表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/147

132 微睡み


 Ж


 今日の計画が決まり、俺はマリアが用意してくれた部屋に戻った。

 行動開始は午前8時。

 起床は7時だ。

 動き出す前にシーシーに事情を話し、計画について意識をすり合わせておかなければならない。

 それまで数時間は束の間の休息だ。


 俺は熱いシャワーを浴びて、天蓋のついた豪華なベッドに横になった。

 布団は清潔で信じられないほどふかふかだった。

 最高の寝心地と疲労ですぐに寝られる気がした。


 だが実際には、興奮状態にあるのかどうも上手く眠れなかった。

 それでも無理やり目を瞑り、何度も寝返りを打っていた。

 

 それから数十分経った頃。

 ようやくウトウトし始めたとき、急に扉が開くような気配がした。

 夢うつつに微睡まどろんでいると、今度は誰かがベッドの上に上がってきた。

 だが、人にしては沈みが浅い。

 俺は寝ぼけ眼で寝返りを打った。


「よ」


 目の前に見覚えのある顔があった。

 シーシーだ。

 可愛らしいパジャマを着たシーシーが目の前でぺたんと女の子座りしている。

 

「あ、シーシーさん。こんなとこで何してるんですか」


 朦朧としてはっきりしない意識のまま、俺は言った。


「眠れねーからよ、一緒に寝ようと思って」

「ああ、そうですか」

「うん。なんか胸が寂しいんだ」

「そうですか。じゃ、一緒に寝ましょう」

「うん」


 俺は寝転んだまま手を広げた。

 すると、シーシーはそこに飛び込んできた。


 俺はそのまま、彼女をぎゅっと抱きしめた。

 シーシーはちっちゃくて柔らかくて、まるで小動物のようだった。

 あまりに抱き心地がよくて、俺はぬいるぐみを抱くようにさらに力を入れた。

 彼女もお風呂に入ったのか、髪の毛から石鹸の甘い香りがした。

 そこから、どんどん頭の中が曖昧模糊としてきた。

 

「ポチ。苦しい」

「あ、すいません」


 注意を受けて、思わず腕の力を緩めた。

 すると今度は、シーシーの方が俺に抱きついてきた。

 胸の辺りに顔を埋めて、いやいやをするように顔を擦りつけた。


 俺たちはそうして抱き合ったまま。

 夢と現実の狭間で話を始めた。

 

 Ж


「傷の方はもういいんですか」

「うん。よゆーだ」

「よかった」

「うん」

「シーシーさん」

「なんだ」

「昨日は、なんであんなことしたんです」

「あんなことって?」

「その……不死者に自分を齧らせる、なんて」

「言っただろ。腹いっぱいにしてやりたかったんだ」

「……そうですか」

「うん」

「でも、次からは、あんな無茶は止めてくださいね」

「なんで」

「なんでって……痛いでしょう」

「痛いくらいなんだ。失敗作さぶじぇくとは、痛みすらないんだ」

「サブジェクト?」

「あいつらは手足をバラバラにされても、脳みそを改造されても、身体が腐って化け物になっても、それでも死ぬことを許されない」

「シーシーさん、サブジェクトってのは何なんです」

「うちらのことだ」

「シーシーさんのこと?」

「うちとあいつらには、何にも違いがなかった。同じだった。それなのにあいつらは死んで、うちは生き残った。別に反対でもよかった。うちが死んでもよかった。それなのに」

「シーシーさん」

「ん?」

「もう」

「ん?」

「もう、止めましょう」

「ん。わかった」

「……シーシーさん」

「うん?」

「俺、シーシーさんに生きててほしいです」

「それ前に聞いた」

「シーシーさんが生きててくれて、嬉しいです」

「それも聞いた」

「何度でも言います。俺はシーシーさんが好きですから」

「そうか」

「はい」

「ポチ」

「なんですか」

「くすぐったい」

「ごめんなさい」

「うむ」

「でも」

「あん?」

「シーシーさんも悪いです」

「なんで」

「抱き心地が良すぎるから」

「スケベ」

「もっかい、ぎゅっとしていいですか」

「だめ」

「ほっぺにキスとか」

「やだ」

「いいじゃないですか。夢なんだから」

「夢?」

「はい」

「これ夢か」

「はい」

「じゃあ許してやる」

「ありがとうございます」

「ポチ」

「なんですか」

「このロリコン野郎」


 Ж


 次の日。

 俺は目を覚ますと、むくりと起き上がった。

 すぐに時間を確認すると、午前7時前。

 3時間ほどは眠れたようだ。

 少しの時間でも、かなり体力が戻った気がした。

 身体はやや気だるいものの、頭の方はだいぶスッキリしている。


 ぶんぶんと頭を振って、布団をはがした。

 そしてそのままの格好で、俺はフリーズした。

 徐々に顔が赤くなっていく。


 ……なんつー夢を見たんだ。


 俺は赤面した顔を両手で覆った。

 ベッドの上でシーシーとイチャつきながら眠る夢なんて――どうかしてる。

 国立教会図書庫でのジノビリに影響を受けたのだろうか。

 ほとんど覚えていないが、かなり変態的なことを言っていた気がする。

 

 コンコン、とノックがした。


「ポチ様。起きてらっしゃいますか。朝食の用意が出来ました」


 マリアの声だ。

 俺は「すぐに行きます」とだけ答えて、ベッドを降りた。

 

 しかし――マジでリアルな夢だった。

 ふと、俺は自分の手を見つめた。

 目が覚めた今でも、シーシーのあの美しい髪を撫でた感触が残っている。


 と、次の瞬間。

 俺は凍り付いた。

 指に一本だけ――朝日を浴びてキラキラと光る長い髪が絡まっていた。


 間違いない。

 それは、シーシーの髪の色だった。


 な、なんだこれ。

 なんでここにシーシーの髪があるんだ。


 ――いや、ちょっと待て。

 ま、まさか……深夜のあの出来事。

 あれは――夢じゃなかったのか?


 だとしたら――


 凍り付いた体から、今度は汗が噴き出した。

 俺。

 かなり恥ずかしいセリフとか言った気がする。


 いいや。

 セリフだけじゃない。

 かなり記憶が曖昧だが、なにか犯罪まがいのこともしてしまったような気が――


 Ж


 慌てて部屋を出てダイニングへと向かうと、既にみんなが揃って食事を開始していた。

 思わず目で探すと、長机の一番端っこに、シーシーも座っていた。

 パンやら肉やらゆで卵やらを一心不乱に食いまくっている。


「お、おはようございます」


 俺はシーシーの隣に座り、声をかけた。

 シーシーは口の周りをケチャップだらけにしながら、「おー」と右手をあげた。


「ポチ! やべーぞ、ここの飯! 信じられねーくれーくそうめー!」


 そう言って、白い歯を見せて嬉しそうに笑う。

 太陽のような笑顔。

 どうやら――いつものシーシーのようだ。


「あの、シーシーさん」

「なんだ?」

「……昨日、俺の寝室に来ませんでした?」


 思い切って聞いた。

 するとシーシーはきょとんとした顔つきで、


「なんの話だ?」


 と、小首を傾げた。


「え?」

「なんの話だよ?」

「いやあの」

「なに?」

「ああいえ、なんでも……ないです」


 ああ……よかった。

 助かった。

 やっぱりあれは夢だったんだ。


 俺は心から胸を撫で下ろした。


「そ、そうっすよね。俺、シーシーさんに何もしてないっすよね」


 よかったよかった、と俺はパンを一つ手に取った。

 するとシーシーは口の周りを袖でゴシゴシと拭ってから、ニッカと笑いながら、こう言った。


「うん。安心しろ。あれはぜんぶ、夢の出来事だからな。スケベも許してやる」


 俺は持っていたパンを、その場にぼとりと落とした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ