表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/147

63 聖堂の闘い 4


 Ж


「へ……な、なんだ、そ……の不細工なオーラの流れは」


 床にへたり込みながら、ミスティエは俺を見て笑った。

 彼女の顔は痣ができて腫れあがり、口の端には血のあぶくが出来ていた。

 あの美しかった顔は見る影もなかった。

 

 それでも俺には、ミスティエの気丈に振舞うその笑顔が、いつも通りに――いや、いつも以上に可憐に見えた。

 彼女を彼女たらしめているのは、決して見た目ではないのだと俺は思った。

 い女と言うのは、どんなに傷ついていても佳い女なんだ。


 俺の身体は右腕が不自然に肥大し、オーラも全体的に右側に偏っている。

 左に意識を向けると、今度は逆がそうなる。

 それが可笑しくて仕方ないという感じで、ミスティエは笑い続けた。


「すいません。抑え込むことは出来たんですが――まだコントロールが上手く行かなくて」

「抗う……んじゃねえ。あるが……ままに、エネ……ルギーを()()んだ」

「分かりました。もう、分かりましたから」


 俺は彼女の身体を支えながら言った。

 不用意に触ったせいで、ミスティエはぐぅ、とくぐもった声を出して顔を歪めた。

 腕が折れている。


「わりぃな……あた……しは少し休む……ぞ、ポチ」


 腕の中で、ミスティエは安心したような顔つきになり、目を細めた。


「はい」

 俺は顎を引いた。

「お疲れさまでした。任せてください。あとは――あとは俺がやります」


 ミスティエは目を瞑り、口の端を上げた。


「生意気……な奴だ。サマにな……ってやがる」

「すいません。俺のために」

「へ。お前……のためじゃねぇ」


 俺は感情を堪え、はい、と言った。

 ともかくも、これであの野郎を殴る理由が、また一つ増えた。


 俺のボスを――船長をこれだけ傷めつけたんだ。

 絶対に――


 絶対に許さねぇ。


「バチュアイは俺がぶちのめします」


 俺はミスティエの腫れた目を見つめながら、拳を握った。

 その手を見て、自分の身体が、鈍く発光しているのが分かった。

 

 ミスティエは「そうか」と言い、くっくと肩を揺らして笑った。


「一撃で……」


 と、ミスティエは言った。

 だが口を動かすとどこかが痛むのか、すぐに辛そうに顔を歪める。


 もういいです黙ってください俺がと言うと、彼女は大事なことだと言い、キッと歯を食いしばると、いつものミスティエ然としたしっかりとした口調に戻った。


「一撃で決めろ。いいか、ポチ。仮にパワーが互角でも、奴とお前では、格闘の経験値が違い過ぎる。長期戦になればなるほど不利だ。だから――」


 一撃で決めるんだ、ともう一度、ミスティエはの眼を見つめながら言った。


「……分かりました」


 俺は頷いた。

 ミスティエのおかげで、迷いが吹っ切れた。

 やることが決まった。


「あとは私が」


 そこでエリーがやってきて、ミスティエを渡すよう手を出した。

 頼みます、と言って、俺はゆっくりと彼女にミスティエを託した。


 Ж


「いてえな。やってくれるじゃねえの」


 ガラガラと瓦礫が崩れて、俺はそちらに視軸を向けた。

 すると大きな十字架の下で、バチュアイが立ち上がり、俺を見ていた。


「本当に奇妙な奴らだ。殺そうとするとさらに強い奴が現れる」

 バチュアイはコキコキと首を鳴らした。

「いよいよ殺すには惜しい奴らだな。放っておけば、新しい脅威になり得る。そうすりゃ、今よりちっとはこの海もマシになるか」


 バチュアイは口の端から流れる血を腕で拭った。


 ダメージはイマイチだ。

 自分なりにフルパワーで殴ったが、インパクトの瞬間、奴は咄嗟に首を捻って俺の攻撃を()()()()

 不意を突かれたはずなのに――これが経験の差と言う奴か。


「もうこれで最後だよ、バチュアイ」

 と、俺は言った。

「これから俺がお前をぶっ倒す。そして――リュカを取り戻し、トートルア国の闇を暴く」


「いいぜ」

 バチュアイはニヤリと嗤い、挑発的に指をくいくいと曲げた。

「本当にこの俺に勝てるなら、お前にはそれだけの権利がある。その時はお前とミスティエが第3勢力になって、戦争するなり平和裡に生きるなり、好きにすればいいさ」


 バチュアイはそう言うと、半身に構えてオーラを爆発させた。

 先ほどミスティエに一撃を加えたときよりも、さらに膨大な力。

 その時のバチュアイは、破局噴火をする直前の巨大活火山を想起させた。


 終末がやってくるのだ、と俺は思った。

 全てを灰燼に帰すほどの身も蓋もない熱エネルギーが、目の前の男に内包されていた。

 

 ゴゴゴゴゴ……と地鳴りのような音がする。

 気圧の変化によって熱風が吹き、ステンドガラスは割れ、大地が揺れて石床に大穴が穿たれた。


 俺は目を瞑り、意識を集中させた。

 俺には何の異能力も技も、魔法もない。

 剣術も使えないし、戦略も戦術も、何もない。


 あるのただ、迸るパワーと、やつをぶん殴れというミスティエの指示だけ。

 つまり――右の拳だ。

 ここに、“移動者(ドリフター)”として覚醒した熱量を、俺の全てを、全細胞から集中させるのだ。


 抗うな、とミスティエは言った。

 俺の身体の中には、異世界で存在し続けられるだけのエネルギーが蓄えられている。

 魔具の指輪によって発露したそれを、あるがままに移動させ、誘導させてやるだけでいいんだ。

 

 息を大きく吸い、それから吐いた。

 鼓動を落ち着かせて、無理やり抑え込んだ力を、緩やかに流すのだ。


 ゴウゴウという凄まじいエネルギーの奔流がうねっているのを感じた。

 だがそれがやがて、キィィィイ――という高音に変化するのが分かった。

 暴れていた力が鋭くられ、細く尖っていく。


 かつてない全能感が俺を支配していた。

 俺は強い、という確信があった。

 あれほど恐ろしかったバチュアイが、今なら倒せそうな気がした。

 

 俺は瞳を開き、自らの右拳を見た。

 その時、自分の身体が先ほどより強く、明るく放光していることに気付いた。


 それはやがて目の前のバチュアイの姿を照らし、曝け出した。

 闇から引きずり出され、正体を暴かれたバチュアイは拍子抜けするほどに人間だった。

 その時の俺には、紛れもない人間に見えたのだ。


 何故だろうか。

 頭がやけにすっきりしている――

 

「勝負だ、バチュアイ」


 俺は言った。


「いいぜ。ぐちゃぐちゃにぶち殺してやる」


 バチュアイは歯を剥きだして笑った。


 天窓から、巨大な聖十字架がどすん、と落ちてきた。

 それを合図にして――俺とバチュアイはほとんど同時に射出した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ