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78 ルナ


 Ж


「ルナちゃんが――殺し屋だって?」


 俺は顔を顰めた。


「そうだ。それも、腕利きのな」

「冗談言うなよ。あの、おっとりした子が」

「アホ。ジョークでこんなこと言うかよ」


 ヨシュアは肩を竦めた。

 ちょっと待てよ、と俺は詰めよった。


「けど、あの子はものすごいミスが多いんだぞ。皿は割るし、買い物すらろくにできない。お前の言う通り、元腕利きの殺し屋なら、あんなドジな人間のはずないだろ」


 ヨシュアはふむ、と小さく唸った。


「そいつは確かにおかしいな。ルーナは超一流の暗殺者アサシンだった。身体能力は特異なほど発達していた」


 それから少し考えるそぶりを見せ「なにか企んでるな」と、呟いた。


「なにかって?」

「さて。そこまでは分からねえよ。でも、そうやって猫を被ってるってことは、きっと何か裏があるってことだ。あいつらはプロ。金にならねえことはやらねえ」

「金って――こんな貧乏な店になにが」


 だから知らねえよ、とヨシュアは鼻に皺を寄せた。


「でもよ。気を付けろよ。赤い月は残忍だ。小さい子供でも、容赦なく殺したって話だ」

「う、嘘だろ」

「だから嘘じゃねえ。奴が所属していたマフィアはこの辺じゃあ一番やべえゴロツキ集団だった。やば過ぎて、他のグループも近寄りたがらなかった。ボスが頭の線がブチ切れたロクデナシだったからな。金のためなら何でもやるクズ野郎だ。誘拐でも女衒でもヤベエ薬でも、もちろん殺人でも、何でもな」


 目の前が少し傾いて、俺はよろめいた。

 血の気が引いた。


「まあ、とにかく気を付けろよ。ルナは恐ろしく戦闘能力も高かった。シーシーさんがいるから大丈夫だとは思うが――お前やポラさんじゃ勝ち目はねえぞ」


 ナハハ、と笑いながら、ヨシュアは俺の肩をぽんと叩いた。


「それじゃあ、俺、シーシーさん探してくるわ」


 ヨシュアはそう言って、ホールから出て行った。


 その背中を眺めながら、俺はごくり、とつばを飲み込んだ。

 急に体中から、汗が噴き出した。


 ルナちゃんが――殺し屋?

 しかも、何かを企んでる?


 俺の頭の中で、妄想がグルグルと回り始めた。

 彼女が従順なフリをする理由は何だ。

 俺たちを油断させて、一体どうしようと言うんだ。

 いや、そもそも、彼女はもうここで働き始めて3年は経つという。

 その間、ずっとああやってドジっ娘を演じ続けてきたというのか?


 そんなこと、あるはずがない。


 ならば、考えられることは一つ。

 店長のロベルトもグルだということだ。


 今思えば、ロベルトはどこかおかしかった。

 なんというか――この店を立て直そうとしている気が、あまり感じられないのだ。

 俺やポラさんが提案した物事に反対してばかり。


 そうだ。

 考えてみれば、そもそもこの店を立て直したいと言ったのはシーシーだ。


 つまり最初から、単なるシーシーの“おせっかい”だったんだ――


「ポチさん」


 いきなり背後から声がして、ひゃ、と間抜けな声が出た。

 ゆっくり振り返ると、ルナが少し離れたところに立っていた。


「な、なに?」

「……店長とポラさんが厨房で待ってますよ」

「あ、ああ、そうだった。ごめん。今行くよ」


 俺は立ち上がった。

 すれ違う時、異常な緊張感が走った。


 まさか今の話――聞かれてないだろうな。

 そう思うと、心臓が早鐘を打ち始める。


「あの」


 通り過ぎた時、ルナが口を開いた。


「は、はい!?」


 心臓が止まるほどびっくりして、俺は両肩をあげて立ち止まった。


 ギギ、と音がしそうなくらいゆっくり、半身だけ振り返る。

 するとルナはこちらを振り返らず、背中を向けたまま、


「今日はありがとうございます。この店のために」


 と言った。


「あ、ああ、いや、いいんだ。俺もシーシーさんも、この店が潰れたら嫌だし」

「そうですか」

「うん」

「ところでポチさん」

「はい?」

「さっきここに座ってらっしゃったのは誰ですか」

「え?」

「ここにいた、ヤンチャそうな少年ひと

「あ、ああ、アイツは俺の知り合い」

「知り合い?」

「名前は」

「名前?」


 俺は眉を寄せた。

 なぜ、そんなにヨシュアのことを気にするのか。


「あ、あいつはヨシュアって言うんだけど」

「ヨシュア」

「そう」

「そのヨシュア君と、何を話していたんですか?」

「何って――別に。くだらないことだよ」

「くだらないこと?」

「うん」

「それは例えば」

「た、例えば? いや、別に、ルナちゃんに話すほどのこともないようなことで」

「そうですか」


 ルナはそう言って黙り込んだ。


「ヨ、ヨシュアがどうかした?」


 俺が聞くと、ルナは「……いえ」と呟くように答えた。

 俺は彼女の二の句を待ったが、結局、何も言わずに黙ったままだった。


「それじゃあ、行きましょうか。二人が待ってます」


 やがて振り返った時、ルナはいつものような笑顔に戻っていた。


 しかし――その刹那。

 彼女から、確かに殺気のようなものを感じた。



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