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123 魔法


 Ж


 ジノビリは怯えた様子の学芸員に金を握らせ、しばらく入って来るなと命じて部屋から追い出した。

 それから倒れていた椅子を起こし、それにどかりと座ると、さあ始めるか、と言ってまたぞろ気だるげに髪をかきあげ、ゆっくりと語り始めた。


 ジノビリとエリーとの出会いは数年前のことだったという。

 彼女はどこからかジノビリの噂を聞きつけ、ラングレーで認可されていない有用な医薬品を密輸し、それを難病の人たちへ売る、という活動に賛同した。

 エリーは財産のほとんどを本か、若しくはどこかの企業へ投資しているらしかった。

 その際、損得を度外視しているところは、ミスティエと違う所だろうとジノビリは笑った。

 彼女はポラのこともよく知っているような口ぶりだった。

 どうやら、エリーから白木綿の話は一通り聞いているようだ。

 

 そんなエリーから“とある噂”を聞いたのが2週間前。

 彼女は自身が魔法使いであることもあって、魔法科学に明るかった。

 フリジアに2つある魔法系大学校の教授にも知り合いが多かった。

 エリー自身はアカデミックな出身ではなく、どうやら在野の天才だったようだが、その能力の高さから、学究的な人間にもとても信頼を得ていたらしい。

 エリーは既存の定説に拘らず、独特でユニークな発想をするので、正統的な研究者たちからもリスペクトを受けていらしい。


 ある日、エリーは魔法大学校の研究チームから相談を受けた。

 最近、学長の様子がおかしい、と彼は言った。

 やたらと大学舎構内に軍の人間が出入りし始め、それに伴って反学長派閥の教授の左遷や人事移動が相次いだ。

 さらにおかしなことは続き、優秀な学生や研究員がどこかへと引き抜かれ始めた。

 具体的な公示はなく、張り紙には「軍用研究施設」と曖昧に書かれたのみだった。


 この奇妙な出来事に、調査をし、抗議した魔法大学校OBがいた。

 だが、彼はその数日後に身に覚えのない破廉恥なスキャンダルにより失職し、学会を追われた。

 激怒したOBは学長室に怒鳴りこみ食って掛かったが、全ては無駄に終わった。

 そのOBはその足でマスコミへと走った。

 全てを洗いざらい話してやると息巻いていた。

 しかし――彼はそれからすぐに、自宅で首を吊っているのが見つかった。

 遺書にはスキャンダルを悔い、将来に絶望したと書かれてあった。


 時を同じくして、この国の軍隊が、魔法分野に力を入れることが決まった。

 半年前の予算委員会閣議において正式に魔法省庁への予算が拡大されていたが、そのほとんどが軍へ割り振られたことを受けての方針だった。

 そして現在では、ラングレー軍は豊富な資金により世界中から質のいい魔法石を大量に買い入れ、恒常的な供給を計画している。

 その他にも魔法知識の基礎教育、魔法石の使用を訓練に取り入れ、特別な部隊を編成し、演習場を新たに増設した。

 そこで実践的で実用的な魔法兵団を創り上げ、アデル湾の治安維持及び列国からの干渉への武力対抗を主たる目的としている。


「その“軍隊”というのは――ラングレー海軍ですね」


 俺は口を挟んだ。

 ほお、とジノビリは頬をさすった。


「なんだ。知ってんのか」

「ええ。魔石の輸入元はムンター国のウェンブリー社ですよね」

「はん。なかなか詳しいじゃねえか。お前の言う通り、現在の海軍の主要な取引企業だ。ウェンブリーは上質な魔石が取れる採掘場をいくつも保有してるからな。研磨の技術も素晴らしく、借金もない実に優良な会社だ。契約を結ぶまで政府とゴタゴタがあったらしいが、それでも契約したんだからよほどの品質だったんだろう」


 ムンター国のウェンブリー社とラングレー海軍との契約締結。

 俺の初仕事の出来事だ。

 ラングレー海軍は優先的な魔石の輸入を条件に、限定的な難民の受け入れを決めたのだ。


 そう言えばあの時。

 確かに、ポラがひどく訝しんでいた。

 どうして海軍は、このタイミングで急に魔法石をこんなに大量輸入するんだろう、と。


 俺は手に汗が滲んでいた。

 何故ここで、その話が出てくるんだ。


「そしてここからが本題だ」


 ジノビリは硬い声を出し、目線を強めた。


「とにかくラングレー海軍は急速に魔法の強化へと傾倒していったんだが、その話の裏で、一つ、かなりヤベー噂が持ち上がった」

「ヤバい噂、ですか」

「ああ。さっき言った、首をくくった研究チームのOBが残していた手記に、その計画が書かれていたらしいんだが――」


 ジノビリはそこで一旦言葉を止め、口元を手で抑えた。

 まるでそこから先は言いたくないというような仕草だったが、彼女はすぐに口を開いた。


「不老不死術と人体蘇生の魔法を使った、人類の究極の悲願。つまり、“死なない戦士”を作る計画だ」


 ごくり、と息を吞んだ。

 心の中がざわつき、どうにも落ち着かない。


 つまり、とジノビリは人差し指を立てた。


「奴らは国家予算の一部を使って、死をも恐れない最強の秘密部隊を作ることを目論んだわけだ」

「信じられない」


 思わず、大声が出た。


「ラ、ラングレー海軍が国費を使ってそんな非道な研究を行っている、なんてこと、おいそれとは信じられませんよ」

「そうだろうな。だが事実だ」


 プツプツと、全身に鳥肌が立った。

 ジノビリは半眼になり、声を一段低くして続けた。


「エリーの話じゃ、奴らは最初、軍を強くするために人体強化の研究を始めたようだ。こちらも人道的な観点から、国際法で禁止されているが――まあ、生物の禁忌タブーに比べりゃ可愛いもんだな」

「蘇生魔法以外にも、禁術はあるんですか」

「使用自体は合法だ。現在ある魔法により体を強化することは安全性が担保されているからな。法で許されているものに関しては、民間人レベルでも使用を許されている。しかし、新しく人体を改造するような魔法の開発・研究は重罪となる。それは必ず人体実験を伴うもので、かつて人権という観念がなかった時代には、それによって不幸な人間が大量に生まれたからだ」

「魔法による人体強化。たしかに――言われてみれば、危険な魔法ですね。人間の肉体そのものを魔法によって変化させるわけですから」

「というより、そもそも魔法というものはそのすべてが危険なものなんだよ」


 ジノビリはそう言い、やれやれというように首を振った。


「魔法というのは科学よりさらに扱いが厄介だ。何しろ、経験でしか作用が確認できないんだからな。何故、手のひらから火が出るのか。何もない所から雷を発生させることが出来るのか。これだけ魔法学が高度に発展した現代に至っても、その説明が出来ない。どんな魔法使いも、魔法学者も、魔法の正体を掴めていない。全てが結果論の産物だ。もちろん、体系を整え、ジャンル分けをして、白を白、黒を黒だと表現することは出来るがな。根源的な説明を論理的にすることができないわけだ。要するに、我々のような愚か者に扱える代物ではないのさ」


 ジノビリは煙草を取り出し、火をつけた。

 ここは禁煙エリアのはずだがお構いなしだ。


 ふー、と紫煙を吐き、彼女は続けた。


「だが、そんな危殆な代物も、使用可能なら使わずにはいられない。魔術というのは、ヒトのさがのようなものだ。私らは法律で魔法を制御した気になっているが、そんなのはてんで可笑しな話でね。上辺だけの約束事で、人間の本能を押さえろと言って誰が言うことを聞く。より強く、より破壊的に。どうすればより効率的に多くの人間が殺せるか。毎日毎日、魔法学者たちはそのことばかり考えている。遠い未来では、化学兵器や爆撃機などを遥かに凌駕する、この世界そのものを滅ぼすほどの威力を持った魔法も開発されるだろう。そうなれば戦争の形も変化し、一瞬で数十万人の人間が殺されるようになる。そうなったとき、人類は途方に暮れ、ようやく気付く。魔法とは、自分たちをも滅ぼすものなのだ、と」


 ジノビリはまだほとんど吸っていない煙草を、持ち込んでいた灰皿に押し付けた。

 それから眉間に皺をよせ、話がそれちまったな、と言って足を組み替えた。


「とにかく、だ。海軍将校は人体強化の研究を秘密裏に始めた。そしてその過程で、不老不死や人体蘇生と言った“禁断の果実”にまで手を出すに至ったんだ。奴らもこれまで行われて来た禁術実験における人類の負の歴史は知っているだろうが、それだけ蠱惑的なんだろうよ、“死なない”ということは」


 ジノビリはくくっと笑った。

 俺は「では」と口を開いた。


「では、土竜を指揮しているのも海軍、ということですか」

「十中八九そうだろう」

「ということは――現在フリジアで起きている“ゾンビ騒動”というのは」


 ジノビリは微かに笑みを残したまま「メッセージだ」と言った。


「メッセージ――?」

「このタイミングだ。よもや無関係ということはないだろう。内部告発だよ。普通にマスコミにリークしたんじゃすぐに揉み消されてしまうからな。人体実験で不成功した失敗作を街に放ち、この非人道的な実験が行われていることを世間に発信しているんだろう」

「ちょ、ちょっと待ってください。それじゃあ、今、町を騒がせている“ゾンビ”の正体って――」


 嫌な予感が止まらない。

 心臓の鼓動が、どんどん早くなっていく。


「ラングレー海軍による“死者蘇生実験の被検体”だよ」

 と、ジノビリは言った。

「哀れにも蘇生魔法に失敗してしまった、死にぞこないどもだ。一度死んだのに無理やり生き返させられた“生ける屍(リヴィングデッド)”というべきかな。さっきも言ったように、魔法というのは科学では証明できない。ひたすら実験を繰り返し、帰納法や演繹えんえき法によってその蓋然性を担保するしかない。10000の実験を実施して、1の前提を創り上げるしかないんだ。魔法の確立には、計り知れない犠牲が必要なんだよ」


 体中から汗が噴き出した。

 つまり、ゾンビはこの国のどこかに、まだまだたくさんいる可能性があるのだ。


「では、目撃情報はマジだったのか。この街を、本物のゾンビが歩いていたのか。そしてそれは、国民に向けた警告パフォーマンスだった」


 おそらくこのゾンビ騒動の首謀者は、この街の混乱を“演出”をしている。


 ポラの言葉が脳裏で瞬いた。

 彼女の言っていたことは、半ば当たっていたのだ。

 告発者は街でゾンビ騒ぎを起こすことで、市井の人々にその存在を認知させたかったんだ。


 ただ、それは自己顕示や狂った美学などではなく――市民に対する警告だったわけだが。


「理解できない、という顔だな」

 ジノビリは歪んだ笑みを浮かべた。

「気持ちはよく分かる。ゾンビを作り出す研究なんて、まるで中世に逆戻りしたような頭の悪さだ。『死を冒涜してはいけない』という初等教育学科エレメンタリスクールのガキでも分かる常識が、この近代国家たるラングレーの中枢にいるジジイどもには分からないんだ。だが、残念ながらこの国はその程度なんだよ。いいや、この国だけじゃなく、どこの国もそうだ。奴隷制。人種差別。魔女狩り。形を変えているだけで、人間は未だどれもこれも克服していない。先進国と呼ばれる列国は理性ぶった近代国家を装っているがな、少し目を凝らしてみれば、どいつもこいつも未成熟な社会しか形成できていない。何も解決することなく、ただ表面を誤魔化すことだけが上手になっていったんだ」


 ジノビリは憎々しげに語った。

 彼女には、一体何があったのだろう。

 そのときふと、そのような考えに至った。


 かつては極悪な武器商人だった彼女。

 それが今は、国家の悪行を憎む正義のジャーナリストのようだ。


「あなたもまた――告発者の一人、ということですね」

「私は偽善者が嫌いなだけだ。悪人の癖に偉そうにしてるのが、どうにも気に食わないんでね」


 ジノビリはそういうと腕を組み、ふん、と鼻を鳴らした。

 

 俺は衝撃でしばらく動けなかった。

 彼女の話は、俺が見てきたこの街の構造とまるで逆の話だった。

 フリジアには悪党が蔓延り、それを行政が取り締まるのに苦労していると思っていた。

 警察や軍隊は治安の維持に動いていると思っていた。

 もちろん悪徳警官や不良検察官は多くいるだろうが、それは悉く犯罪者が多すぎるせいであり、つまりは荒廃しきった町が手に負えないせいであり、結局は悪党たちのせいだと感じていた。

 

 しかし事実は違った。

 この国は――根っこから丸ごと腐っていたわけだ。


「ジノビリさん」

 と、俺は言った。

「先ほど“大物”を狙っていると仰っていましたが、それで、この事件の黒幕は誰なんですか。土竜に指示を出して操り、ゾンビ騒動を取り締まり、マスコミに報道規制を敷いている人物」


 ジノビリは肩を竦めた。

 それは少し呆れたように「決まってるだろ」と言った。


「ラングレー海軍の最高責任者トップだ」

「海軍のトップ?」


 心臓がどくんと高鳴り、俺は顔を顰めた。

 嫌な予感がする。


「ちょ、ちょっと待ってください。それってもしかして――」

「お前も名前くらいは聞いたことあるだろう」


 青ざめる俺を遮り、ジノビリは口を開いた。


「ラングレー海軍最高司令官。この国で最強の男。圧倒的な戦闘力とカリスマで頂点に君臨する爺さんだ。即ち、アデル湾第一艦隊大将――」


 クロップ=リージョだ、とジノビリは言った。



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