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120 ラックス


 Ж


「す、すいませんでした!」


 土竜どもが出ていくと、警備員の男が土下座をした。


「お、俺たちはお上には逆らえないんです。だから――しょうがなかったんだ。もちろん、金は返す。だから許してくれ。あんたらを売りたくて売ったわけじゃないんだ」


 俺はそれを睥睨した。

 それからシーシーの方を見ずに、


「シーシーさん、銃を一つ、貸してもらえますか」


 そう言って、手を伸ばした。


 シーシーから手渡されたのは自動拳銃オートマチックだった。

 どこにでもあるようなつまらない銃だったが、人を殺すには十分だった。

 俺は弾倉マガジンに銃弾が装填されているのを確認すると、スライドを引いて銃口を男の脳天に向けた。


 びくり、と男は体を震わせた。


「お金を返す必要はありません」

 と、俺は言った。

「しかし、手は貸してもらいます。まず、エリー=グラントとカレン・B・ジノビリという人間を探してください。この図書館のどこかにいるはずです」


 警備の男は顔をあげた。


「どこかって、どの辺だよ」

「分かりません」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。あんた、この図書庫の大きさを知ってるのか? 闇雲に探したって見つかるわけねえよ」

「だから頼んでるんです。入場証を使って利用履歴を調べれば、ある程度の検討はつくでしょう」

「俺たちにそんな権限はねえよ。ただの警備員なんだ。入れない部屋も山ほどある」

「その辺はどうにかしてください」

「どうにもできねえって!」

「どうにかするんです」


 俺はもう一度、言った。


「あなたは白木綿キャラコを裏切った。その意味が、まだ分かっていないようだ」


 男の目を見返しながら、引き金に指をかける。


「出来なければあなたを殺します。ポーカーをやっていた仲間も撃ち殺します。死に物狂いで探してください。制限時間リミットは――100分にしましょう」

「お、おい」

「よーい、ドン」

 

 俺が言うと、男はがばりと立ち上がり、部屋を出て行った。


 Ж


 それから。

 俺は警備員の休憩所に移動し、アーヴィングに吸い取られた体力を戻すために休んだ。

 仮眠をとろうと思ったが、眠れなかった。

 体の中が溶鉱炉のようにぐつぐつと煮えていた。

 俺は横になり、じっと壁を睨んでいた。

 時々、シーシーに少し話かけたが、彼女は何も喋らなかった。

 ただ、寝ころんだ俺にしがみつようにして目を瞑っていた。

 いろいろ聞くべきことはあったが、無理に聞くことは憚られた。


 シーは見た目以上に繊細なのよ。


 いつかのエリーの言葉を思い出す。

 今なら、その意味がよく分かった。


「安心しろよ、ポチ。うちが、お前を守ってやるからな」


 ふと、ずっと黙って俺の背中にへばりついたままだったシーシーが、ぽつりとそう呟いた。


「……ありがとうございます」


 俺はそのままの態勢で言った。

 シーシーの言葉で、茹だっていた頭が急速に冷えていくのを感じた。

 背中に感じる彼女の体温が妙に頼もしくて、俺を落ち着かせていった。


 この事件はシーシーの物語だと、ポラは言った。

 たしかに、ここ最近の彼女の言動は明らかにおかしい。

 アーヴィング中将についても、何か知っているような口ぶりだった。


 エリーさんの失踪。

 それと同時期に発生したゾンビ目撃騒動。

 ジノビリの調べていた禁術の影。

 特殊機関による殺人事件の報道規制。

 そして――シーシーの出自。


 これらの要素がどのように絡みつくのか、今はまだ分からない。

 だが、と俺は思った。

 シーシーが俺を守ると言ってくれたように、俺もまた、彼女を守るんだ。


 そのためにも、今は休まなければ。

 来るべき時のために、頭と、身体を整えておかなければ。

 そう思い、俺は無理やりに目を瞑った。


 Ж

 

 時間になっても警備の男は帰ってこなかった。

 間に合わないと判断して人質を置いて逃げたかとも考えていたが、それから10分ほどすると帰ってきた。


 エリー=グラントという女性はここ数日、利用履歴がないと、男は言った。

 もしかしたらエリーもここに逃げ込んでいるのではないか、という俺たちの予想は外れた。

 

 しかし。

 カレン・B・ジノビリは数日前から、毎日ずっとこの館にいるという。

 今日は外に出た形跡もない。


 俺はほっと胸を撫で下ろした。

 とりあえず、辿るべき線が繋がったことに安堵した。


 Ж


 ジノビリは第13棟の最深部にいるという話だった。

 案内を頼むと、警備の男は少し渋った。

 もう一度銃で脅すと分かったよとため息を吐いた。


 警備室を出ると、長い廊下を歩いた。

 室内灯が点々と続いている。

 俺はシーシーを背負って、男の後ろを歩いた。


「はあ、バレたら俺ぁクビになっちまうよ」


 男は歩きながら息を吐いた。


「ラッキーじゃないですか。海賊を騙しておいて失職で済むなら」


 俺は笑いながら言った。

 きっと、ポラならこんな感じのことを言うだろうと思った。


 やがて突き当りの扉へとやってきた。

 男は大仰な南京錠を開け、それを開いた。

 するとそこにはもう一つ別の小部屋があり、別の男がいた。

 そこでまたその男に目配せをして、さらに奥にあるドアを開けた。

 中からひんやりとした風が吹いて、俺の前髪を跳ね上げた。

 

「す――すげえ」


 扉の向こうの景色を見て、俺は思わず感嘆の声をあげた。

 目の前には広大な本の海と、本棚の波が広がっていた。

 恐ろしくでかい書架に、みっちりと本が詰められていた。

 見上げると天井は高く緩やかなアーチ状になっており、そこには芸術的なフレスコ画が描かれていた。

 天使の群れと聖母の絵だ。

 外観だけではなく、館内もまるで修道院の遺跡かなにかのように美しかった。


 それにしても――と、俺は目をパチパチさせ、息を吞んだ。

 ここから見えるもん全部――本なのか?

 

「さあ、行こうぜ」


 男に促されて、俺は歩き出した。

 古本屋の古い紙の匂いと病院の消毒の匂いを混ぜたような独特の香りがした。

 俺は図書庫の中を一望して驚いたが、奥へと進んでいくとさらに驚嘆した。

 先ほどの光景は図書庫全体のごく一部に過ぎなかった。

 それから、俺たちは天を突くような本の壁の間を20分以上歩いた。

 ここにはこの世界にある全ての本が集まっているんじゃないかと思った。

 半ば本気でそう錯覚するほど、膨大な書籍の数だった。


 やがて。

 巨大な鷲が人間と対峙している紋様が描かれた扉の前で、男は立ち止った。

 上部に取り付けられたプレートには『近代魔術の体系と歴史』と書かれてあった。


「この扉の奥だ」

 警備員の男が言った。

「それじゃあ、俺はここで帰らせてもらう」


「ちょっと待って」


 と、俺は言った。


「な、なんだよ。心配しなくても、この期に及んで嘘は言ってねーぞ」

「そうじゃない。あなたの名前が聞きたくて」

「勘弁してくれよ。約束は守っただろ」

「別に後から文句を言おうってわけじゃないっす。ただ、知りたいんです」


 男は訝る様に俺を見た。

 それから小さな声で「……ラックスだ」と呟いた。


「ラックスさん。ありがとうございました」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「さっきは脅す様な真似をしてすいませんでした」

「な、なんだよ、いきなり」

「いや、マジで助かりました。こんなでかい場所で人を探すなんて、あなたがいなけりゃ絶対無理だった」

「い、いや、別に。そもそも俺の方が悪かったわけだし」

「はい。だから、これで貸し借りは無し」


 俺はにこりと笑い、手を差し出した。

 するとラックスは、少し戸惑ってから、その手を握り返してきた。


「また何かあったら、よろしくお願いします」

「お、おう」

「ラックスさんも、困ったことがあったら白木綿を訪ねてきてください。俺は大体、ゲットーの第一港に停めてある海賊船にいますから。うちは依頼料高いですが、ラックスさんなら友達価格で引き受けます」

「友達料?」

「それと、本当にここをクビになっちゃったら、教えてください。今、ゲットーは街の再開発の準備で人手が足りないんです。新しい事業を始めるボスに伝手があるんで、多分、仕事も紹介できると思います」

「ちょ、ちょっと待て。お前、何言ってんだ」

「何言ってるって――まあ、お礼の話ですけど」

「礼って、俺ぁあんたらを売ったんだぞ」

「それとこれとは話が別です」

「仕事まで紹介してくれんのか」

「借りた貸しは返せ。うちの船長の教えなんです」


 俺は口の端を上げて、肩を竦めた。

 ラックスは腕を組み、不思議そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。


「……あんた、珍しい海賊だな。悪党の癖にお人好しだ」

「お人好し? さっき俺、あなたを銃で脅しましたけど」

「馬鹿野郎。俺が言うのもなんだけどよ、普通、海賊社会での密告チンコロは射殺もんだぜ」

「俺に殺しは無理です」

「そのようだな」


 ラックスはふっと笑い、頭をガリガリと掻いた。


「……なあ、本当に金は返さなくていいのか」

「いいですよ。たかだかあれっぽっちでジノビリさんを探してもらえたんですから」


 俺はにこりと笑い、「それじゃあお世話になりました」と言って扉に手をかけた。

 すると、背中から「待てよ」という声が聞こえた。


「なんですか?」

「第21棟に美術品を展示したエリアがある」

「はい?」

「そこにグリニッジというアート修繕屋の爺さんがいる」

「は、はあ」

「そいつはこの館の主みたいな学芸員だ。ここを出るときは、そのジジイに頼むといいぜ」

「ちょっと待ってください。一体、なんの話ですか」

「表から出るのはまずいだろ。どうせ、外には土竜どもが張ってやがるだろうからよ」


 ラックスはそれだけ言うと、じゃあな、と言って踵を返した。


 俺は口元をムズムズさせた。

 にやけそうになるのをなんとか堪えた。


 ラックスの背中に向けて「ありがとう」と言葉をかけた。

 ラックスはこちらを振り返らず、手をひらひらさせて帰っていった。



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