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47 サヴァル

 

「どうして貴様がここにいるのだ」


 入室してきたラングレー海軍・サヴァル中将はそう言い、まるで珍獣を見るような眼で俺を見た。


 上背があり、軍服の上からでも筋肉が隆起しているのが分かるほどガタイが良い。

 キリとした太い眉毛で、相変わらず渋い顔立ちのナイスミドルだ。


 その整った面相を歪めて、とても嫌そうな顔で俺を見ている。

 前にバルで少し出会って以来だが――どうやら俺のことを覚えていたようだ。


「さ、サヴァル中将」

 俺は敬礼した。

「お久しぶりです。俺のこと、覚えていてくれたんですね」


 サヴァルは「当然だろう」と言って顔を顰めた。

「お前は海軍ではちょっとした有名人だよ。いらぬ面倒をかけられたんでな」


「な、なんのことでしょう」

 俺が問うと、彼は苛立たし気に「ウェンブリー社取締役によるムンター奴隷制告発の件だ」と言って腕を組んだ。


「全く、あのような大それたことをやらかしおって。おかげで海軍内部は大もめだ」

「い、いや、俺は何にもやってないですって。実際に動いたのは船長で」

「そのミスティエを唆したのが貴様なんだろう」

「す、すいません。でも、あのおかげでムンターの奴隷制度に光が当たったのは間違いないし……」

「だからなんだ。我々はジャーナリストでもなければ正義の味方でもないのだ。国民の安全を守ることが第一であり、他国の問題などにかまけているほど余裕はない」

「でも、そうは言いながら海軍あなたたちはウェンブリー社を受け入れてくれたじゃないですか。俺、すげー嬉しかったんですから」

「国際的な立場上やむを得なかっただけだ。そのおかげで右派から調査不足を大袈裟に責められた。魔石事業部門の責任者である私はもう少しで左遷されるところだったんだ」


 プリムが言っていた通り、やはり処分される寸前だったのか。

 サヴァルははあと短い息を吐き、首を横に振った。


「まあいい。終わったことを愚痴っても仕方がない」

 サヴァルは改めて俺を見た。

「それで、どうして白木綿の使い走りであるお前がここにいる」

「ま、まあ、色々ありまして」


 愛想笑いを浮かべて誤魔化した。

 何度も聞かれたので、さすがに食傷気味だ。


「リュカ皇子のご友人です」


 リングイネが言った。


「友人?」

「ええ」

「この野良犬のような男が、リュカ皇子の――?」


 それから、リングイネは事の顛末を簡潔に説明した。


 聞き終えたサヴァルは眉をひそめて俺を見た。

 それから大きく首を捻りながら、「……よく分からん男だ」と一人ごちた。


「それで、サヴァル殿。ご用件は何ですかな。皇子もお忙しいので」


 リングイネに促され、サヴァルは「ああ」と彼の方へ振り返った。


「実は先ほど、不穏な情報が入りましてな。警備を強化することになりました」

「不穏な情報」

「ええ。どうやらここに賊が紛れ込んでおり、皇子の命を狙っていると」

「賊というのはミュッヘン海賊団の幹部連中ですかな」


 サヴァルは微かに眉を寄せた。


「ご存じでしたか」

「はい。つい先ほど聞いたところです。おそらく、同じ人物からのリークでしょう」

「同じ人物?」

「中将殿ならお分かりになるでしょう。あなたたちラングレー海軍も顔馴染みの悪名高き海賊だ」

「リングイネ殿。誤解を招くようなセリフは止めていただきたい。我々は特定の犯罪組織と馴れ合うような真似は一切しない」


 リングイネはふっと笑った。


「そうでしたな。これは失礼を」

「今の言葉は聞かなかったことに」


 サヴァルは強めの口調でそう言うと、近くにあった机に丸めて持っていた紙を広げた。


「とにかくそう言うわけですので、リュカ皇子にはあらかじめ用意していた席から移動して頂きます。えー、このプレジデント席から、A席の2階席の中段からやや右よりの……この辺りですね。ここに変更とさせていただきます」


 座席表の書かれた紙の上を指でなぞりながら説明する。


「その際、申し訳ないのですが、両脇と前後、皇子の四方は私どもで固めさせていただきます」

「それは困る。見栄えにうるさい元老院の連中が何というか」

「側近の方々にはすでに了承は取っております」

「なんと。あの分からず屋どもの了承を得たのですか」

「皇子の安全が第一だとお願いしました」

「そのような正論を聞くような連中ではなかろう。よく説得出来たな」

「私どもにも体裁というものがありますからね。世界中が注目しているお披露目会で、おめおめと賊に皇子を暗殺でもされたらアデル湾を守るラングレー海軍の名折れだ。最高の戦力でお守りしますと、あの方たちには説明しました」

「最高の戦力、か。差し支えがなければ、具体的にはどなたが任にあたられるのか教えていただけますか」

「わかりました」

 サヴァルは胸に手を当てた。

「まず、私です。それから、私と同じく中将であるミストという男。そしてフリジア騎士団の団長であるタガタ。最後の一人が――私の直属の上官であるラングレー海軍大将“クロップ=リージョ”の4人です」

「クロップ殿が?」


 リングイネは右の眉をぴくりと上げた。


「はい。まあ、種を明かせば、ほとんどクロップの名だけで元老院の方々には納得していただいたのですが」

「それは、はあ、そうでしょうな。クロップ殿の名前には、それほどの説得力がある」


 リングイネは肩を竦めた。


「ちゃらんぽらんな人間ですがね。能力は確かです」

「ちょっと待て」


 そこで、それまで黙って聞いていたリュカが口を開いた。


「なんでしょうか、皇子」

 サヴァルはリュカに目を向けた。


「余は、リクタと一緒に鑑賞するぞ」

「リクタ? リクタというと――この男のことですか?」

「そうだ。余の隣に置く」

「リュカ皇子。この男は海賊ですよ」

「構わん」


 リュカは腕を組み、口を閉じた。


「駄目です」

 リングイネが即、却下する。

「世界中のマスコミが注目しているのです。海賊を横に置くなどと、許されるわけがない」


「うるさい。余はもう決めた」

「無理です」

「無理じゃない」

「我儘を言うのは市井へ逃げる時が最後だと約束したでしょう。大体、奴らにはなんと説明するのです」

「あやつらには黙っておけばいい。ほれ、リクタを見てみろ。そう言われなければ、海賊には見えまい」

「しかし、それ以上に強者にも見えない。どうみてもボンクラです」


 やかましい。

 俺は思わず突っ込みそうになった。

 そんなの、わざわざ言われなくても自分が一番分かってるって。


「安心しろ。どうせ、あいつらは余のことなど大して気にしてない」


 リュカは自嘲気味に笑い、目を伏せた。

 リングイネははあと息を吐き、サヴァルを見た。


「と、言うことです。よろしいですか」

「うむ……正直に言いまして、あまり賛成はしません。警護の穴になる」

「お願いします。出来れば、皇子の言う通りに」

「参ったな」


 サヴァルは後頭部をさすりながら少し渋ったが、結局は「分かりました」と了解した。


「しかし、そういうことなら、タナカ。これからお前には我々の会議に参加してもらう」

「会議?」

「最終の打ち合わせだ。お前がチームに入ってくるなら、変更しなければいけないところも出てくる」


 俺は「はあ」と気の抜けた返事を返した。

 そう言われれば、是非もないけど――


「しかし、リュカ。本当にいいのか?」

 と、俺は聞いた。

「俺がいると、きっとサヴァルさんたちの足手まといになる」


「よい」

「でも、命に関わることだし」

「良いと言っておろう」


 リュカは意固地になったように言い、そっぽを向いた。


「ちょ、ちょっと、リュカ。もっとまじめに話を――」


 俺が言いかけたとき、コンコン、と再び扉がノックされた。


「誰ですか」


 リングイネが聞く。

 少し間が開いた後、「マリア=ホーネットと申します」と扉の向こうから返事があった。


「マリア=ホーネット?」


 リングイネは眉を寄せた。


「今宵の女優ディーヴァです」

 と、サヴァルが言った。

「今夜のオペラ劇『美しきエレーナ』で主役のエレーナを演じる女性です。この国では知らぬものはいないほど有名な女性です。彼女の独唱アリア、特にコロラトゥーラは絶品ですよ」

「ほう。『魔笛』ですか。ならば、そちらも聞いてみたい」


 是非、とサヴァルはにこりと笑った。


「ご希望なら改めて手配しますよ。とても美しく才能のある子です。おそらく、劇前に皇子へ拝謁に来られたのではないかと」


 リングイネは「そうか」と顎を引いた。


「入りなさい」


 彼にそう言われて、おずおずとマリアが中に入って来た。


 思わず目を見張るような美人であった。

 御伽噺に出てくるお姫様のように美しい黄金色の髪の毛。

 憂いを帯びたように濡れた瞳。

 抱きしめると折れそうなほど華奢な体。

 いかにも貴族のお嬢様と言った風体で、一目で庶民とは住む世界が違う華やかさを湛えている。

 一際目立つ白磁陶器のように白い胸元には、巨大な宝石が光を放射していた。


 千客万来。

 さすがVIP中のVIPだけあって、色んな人間がやってくる。


「ご挨拶をさせていただきたく参りました。マリアでございます」


 マリアは緊張した面持ちで、しかし嫋やかな所作で優雅に挨拶をした。

 それから、ちらりと俺たちの方へ目を移す。


「それでは、私どもはこの辺で。また後程、迎えに参ります」


 サヴァルは空気を察したようにそう言い、踵を返した。

 それから俺の首根っこを掴み、「行くぞ」と引っ張った。


「い、いや、ちょっと待ってくださ――」


 もう少しだけリュカと話そうと粘ったが、俺は引きずられるようにして退室したのだった。



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