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20 疑惑


「ポラさん、奴らの様子はどうですか」


 船尾楼にいるポラの元に戻ると、監視を続ける彼女に話しかけた。


「ああ、ポチ君」


 ポラは肩を竦めて首を振った。


「動きなし、ですね。つかずはなれずです」

「やはりそうですか」


 俺は少し息を整えてから、実はですね、と切り出した。


「ちょっと今、船内を回って来たんですが、色々と気になることがありまして」

「気になること?」

「はい。でも、すごい的外れかもしれないし、船長に伝える前にポラさんに話しておきたくて」


 それから、俺は見聞きしたこと、思ったこと、とにかく自分の考えを話した。

 少し興奮して話は前後し、整理できていなかったが、何とか伝えた。


 ツヴァイという男のこと。

 船の違和感のこと。

 上甲板にある積荷がほとんど空だったこと。

 

 すべてを聞き終えたポラは、無言で考え込んだ。

 その熟考があまりに長く、俺は「あの」と声をかけた。


「ポ、ポラさん? どう思います?」

「あ、ああ、ごめんなさい」


 彼女は思案から覚め、ようやく目を上げた。


「うん……それは、ちょっと怪しいですね」

「そうでしょう? この船、やっぱり何かありますよ。船長も言ってましたが、あのツヴァイって男もなんか裏がありそうですし」

「そう。気になるのはやっぱり、そこなんですよ」


 ポラは俺を指さし、大きくうんと頷いた。


「あのツヴァイという男。実は最初からおかしいと思うところはありました」

「本当ですか?」

「ええ。私があの人と保険の話をしたの、覚えてますか?」

「はい。人質保険とかいうのに入ってるかどうかとか聞いてましたね」

「誘拐保険ですね。あの保険の書類なんですが、適用範囲がウェンブリー社の社員までのものになっていたんです」

「えっと、すいません、それのどこがおかしいんです? ツヴァイは社員じゃないんですか?」

「厳密に言えば違います。彼は社員ではなく取締役。一番最初に、自らをそのように名乗ってました」

「あの……よくわからないんですけど、社員と取締役って、違うんですか?」

「はい。ムンターの会社法では、社員と取締役は法的に全く立場が違うんです。雇用する側とされる側。当然、入る保険も違ってくる」


 また難しくてよくわからないが、要するに書類に不備があったということだろう。


「そのことについて、ツヴァイさんはなんて言ってたんです?」

「持ってくる書類を間違えた、しかし社の方にはきちんとした契約書があり、間違いなく自分も保険には入っている、と」

「……なるほど」


 また疑惑の種が一つ。

 しかも今回の種は実るとかなり大きく育ちそうだ。


 いくらなんでもおかしい。

 この船は――怪しすぎる。


「……あの男、なにか企んでいるんでしょうか」

「ここまでくると、その可能性は高いと思います。例の積荷はカムフラージュしているんでしょう」

「カムフラージュ?」

「おそらく、荷があると装う必要な“ナニカ”があるんです」

「その何か、というのは一体なんでしょう」

「今は分かりません。……が、この航海中に調べる必要がありそうですね」

「ポラさん一人で調べるんですか?」

「ええ。船長が動くと目立ちすぎますし」

「シーシーさんとエリーさんは?」

「あの二人がやると思います?」


 思いません。

 俺は即答した。


「じゃあ、僕も手伝いますよ」

「ポチ君が?」


 ポラはうーんと考えた。


「それはどうですかね。ポチ君にはポチ君の仕事がありますし」

「監視なら、ほら、ウェンブリー社の人たちもやってますし」

「それはそうですが……うーん」

「ていうか、そもそも、調べるって、何をどう調べるんです?」

「それは」


 ポラはそこで言葉に詰まった。

 なにやら言いにくそうだ。


「あんまり僕には言いたくない感じですか」

「いえ、別にそういうことはないんですけど」

「じゃあ、教えてください。そして、手伝わせてください」

「……もしかしたら、嫌なものを見せちゃうかもしれませんよ」

「嫌なもの?」


 俺は眉を寄せた。


「どういうことです? ポラさん、何か思い当たることがあるんですか?」

「今は言いません。確証はありませんから。ただ――覚悟があるかどうかを聞かせてください」


 ポラはいつになく真剣な瞳で俺を見た。

 いつもの柔和な目ではない。

 いっそ思いつめたような双眸。


 覚悟。

 ポラの目からは、確かにそれが感じ取れた。

 彼女は“ナニカ”に見当がついているのだ。


「はい」

 と、俺はうなずいた。

「何があるのか知りませんが、それが危ないならポラさんだけにやらせるわけには行きません」


「……随分とカッコイイこと言いますね」

 ポラはくすりと笑った。


「すいません。そんな頼りのある人間じゃないのに」

「そんなことないですよ。それなりに、さまになってました」


 ポラは冗談めかして言い、にこりと笑った。


「それじゃあ、一緒に行動しましょうか。まずはキースさんに――」


 ポラが言いかけたとき、突然、甲板の方から「敵影だ!」という声があがった。


 船内全体に一気に緊張が走った。

 船員たちが一斉に双眼鏡を構えててんでに海を見た。


 俺とポラは刹那目を合わせ、それから同時に海へと目をやった。

 漁師船に動きはない。

 それじゃあ――どこか別の船が現れたのか?


「右舷、5時の方向に一隻! 急速にこちらへ近づいてきています!」


 言われた方角――漁師船の線対称へと目をやる。

 すると、たしかに大型帆船の影が視認できた。


 マストに大きな黒鳥と髑髏の意匠デザイン

 間違いない。

 今度こそ――海賊船だ。


「……嘘でしょ」


 双眼鏡で覗いていたポラが言った。

 声が震えている。


「どうしたんですか? ポラさん」

「ポチ君。すみませんが、ちょっとこちらの問題は一旦すべて棚上げです」

「どういうことです?」

「まずいです。これは本当にまずい。どうして……どうしてこのタイミングで彼らが」


 最悪だわ、とポラは唇をかみしめた。

 顔が青ざめている。

 いったい、何を怯えているのだろうか。


 俺は海賊船に目を移した。

 先ほどよりかなり大きくなっている。

 ものすごいスピードだ。

 この分では直に追いつかれてしまう。


 だが――それにしてもポラの怯え方は異常だ。


 たしかに海賊は恐ろしい。

 しかし、この船にはミスティエやシーシーのような猛者がいるじゃないか。

 戦闘員ではないとはいえ、このような修羅場は百戦錬磨であろうはずのポラが、どうしてここまで――


「落ち着いてください。一体、どうしたっていうんですか」

 

 俺はポラに聞いた。

 すると彼女は額にびっしりと汗を滲ませながら、俺を見た。


「ポチ君。前に、この海には絶対に手を出してはならない存在アンタッチャブルがいることは話しましたよね」

「え、ええ。確か……巨大海賊団の船長3人」

「あの船には――その内の一人が乗っている」


 俺は驚いて目を見開いた。


「ま、まさか」


 そうです、とポラは頷いた。

 それから、海賊船に目を戻し、


「あれはアデル3大海賊の一つ、“黒羽ベーゼのディアボロ”が率いるチェスター海賊団。その――」


 本隊です、と言った。


 

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