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75 閃き


 Ж


「料理のアイディアっつってもなー」


 俺は机に肘をついて、そうぼやいた。


 ポラでも思いつかないものが、ただの高校生である俺に思いつくわけがない。

 そもそも、一流シェフで、かつこの地域で何十年も店を構えているロベルトが出せないアイデアなのだ。

 俺には彼らより勝る知識など何ひとつない。


 何とかしてあげたいのは山々だけど――どう考えても無理っぽい。

 こうやっていくら考えても、無駄なような気がしてくる。

 現実は厳しいのだ。


 俺はロベルトの残した、冷めかけたデューテールスープを口に運んだ。

 温くなっても十分美味い。

 思わずはあとため息が出る。


 こんなに美味しいのに、美味いってだけじゃダメなんだもんな。

 顧客層に合う味。

 コスト。

 手軽で簡単に出せる。

 超えるべきハードルが多すぎる。


 ぶっちゃけ、これ難問すぎるって――


「あ、それも片付けましょうか」


 背後から声がして振り返ると、布巾を持ったルナが立っていた。


「ああいや、全部食べるよ。もったいないから」

「そうですか。そうですよね」


 ルナはにこりと笑い、隣のテーブルを拭き始めた。


「ポラさんとロベルトさんは」

「厨房でなんか難しい話してます」

「そっか」


 俺はしばらく、ルナが働いている姿を見ていた。

 本当によく働く。

 そもそも、ただのアルバイトならこんな時間外労働に従事することすら嫌なはずなのに。


 この街にも、こんな子がいるんだな。


「ルナちゃん、本当にこのお店が好きなんだね」


 ふと、そんな風に聞いてみた。


「はい。大好きです」

「それはやっぱり、ロベルトさんのお店だから?」

「店長と、デイジーさんです」

「ああ、ごめん。そうだよね」

「いえ」


 ルナは手を休めずに話した。


「私、デイジーさんに拾われるまで、捨て猫のような暮らしをしてましたから。店長と奥さんのおかげで、人間らしい生活が送れるようになれましたから。だから――だから、このお店を潰したくないんです。絶対に。絶対に」


 絶対に。


 ルナはいっそ思いつめたように繰り返した。

 俺は思わず唇を噛んだ。

 彼女の想いは本物だ。


 デイジーはルナの母親のような存在だったのかもしれない。

 だから彼女はロベルト以上に、この店に執着がある。

 そんな風に考えた。


 それからしばらく懸命に働くルナの横顔を見ていた。

 熱心に働く彼女を眺めている内、とある疑問が思い浮かんだ。

 

 この店の外観のことだ。


 ロベルトの話では、ルナにはレタリングの技術があるという。 

 それならば――あの掠れて見えなくなった店のロゴくらい描き直せそうなものだ

 いくらお金がないと言っても、ペンキくらい買って来られるだろうに。


 こんなにも店のことに熱心な彼女が、なぜ、それをしないんだろう。

 

「うみゅー」


 妙な声がして目をやると、近くにシーシーが立っていた。

 眠そうに両手で目をゴシゴシと擦っている。


「あ、おはようございます」

「ポチ」

「はい」

「腹減った」

「あ、じゃあこれ食べます? 食べかけですけど」

「なんだ、それ」

「デューの尻尾のスープらしいです」

「しっぽだとぉ? しっぽってあれか? こう、ケツに生えてるやつか?」


 シーシーはそう言うと、小さなお尻をフリフリと振った。


「そうです。その尻尾です」

「んなもん、人間が食うもんじゃねーだろ」

「それがそうでもないんですよ」

「ウメーのか?」

「ウメーです」


 シーシーは訝し気に眉を寄せた。

 それから恐る恐る、スプーンを口に運んだ。


「ウメー! なんだこれ! ドンゴドンゴって感じでウメー」

「美味いでしょ? 擬音は間違ってると思いますけど」

「信じらんねー! なんで動物の尻尾がこんなにうめーんだ!」


 でしょ? と何故か俺は得意気に言った。


「そうなんですよ」

「なんでお前は驚かねえんだ! シッポ食うなんて初めて聞いたぞ!」

「いえね、実は俺の元の世界にも似たような料理があって――」


 俺はそこではたと動きを止めた。


 何故俺がテールスープを知っていたか。

 この世界では富裕層地区プリメーラの一流シェフしか知らないような、超マイナー料理なのに。

 どうして、この俺がそれを知り得ていたか。


 それは偏に、俺の元いた世界にも似たような料理があったからだ。


 そう。

 そうだ。


 “元いた世界”


 これこそ、この世界で俺しかもっていない唯一の武器なんじゃないか。


 元の世界では常識だったけど、俺しか知らないこと。

 日本では当たり前だったけど、俺しか知らない料理。


 それこそがつまり――この世界にはない、オリジナルな料理ってことになる。


 となると――


「し、シーシーさん、ちょっといいですか」


 俺は強引にシーシーから皿を奪い取り、デューテールスープをマジマジ見つめた。

 厳密に言うと、スープの中に浮かぶ、ある野菜を見つめていたのだ。


「トバツの実――」


 俺は呟いた。


 そうだ。

 この世界には――


 “あの料理”がない。


 元いた世界には当たり前のようにあった、超超メガヒット料理。

 食ったことのない人間は一人もいない、普遍的な料理が、この世界では全くのオリジナル料理になる。


「シーシーさん!」


 俺はシーシーを見た。


「一つ、教えて欲しいことがあります!」


 俺はトバツの実を使ったその“料理”の説明をした。

 ざっくりとだが、出来るだけ具体的に。


 するとシーシーは怪訝そうな顔をして、


「はあ? なんだ、いきなり」

「いいから教えてください!」


 鬼気迫る俺に押されて、シーシーはうーんと考えた。


「……食ったことねえな、そんなの。大体、うちトバツ自体あんまり好きじゃねーし」

「じゃあ、そう言った料理があると聞いたことは?」

「ねーな」

「そうですか!」


 俺はガタリと、乱暴に立ち上がった。


「ど、どうしたんですか、ポチさん」


 掃除をしていたルナが手を止めて聞いた。


「ルナちゃん。もしかしたら、この店を救う起死回生の料理――」


 いけるかもしれない、と俺は親指を立てた。


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