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81 調査 2


 Ж


「ちょっと露骨にやりすぎじゃないですか、ポラさん」


 店から外に出るなり、俺はポラに詰め寄った。


「あれじゃあロベルトさんが怒るのも無理ないですよ。いくらルナちゃんのことを調べるためだからって、あんなに節操なく問いただしちゃ」

「いいじゃないですか。回りくどい言い方したって、時間の無駄ですし。それに」


 ポラはそこで言葉をきり、近くにあった日にやけたボロボロの酒樽に座った。


「それに、おかげで色々なことが分かりましたしね」

「何が分かったんですか。あの様子じゃ、ロベルトさん、これ以上は何も答えてくれませんよ」

「もう聞くこともないでしょう。これ以上はどうせ無駄ですよ」

「む、無駄?」

「ええ。もう彼からは十分に情報は得ました。私は確信しましたから。あの二人の関係は――当初私たちが思っていたものと大分違う」

「ど、どういうことです」


 俺は眉を寄せた。


「あの二人はとても歪んだ関係なんです。どうやら、一筋縄ではいかない」


 ポラは断言するように言った。

 俺はどういうことですか、ともう一度言い、眉を寄せた。


「俺には、そんな風には見えませんでしたが」

「じゃあ、どう見えたんです? 先ほどのロベルトさんを見て、おかしいところは何もなかったですか?」

「それは――」


 俺は言葉に窮した。

 言われてみれば、違和感があった。

 しかし、それは何というか感覚的なもので、上手く言語化できない。


 だが――思い返してみれば、たしかにどこか妙だった。


 俺の様子を見て、ポラは仕方ないですね、とため息とともに言った。


「それでは、ロベルトさんから聞いた情報を精査しましょうか」

 そう前置きを置いて、ポラは話し始めた。

「まず、ロベルトさんはデイジーさんからルナさんのことを聞いていない、と言っていましたね。このことから、恐らく、ルナさんはデイジーさんにも身分を隠していた、或いは、デイジーさんの判断で意図的にロベルトさんに伝えていなかった、のどちらかだと思われます。いずれにせよ、隠していた、ということは、なにか後ろめたいことがあるからでしょう。つまり、ルナさんに怪しい過去があることの裏取りは取れたことになりますね」


 さらにルナは、そうしてロベルトに過去を隠したまま、それを話そうとしていない。

 ということは――そこには何らかの“理由”があるはずである。


「そして、過去だけではなく、ロベルトさんは現在のルナさんのことも何ひとつ知らない。これによって、二人がただの仲の良い家族のような関係ではないことも、なんとなく分かりました」

「ちょっと待ってください」


 俺は彼女を遮った。


「何も知らない、というのは言い過ぎじゃないですかね。仮にも3年も一緒に暮らしていたのに」

「だって何も知らないじゃないですか、あの人」


 ポラは呆れたように肩を竦めた。


「ポチ君、私がロベルトさんに最後にした質問を覚えていますか?」

「たしか――ルナちゃんをどう思うかって」

「そう。そしてその答えは『良い子だ』です」

「えっと、それ、何かおかしいですか?」

「おかしいというより、何それって感じですかね」


 ポラは苦笑した。


「ロベルトさんは私に何度ルナさんのことを聞かれても、それしか言わない。具体性もなければリアリティーもあったものじゃない。私にあれだけ煽られたら、普通、親密な関係ならもっとましなこと言いますよ」


 俺はごくりと喉を鳴らした。

 こ、この人、まさか――


「ポラさん、だからわざとあんな喧嘩腰に」

「ええ、まあ。ロベルトさんのリアクションが見たかったので」


 全て計算づくだったというわけか。

 恐ろしい人だ。


「で、でも」

 と、俺は言った。

「もしかしたら、ルナちゃんは本当に非の打ち所がない良い子なのかもしれませんよ」

「そんな人間はこの世にいません」


 ポラはぴしゃりと言った。


「ロベルトさんにとって、ルナさんは自分を救ってくれた恩人であり、デイジーさんの遺した大事な大事な娘のような存在でもあるんです。にも関わらず、彼女のことを調()()()()()()()()()()()。問題はここなんです。知らないのではなく、知ろうともしていない。私が“ルナさんが不良と付き合っている”という嘘を吐いたときも、普通ならもっと詳細を聞いてくるはずでしょう」


 それはそうかもしれない。

 大事な人間が悪の道に誘われている。

 そんなことを聞いたら、もっと狼狽え、焦るはずだ。


 例えば俺とポラは出会ってまだ数か月ほどだが、それでも彼女に悪い噂があればとにかく知りたい。

 ポラに悪い彼氏がいる、なんて聞いたら、毎日気が気ではない。


 しかしロベルトは――気を揉むのではなく、怒りを露にした。


 そう、とポラは頷いた。


「ロベルトさんはルナさんの過去を知りたがるのではなく、過去を知ろうとする私に対して怒り始めたんです。つまり、ロベルトさんにとって、ルナさんのことを()()()()()()()は苦痛なんですね。本音では、ルナのことなんて何一つ知りたくない。だから、あんな風な態度になってしまった」


 なるほど、と俺は頷いた。


 そういうことだったのか。

 改めて、ポラの考察力に驚かされる。

 あのやりとりで、そこまで喝破してしまうとは。


 だが――それでもまだ、おかしいところがある。


「しかし」

 と、俺は食い下がった。

「しかし、矛盾するじゃないですか。ロベルトさんは、ルナちゃんの励ましで店を続けることが出来たんですよ。あんなに感謝していたじゃないですか。一方では家族のように愛情を示して、もう一方では他人のように接触を拒む。そんなことってありますかね」

「そうなんです」


 ポラは人差し指を立てた。


「そこが二人の歪なところなんです。恐らく、ロベルトさんも最初は本当にルナさんに救われたんでしょう。愛していたのも本当だった。しかし、月日を経るにつれ、ルナさんの様子がおかしいことに、彼は気づき始めた。けれどロベルトさんは――そのことを追求するのではなく、目を背けることを選んだ」


 俺はごくり、と喉を鳴らした。


 ここに至り、俺はようやく先ほどのロベルトの違和感に気付いた。


 そうだ。

 ロベルトさんは、言葉と感情が一致していないんだ。

 口ではルナとの絆を繰り返す癖に、行動は彼女に興味があるようには見えなかった――


「さ、3年間、ずっと見て見ぬふりをしてきたっていうんですか」

「でしょうね。ルナの真実を知ることは、デイジーさんとの思い出を壊すことにもなり得る。だから、ロベルトさんからすれば、ルナの正体を知ることは恐怖でしかなかったわけです。もしもルナが殺し屋であったら。凶悪な犯罪者だったら。それはつまり、デイジーさんの好意も全て踏みにじられることになる。つまりロベルトさんにとって――」


 ルナさんは“良い子でなければならなかった”んです、とポラは言った。


「な、なんてことだ」


 呟いて、俺は思わず俯いた。


 なんて悲しい生活だ。

 一番近くにいる人間を疑い続け、しかし、口には出さず、毎日一緒に仲の良いフリをして暮らす。

 彼女は良い子のはずなんだと自分に言い聞かせ、愛しているんだと自らをも騙し続ける。


 ふと、自分の足元からポラの方へ影が伸びていることに気付いた。

 夜なのに、やけに濃い影。

 目をあげると、そこには雲から姿を現したまん丸い月が浮かんでいた。


 そうか。

 今日は満月だったのか。


「ま、とはいえ、これらは全て想像です。今のところは」

 と、ポラが言った。

「しかし、その想像が真実かどうか、今から調べることも出来ます」


「ど、どうやって」

「ロベルトさんが言ってたでしょ。ルナさんは、この店に住み込みで働いているって」


 ポラさんは悪い顔になった。


「ぽ、ポラさん、まさか」

「手段を選んでる場合ではないでしょう。私は、忙しいんですから」


 ポラは立ち上がり、「さ、行きましょうか」と言った。


 Ж


 俺は音を立てず、裏口から店内に入った。

 厨房の扉に設えてあるガラス窓から中をのぞくと、ロベルトは一人でチップス作りを再開していた。

 俺は後ろにいるポラに合図を出し、腰をかがめて、その前を通り過ぎた。


 廊下の突き当りには地下へと続く短い階段があった。

 ロベルトの話では、この先がルナの住む部屋だ。

 7段降りるとすぐに扉が現れた。

 完全な地下というよりは半地下の部屋だ。

 俺はすーはーと深呼吸してから、こんこんと扉を叩いた。


 中から返事はない。

 思い切って開けようとすると、扉はどこかで引っかかったようにすぐに動かなくなった。

 目を落とすと、引き戸に簡素な錠前がかかっていた。


「どいてください」


 ポラの小声に振り向くと、彼女はピンのようなものを持って「えへへ」と笑った。


「こんな安い鍵、10秒で開けてみせます」


 そうである。


 俺たちはこれから、無断でルナの部屋を調査するのだ。

 彼女がまだマフィアとつながりがあるなら――きっと、そこに何らかの証拠があるはずだ。



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