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48 会議


「ほっほー。あのお転婆てんばのとこの小僧か」


 サヴァルからの報告を受けたラングレー海軍アデル湾艦隊大将・クロップ=リージョは、長く伸びた白髭を絞りながら俺を見た。


 目の大きな爺さん。

 それが第一印象だった。

 浅黒い顔中には深い皺が刻まれており、長く伸びた白髪を後ろで一つに縛ってある。


 中肉中背で、ぱっと見はただの元気なお爺ちゃんって感じだ。


 先ほどのリュカのいた応接室からさらに奥に入った駄々広い会議室である。

 そこは学校の教室3つ分くらいある広い部屋で、楕円状の円卓に木椅子が設えてあった。

 それぞれの席に、海軍の兵士たちが100名ほど座っている。


 その一番上座にクロップがおり、俺はサヴァルと共に彼の前に立っていた。

 こいつは一体何者なんだ。

 そんな心の声が聞こえてきそうで、兵たちの目線が痛い。


「はい。なんでもリュカ皇子の友人だそうです」

 と、サヴァルが言った。


「友人? 海賊が、か」

「私もよく分からないのですが、リングイネ殿がそのように説明されておりまして」

「トートルア皇子と白木綿キャラコの手下が友人。そうなると、ミスティエはジュベ海賊団と繋がっているのか」

「いえ、どうやら裏はないようです。今日、フリジアへ来てから知り合ったみたいで」

「裏はない、か」


 クロップは立ち上がり、俺の頭に手を置いた。


「坊主。お前にとって、リュカ皇子はどういう存在だ」

「ど、どうって……ただの友人です」

「ミスティエは関係ないのか?」

「はい。個人的な知り合いで」

「なにか企んでおるか?」

「い、いえ」

「あのじゃじゃ馬娘から、何か密命を受けているんじゃないか?」

「とんでもないです」

「リュカ皇子に取り入ると、お前たちに利益が出るシステムなのではないか?」

「まさか」


 クロップはじ、と俺の目を見つめながら矢継ぎ早に聞いた。

 俺は蛇に睨まれた蛙状態で、カチコチになりながら首を振り続けた。


「どうなさいますか」

 サヴァルが問う。

「ミスティエの動向が気になるなら、もう一度リングイネ殿と話しあってみてもいいですが」


「問題ないじゃろ」

 クロップは俺から目を離し、どかりと座った。

「ミスティエはさかしいからの。もしかしたら裏があるかもしれんが――好きなようにさせておけばいい」


「よろしいんですか」

「いいよ。実はワシ、ミスティエ(あの娘)が結構好きでの」

「は?」

「美人だし、おっぱいでかいし」

「は?」

「ぶっちゃけファンじゃ」

「は?」


 サヴァルは顔を顰めた。

 クロップは上半身をのけ反らして、カカと笑った。


「あやつの器はでかいぞ、サヴァル。自由に動けば動くほど大きくなりよる。お前はミスティエを更生させ型にはめ込みたいみたいだがな、とんでもない話じゃよ。あの娘はまだ発展途上だ。もっとでかくなる。もっと――」


 強くなる、とクロップは嬉々として言った。

 

 俺はごくりと喉を鳴らした。

 

 あのミスティエが、発展途上?

 今以上に強くなる?


 そんなことが、物理的にあり得るのだろうか。

 どう見ても、彼女の能力値はカンストしているように見えるけれど――


「感心しませんな」

 と、サヴァルが言った。

「官府容認の傭兵とはいえ、ミスティエは海賊ですよ。彼女が今以上に強くなり、よからぬ野心に目覚めれば、白木綿海賊団は肥大化し、いずれ私たちの敵になるかもしれない。海軍大将の地位にいる人間がそのような危険因子の成長を見守りたいなどと、そう嬉しそうに話されるのは如何なものか」


 叱責を受け、クロップは「だって楽しみなんじゃ」と口を尖らせた。


「上官殿。私は真面目な話を――」

「サヴァル。お前はたしかに優秀な男じゃがの。どうやらちと想像力が足りん」


 クロップはじろりとサヴァルを見た。


「この世界を正常に動かすには、正義だけでは足りんのだ。大事なのはバランスじゃ。光と闇の」

「光と闇のバランス?」

「人間は不完全な生物だからの。どちらかが強すぎても上手くいかぬ」

「必要な悪もあると、そう仰りたいのですか」


 クロップはとぼけるように「ま、端的に言うとそうなるかのう」と答えた。

 サヴァルは口を閉じ、少し考えるような素振りを見せた。


「……クロップ殿は、ミスティエが世界のバランスを担うほどの人間になるとお思いなんですか」

「そうじゃ。矛盾するような言い方になるがな、あいつは良い悪になる」

「良い悪――?」

「きっと、お前の良き相棒になるぞ」


 クロップはそう言って、サヴァルの肩を叩いた。


「ま、ただの予感じゃ。あまり気にするな」

「……海軍としては、予感などというあやふやな根拠で動かれては困りますが」

「クハハ。困れ困れ」


 クロップは「ガハハ」と豪快に笑った。

 サヴァルはうんざりした様子で、はあと深い息を吐いた、


「話が脱線したな。とにかく、ワシらの仕事は皇子を守り、無事にこの鑑賞会を終えることだ。それ以外はどうでもいい」

「どうでもよくはないでしょう。トートルアとラングレーは平和条約で結ばれた友好国です。ただ守ればいいというわけではなく、後の外交問題に遺恨を残さぬように」

「うるさい」

 クロップはサヴァルを遮った。

「お前は本当にうるさいのう。うるさいから、もう会議は終わりじゃ」


 クロップは、パン、と手を打った。


「諸君、今聞いた通り、任務に大きな修正はなしだ。引き続き、警戒レベル5を継続。諸君らにおいては予定通り動いていただきたい。ああ、ミスト。お前はワシの後ろに座れ。それ以外の配置に変更はなし。以上。解散」


 クロップの言葉で、全員が立ち上がり「イエス、サー!」と敬礼をしてみせた。

 一糸乱れぬその動きに鳥肌が立った。

 さっきまで文句を言っていたはずのサヴァルも、クロップが出ていくまで一ミリも動かぬままポーズを崩さなかった。


「そんじゃ、もろもろヨロシクー」


 クロップは手のひらをひらひらさせながら退室していった。


 このカリスマ性。

 どことなくミスティエを想起させるなと、俺は思った。


 

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