73 スペシャル
Ж
それから。
俺たちは(というか俺とロベルトとポラの3人は)、ああだこうだと店の復活案を話し合った。
俺は俺なりに精一杯の知識で以て、色々とポラに提案してみた。
店の外観を直してみてはどうか。
プリムに頼み、新聞に広告を打ってみてはどうか。
俺の行きつけの屋台のおっちゃんの料理を置いてみてはどうか。
色々と話し合ったが、どれもこれもポラに論破された。
外観の修復には金がかかるし、プリムの勤めるタブロイドの紙面への宣伝はもっと莫大な費用が必要になるようだ。
結局は金。
金を儲けるには金が必要なわけだ。
屋台の料理に関しても却下された。
いくら美味しくても、屋台の料理などというありふれた料理をわざわざ食べにくることも考えにくい。
それに、やはりただ“メニューに載せる”だけでは何の意味もない。
それを知ってもらわないといけないのだ。
そんなこんなで。
完全に煮詰まった。
ポラはこうなることは分かり切っていたようだった。
そう言えば、最初から甘くないんだということを言っていた。
正直に言えば、もうこの時点で帰りたがっていたのかもしれない。
彼女はなにしろ忙しいのだ。
明日も早朝から用事があると言っていた。
「コーヒーでも淹れましょうか。みなさん、少し休んでください」
ロベルトの提案で休憩を入れることになった。
そう言えば、晩飯も食べていない。
俺とポラはキッチンに移動して、みんなの料理を作ることにした。
腹が減っては戦は出来ぬ、だ。
ロベルトはコーヒーを淹れるついでに私が作ると言ってきたが、ポラは自分で作らせてくださいとお願いした。
「ロベルトさんはここで待っててください」
そう言って、俺に目配せをする。
どうやら、プロの料理人に自分の料理を食べてもらいたかったようである。
ちなみに、シーシーは既にこの状況に飽きてしまい、ホールのテーブルの上でお腹を出してぐーぐー寝ている。
見かねたルナが、厚手のブランケットをかけてやっていた。
Ж
「結局、まずは何かスベシャルなものがいるってことっすよねー」
俺はルナの買って来た油缶を手に取りながら呟いた。
「この店じゃないと食べれない! ってもんが必要だと思うんすよ。宣伝はそれからまた別に考えるとして」
「そうですねー。でも、そんなもの、簡単に作れたら苦労しないです」
「そりゃそうだ」
俺はうん、と伸びをした。
「あ、やっぱここにいた」
声がして、キッチンの入口に目をやる。
するとそこにはエリーの姿があった。
意外な人物の登場に、俺は思わず「あ」と声が出た。
「わ、エリーさん。どうしたんですか、こんなところに」
「少し用事があって」
エリーはそう言ってポラを見た。
「私に?」
ポラは鍋に木蓋を落とし、エプロンで手を拭きながらエリーの元へ移動した。
「ほらこれ。頼まれてたやつ」
「え? なんです?」
「前に生物研究用の塩を探してるって言ってたでしょ」
「ああ、はい。植物を長持ちさせるための塩ですね」
「あれ、どうも混じりけのない純粋な塩化ナトリウムが必要だったみたい」
「へえ。それをわざわざ」
「あなたの家に行ったら、ここの住所が書いてあったから」
「ありがとうございます。試してみます」
お願いね、とエリーは言った。
「なんの話です?」
俺は横から口を挟んだ。
「エリーさん、最近、化学に興味があるみたいで。その中でも植物学。ほら、エリーさんってば、お花とか大好きだから」
「そうなんですか。ちょっと意外」
俺はふーんと頷いた。
意外、と言ったのは科学の方じゃない。
エリーさんって、花が好きなのか。
すげークールに見えるけど――意外と乙女だ。
「ところで」
と、エリー。
「はい?」
「あなたたち、どうしてこの店に来てるの?」
「まあ、色々とありまして」
「ロベルトシェフに何かあったの?」
「え? エリーさん、お知り合いなんですか?」
「ちょっとね」
「あ、そう言えば、エリーさんもこのお店好きなんでしたっけ」
そこで、ポラが口を挟んだ。
はえー、と俺は妙な声を出して驚いた。
「意外っすね。エリーさんがこんな大衆食堂を好きになるなんて」
「こんな?」
エリーの右眉がぴくりと動いた。
かと思うと、俺の胸倉を掴んで、
「こんな、とは聞き捨てならないわね。ロベルトは一流のシェフよ」
「そ、そうでした。すいません」
「なにか困ってるんなら全力で助けてあげなさい。いいわね?」
は、はひ、と俺はこくんこくんと頷いた。
よし、と言って、エリーは腕を放した。
「それじゃあ、私は行くから。何か困ったことがあったら言ってきなさい」
そう言って、さっさと出て行ってしまった。
「こ、こえぇ」
俺は半べそをかきながら言った。
それを見て、ポラはくすくすと笑った。
「どうやら、うちの乗組員のほとんどがこのお店のファンだったみたいですね」
「そうみたいっすね。しかしそうなると――もしかして、船長も来たことあるんですかね」
「さて。私は知りませんね。こう言う店も嫌いではないと思いますけど」
そっかーと俺は口を尖らせた。
「船長がいてくれたら、結構いい案を出してくれそうなんだけど」
「そうですねー」
ポラは少し考えるような素振りを見せた。
「ま、どっちかでしょうね。一発で最適解を導き出すか――もしくは」
「もしくは?」
「面倒だからこんな店潰しちまえって、本当に潰してしまうか」
俺はあははと乾いた笑い声を出した。
たしかに――ありそうであまり笑えない。
Ж
「そう言えば」
と、俺は言った。
「エリーさん見て改めて思ったんですけど」
「なんですか?」
「冗談っぽく言ってたけど、さっきのシーシーさんの案、意外といけると思うんですよね」
「シーシーちゃんの案?」
「そうです。あの、コスプレのやつ」
俺が言うと、ポラは「ふーん」と露骨に嫌そうな顔をした。
「なかなかくだらないこと言いますね」
キラリ、と持っていた包丁が光る。
「ああいや、もちろん、露出とかコスプレとかってのはナシですよ。でも、エリーさんのような美人が客の呼び込みをしたら、絶対に目立って宣伝になるなあって」
「そうですかね」
「はい。うちの乗組員って美人揃いだし」
「興味ないなあ。でも、それに、それじゃあ意味ないんじゃないですか?」
「どういうことです?」
「ポチ君が自分で言ったんですよ。この店は、この店自身の魅力で繁盛しないと意味がないって」
「それはそうですけど――でも、きっかけにはなるじゃないですか」
「ま、結局、そこに戻っちゃうんですよね。きっかけはあっても、持続可能な魅力がないとすぐに店は閑古鳥が鳴き始める」
「持続可能な魅力、かあ」
俺ははあと息を吐いた。
「つまり――起死回生の“料理”ってことですよね」
結局、同じ結論に至るわけだ。
起死回生の料理。
言うのは簡単だが、実現するにはいばらの道だ。
ただ美味しい、というわけでは駄目だ。
条件が幾つも付く。
まず、安価であること。
そして、味が安定して作れること。
さらにできれば、ジャンクで若者が好むもの。
この店のターゲットは貧困地域の若者である。
メイン料理の敷居が高くては、お客が着くわけがない。
考えれば考えるほど課題が増える。
「持続可能、と言えば」
頭を掻きむしっていると、ポラがキッチンの前に戻っていった。
「あのルナちゃん。あの子の力は使えますよね」
「どういう意味です?」
「ルナちゃんは、きっとこのお店のためなら尽くします」
「たしかに」
絶対にこの店は潰させない。
そう見得を切った彼女は切実さに満ちていた。
持続可能な魅力。
この店にとって、それは彼女のことだろう。
「あの子、ロベルトさんの娘さんですかね」
「さあ。そうは見えなかったけど」
「うーん。確かに、似てないですもんね」
「そうじゃなくって……なんていうか、親子って感じしないっていうか」
「そうですか?」
「うん」
ポラはそう言いながら、木製スプーンで鍋のスープを一匙掬って味見をした。
そして「うん」と言ってほほ笑むと、今度はそれを俺の方に向けてきた。
がぶりとスプーンを飲むと、肉と野菜の出汁の利いた旨みたっぷりの味が口いっぱいに広がった。
「抜群に美味いっす」
俺は大きく頷いた。
やはり、トバツの実のスープだ。
ポラさんの十八番。
これを、ロベルトさんに味見してもらおうと思ったのか。
――いや、待てよ。
俺ははたと思いついた。
この料理は彼女のオリジナル料理。
まさか、ポラはこれをこの店のスペシャルに提供しようというのではないか。
口では厳しいことを言っておきながら、全然諦めてなかったのではないか。
だとしたら――この人。
やっぱめっちゃいい人だ。
「さ、出来ました。みんなのところへ持っていきましょうか」
ポラはそう言うと、得意げに親指を立てて見せた。
「ポラさん、もしかしてこれ――」
「しー」
ポラは俺を遮り、唇に指を当てた。
「私のとっておきです。実は、一度プロの方に意見を聞きたかったんです。言っておきますけど――」
特に他意はないですから。
ポラはそう言ってウィンクをして見せた。
俺はなんだか嬉しくなり、思わず口をムズムズさせながら「はい」と頷いた。