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 Ж


「これは確かな情報筋からのリークだ。魔法兵団強化プロジェクトの最高責任者はクロップでおおよそ間違いない。まあ、そもそも今現在、海軍内において、クロップ抜きに話を進めることなど不可能だ。ましてや、国際法に触れるような大規模なプロジェクトだからな。最終決定権はあの男にあるのは自明だ。しかも、研究所ラボがあるとされるのはアデル湾第一艦隊が管轄する郊外の巨大湖。クロップ大将はまさに第一艦隊の指揮官だからな。状況を鑑みても妥当なところだろう」


 ジノビリは滔々と語った。


「無論、クロップ以外が指揮している可能性もある。海軍には反クロップ派も大量にいるからな。海軍将校は権力を欲しがる海千山千の首魁だらけだ。だが、あの爺さんはその中でも別格でね。経験。人望。実績。決断力。そして戦闘能力。あらゆる意味で強すぎる。大統領からの信頼も厚い。現段階で、実質1強状態と言えるだろう。そんな男がやると言えば、ついてくる人間も多数いるだろう――」

「ちょっと待ってください」


 ジノビリを遮り、俺は思わず声を荒げた。


「信じられない。それはさすがに信じられませんよ」


 ジノビリは顎を上げ、目を細めた。


「何故、信じられないんだ」

「何故って――クロップさんはそんな人じゃないからです。俺は一度あの人と仕事をしたことがあるから分かる。あんな人の好さそうな人が、そんな非道な実験を許可するわけがない」

「ただの印象か?」

「そうです。あの人は優しい人だ」

「バカタレが。私と話がしたいなら、もっと論理的な物言いをしろ」


 ジノビリは露骨に腹を立てた。

 そもそもだ、と俺を指さす。


「お前は組織のトップがどういうものか、まるで分かってない」

「どういうことですか」

「“良い人”や“優しい人”に集団はまとめ上げられない」


 ジノビリは肩を竦め、呆れたように言った。


「人間は蟻と同じく社会を形成し、叢がりで行動する生物だが、人間の群れというのは蟻の群体とは違う。一人一人がエゴを持ち、少しでも人よりいい生活をしてやろうとあわよくばを目論んでいる。そう言う奴らを押さえつけるには規律で縛り、権力でビビらせるしかない。部下を人間扱いしてるようじゃ忽ち足元を掬われちまう。普く組織は自己犠牲ではなく打算と脅迫で成り立っているんだ。お前が出会ってきたリーダーを思い浮かべてみろ。みんな悪党だろ」


 俺は俯いた。

 言われてみると、俺が出会ってきたリーダーは揃いも揃って全員が一筋縄では行かない人間ばかりだった。

 真っすぐで善意だけで動いている人は誰一人いなかった。


 だがすぐに。

 少し考えると、一人だけ心当たりがあった。

 

「……タガタさんがいる」


 と、俺は呟いた。


「あ?」

「タガタさん――俺の師匠は、自警団のトップにいるけど、悪党じゃない」

「師匠? は。お前、タガタの弟子なのか」


 俺が「はい」と頷くと、ジノビリはうへ、とベロを出した。


「は。まったくら嫌な名前を出しやがる。アイツは私の大嫌いな人種だってのに」

「あなたは、タガタさんも悪人だというんですか」


 問うと、ジノビリはまるで給食で苦手な食材が出てきた小学生のように顔を顰めてフルフルと首を振った。


「いいや。確かにあいつは例外だな。完全に頭がイカれてる。本気で善意だけで動いてやがる。完全にキ〇ガイ野郎だ。だがな、そりゃ屁理屈ってもんだぜ、坊や。物事には、絶対はねえ。中には頭抜けたアホがいるもんだ。その万に一つの例外を持ってきて反論しようなんざ、詭弁以外の何物でもねえ」

「でも、ポラさんが言っていましたよ。世の中の本質は大勢ではなく、むしろ例外の方にあるんだって」

「あん?」

「俺もそう思うんです。だって、この街に数多ある正規のドラッグストアより、あなたの経営する『マイアム・バイヤーズ・クラブ』の方が、この国のことをよく表しているから」


 く、とジノビリは僅かに怯んだ。


「小癪なことを言いやがる。だがいいか、私は確率の話をしてるんだ。そりゃあクロップがお前の思っている通り、善意で動くお人好しである確率も0ではない。しかし、99.9%は悪党と見て間違いない。私の経験上、良い人間はトップには立てない」

「なんだ。全然、確率高いじゃないですか」


 俺はふっと笑った。


「ホッとしましたよ。0.1%あるなら、俺はそっちを信じます」

「馬鹿野郎。テメー、一度会っただけの人間を、そこまで信じるのか」

「ええ」


 俺は躊躇いなく頷いた。


「俺は俺の目を信じます。クロップさんは、悪人じゃない。それにそもそも、人間を図るのに確率なんて馬鹿げてる」

「本当にお坊ちゃまだな、テメーは。馬鹿げてるんだよ、この世の理屈は。人当たりが良く、自己犠牲の塊のような社長が、裏では人間の臓器を売り買いしてる。神の教えを説く神父様が、実は子供たちを性的に虐待していた。そんな話は五万とあるんだ。この世界ではな」

「でも――クロップさんは違う」

「だから違うなら違うと思う根拠を言え」

「根拠はありません。そう思うからそう思うんです」

「はあ?」


 ジノビリは心から呆れたように顎を突き出した。

 俺はくすりと笑った。


「ジノビリさん。俺の目から見ると、あなただって決して悪い人間ではないです。いいや、もちろん、良い人間とは思いませんけど、でも、ヨシュアが言っているような極悪人ではない」


 俺はジノビリの目を見つめながら、一歩、彼女に近づいた。

 すると、ジノビリは気圧されたように「う」と小さく呻き、上半身を少しのけ反らせた。


「な、なんだよ、いきなり」

「俺、目を見れば分かるんです。その人がいい人か、それとも悪い人か」

「やめろ。その目をやめろ。こえーから」

「クロップさんもジノビリさんも、悪党ではあっても、悪人じゃない」


 俺はさらに彼女に近づいた。

 ジノビリの瞳の奥の奥まで見透かしてやろうと、どんどんと目線を強めていく。


「……やめろ。私を見るなつってんだろ」


 ジノビリは俺の目をじっと見返していたが、やがて耐え切れぬというように、瞳を逸らした。


「わ、分かったよ。私の負けだ。お前は勝手にそう思ってろ」

「はい。勝手にします」


 俺はにこりと笑った。

 ジノビリはやがてため息のような息を吐き、「なるほどな」と呟いて、頭をガリガリと掻いた。


「お前は確かにタガタの弟子だよ。どこまでも白くて清い。最高にムカつく奴だ」

「すいません」

「安心しろよ。私はそれでも、お前が嫌いじゃねえから」

「え?」

「いいや、違うな。むしろ大好きだ」


 ジノビリはそこで言葉を切り、今度はつかつかとこちらに向かって来た。

 手が触れるほどの距離までくると、俺の顎をつかみ、くい、と上げながら、


「タナカ。お前は確かに、私が死ぬほど嫌いな人種だ。反吐が出る。だが――」


 と、ジノビリはそこで急に表情を変えた。

 それまでは憎々しげだったのに、今は半眼になり、


「だが、お前はタガタじゃない。似て非なるものだ。お前はまだ揺らぎ、揺蕩っている。そこがなんともゾクゾクするじゃねーか」

 そしていっそ、うっとりとした表情になった。

「お前がいずれ糞を塗りたくられ、汚され、穢される姿はさぞ美しいだろう。世界に絶望し、悪に染まっていくのを見るのはさぞ楽しいだろう。想像するだけで濡れてくる。ミスティエが何故お前をクルーに入れたのか、今ならスゲーよく分かるぜ」


 ジノビリはそう言うと、目を剥き、偏執的な笑みを浮かべた。

 だらりと半端に開いた口から、涎が垂れた。


 や、やっぱやべーな、この人。

 俺はいきなり、さっきの言葉を後悔した。

 この人に限っては――自分の目がちょっと信じられないかもしれない。


「ガルルルルル……」


 俺の横から、シーシーが顔を出し、猫のように威嚇して唸った。


「へいへい。安心しろ。手は出さねーよ」

 ジノビリは両手を上げ、首を振った。

「しかし、お前たちは面白ぇな。エリーといい、お前らといい、白木綿は実にユニークだ。気に入ったぜ」


 そう言い、彼女にしては珍しく、屈託なく笑っていた。


 Ж


「さて、これで私の話は終わりだ。くれぐれも余所に情報を漏らすんじゃねーぞ」


 ジノビリは椅子を戻し、その場に座り直した。


「で、お前らはこれからどうするんだ?」

「分かりません。これから策を練ろうと思います」

「は。これから、ね。ポラもエリーも災難だな。唯一残った仲間がこんなガキどもじゃ、望みは薄いぜ」


 ジノビリはカッカと笑った。


「あの、ジノビリさんはこれからどうするんですか」

「どうもしねえよ。ほとぼりが冷めるまでここに居る。外はポリ公だらけだからな」

「あの」


 俺は少しモジモジした。

 それから意を決したように口を開いた。


「あの、ジノビリさん。俺たちと一緒に来てくれませんか?」

「は?」

「あなたの言う通り、俺たちだけじゃあ絶対に勝ち目は無いです。相手はクロップさんではないにしても、おそらくは同じくらいの大物でしょう。だから――あなたの経験と頭脳がいるんです」

「悪いがお断りだね。私は分が悪い勝負はしない。どう見ても、お前らの勝ちは薄い」

「もちろん、対価は払います」

「舐めちゃ行けねーぞ僕ちゃん。私が金と言ったら個人規模の話じゃねー」

「分かってます。満足してもらえるだけの対価を払います」

「言うじゃねぇか」


 ジノビリはどん、と足をテーブルに乗せた。


「私を満足させるなんて、童貞のお前にゃ無理だ」

「バーギトというマフィアを知っていますか?」

「バーギト? ああ、もちろん知ってる。最近急速に力を伸ばしてる移民系のヤクザだろ」

「その大親分であるバルバトフに、あなたのことを紹介します。あの人は政治家とも繋がってますから、きっと事業の拡大化、安定化に役立つと思います」

「馬鹿野郎。ミスティエならともかく、バルバトフがお前みたいな三下の言うことを聞くわけねーだろ」

「船長は関係ないです。俺は、バルバトフと個人的な貸しがありますから」

「マフィアの大親分ゴッドファーザーナシがつけられるってのか」

「はい。これはお金だけの話じゃない。バルバトフはこれからのゲットーを変えていく男です。関係を持っていれば、あなたの目標ゆめのためにも、きっと役に立つ」

「私の目標?」

「この国を変えたいんでしょう。一部の権力者のために弱者が食い物にされ続ける、この街の仕組みを」


 ジノビリは無言で俺を見た。

 何を考えているのか、長い間、じっと見ていた。


 部屋に沈黙が落ちた。

 どこかでファンが回っているのか、微かにスースーと音がする。


「段々とお前という人間が分かってきたよ、タナカ」

 そしてやがて、ふんと鼻を鳴らし、立ち上がって白衣のポケットに手を突っ込んだ。

「今、少しだけ勝機が見えた。力を貸してやってもいい」


「ほ、本当ですか」


 俺は目を見開いた。


「ああ。エリーの行方も気になるしな」

「ありがとうございます!」

「だが、報酬にもう一つ、加えて欲しいものがある」

「なんですか。何でも言ってください!」

「お前の貞操だ」

「……は?」

「お前の純潔を私に捧げろ。それが条件だ。分かったな」

「い、いや、その」

「痛いのは最初だけだ。途中から、お前の方から私を欲するようになる」


 ジノビリは蛇のようにぺろりと上唇を舐めた。


 う、と俺は怯んだ。

 こんな美人にそんなこと言われたら、本来なら喜ぶべきかもしれないが――


 この人と関係を持ったら、きっと地獄だ。

 俺の本能がそう囁いていた。


「冗談だよ。つーか、そんな脂汗をかくな。私は女だぞ。傷つくだろうが」


 ジノビリは肩を揺らして笑った。

 それから上半身を横に倒し、俺の背中を伺うような仕草をして、


「それじゃ、これからよろしくな、美少女ちゃん」


 そう言って、シーシーに話しかけた。


「嫌だね! 嫌だね! ウチは、お前なんかと仲良くしねーぞ!」


 優しく微笑みかけるジノビリに、シーシーは威嚇するようにシャーと歯を剥き出した。



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