る線の細い女性は、黒くて薄い素材のワンピースを着ていた。首元で光る小さなダイヤのネックレスをしている。印象深い。今日のことを思い出すとき、きっとこのダイヤと微笑を浮かべる彼女が頭に浮かぶはずだ。


「それで、話しって何なの?」


彼女はティースプーンで陶器のカップに入った紅茶をかき混ぜながら、そう言った。

かららんと優しい音を立てるのが、耳に心地よい。

僕は、どうしようもないことを言おうとしていて、それが躊躇いを生んだ。彼女と僕はそれほど親しくないから、あと彼女のティースプーンが5周もしないうちには話し出さないとなと思った。


1……2……3……


息継ぎをするように、口をポカンと開けて、喉の奥から言葉が出るのを待った。


「あの……喫茶店に呼び出すまでのことでもなかったんだけど。ただ、病院って苦手だから」


僕が言葉を紡ぎ始めると、彼女は優しく見守るような視線をくれた。


「いいのよ。デートのお誘いかと思ったけど」


僕はぎょっとした。そうだと思われていたなら、そっちの方が良かったかもしれない。

今からそういうことにしようかな。

いや、いけない。兎に角言いたいことを言ってからだ。


「昨日、むかし貴女が紹介してくれた山下さんという女性に会いました」

「ああ、山下さんね。すっかり良くなって。ドナーが見つかって本当によかった」

「そう、よかったのです。ただ、僕は彼女に出会ったのが昨日を含めて2回だけです。だからとても辛そうな彼女と、とても清々しい顔をした対照的な彼女としか顔を合わせていないのです」


彼女は眉毛を吊り上げて、”何が言いたいの”と言いたげな表情だ。

僕は続ける。


「それで、僕って卑怯だなって思ったのですよ。だって最初と結果だけを見て”ああ、よかったな”と思ったんです。その過程では沢山の……僕が想像だにしない苦しみがあったはずなんです。だから、そんなことも想像しないでただ結果だけを見て、良かっただなんて。とても軽い男ですよ僕は」


彼女は視線を逸らせた後、僕に向き直ってこう言った。


「もしかして、それを言うために私を呼び出したの?」

「そうです。誰かに聞いてほしくって」


彼女ははぁとため息を吐いた後、立ち上がった。


「よし、遊びに出かけるわよ」

「え、いいですけど。急ですね」

「ええ、そういう細かい悩み事は、遊んで忘れるの。覚えておいて」


そう言って、彼女は僕に微笑みかけた。





終わり


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