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115 マヌエル


 Ж


 行列がすっかり消え、順番が回ってきたのはもう夕方になろうかというころだった。

 どうやらタイミング悪く、俺たちがやってきたのは行列のピークだったようだ。

 やっと店内に入ったとき、俺はすっかり疲れてしまっていた。


 名前を呼ばれて室内に入ると、中にはマヌエルともう一人、助手らしい露出の多い女性が一人いた。

 白衣を着たマヌエルと比べると、いかにもヤンキーのような井出たちだ。

 ガムをくちゃくちゃと噛み、態度も悪い。


 部屋はがらんどうとしていて、彼が座っている机と書類がファイルされたガラス戸の両開き書庫が一つ、それから背の低い観葉植物が置かれているだけだった。

 突き当りの窓から夕日が差し、室内はオレンジに染まっている。


「随分待たせたね。座りたまえ」


 マヌエルに促されて、ポラが代表して丸椅子に座った。


「で、今日は何が欲しいんだ」


 マヌエルは言った。


「その前に、ここは何を売っているところなんですか」

 

 ポラは率直に聞いた。

 マヌエルは「は?」と首を傾げた。


「すいません。私たちは今日、ここに買い物に来たわけではないんです」

「……どういうことかね」

「実は人を探しておりまして。その人物が、最近、ここに来たんじゃないかと」


 ポラはここに来た理由を話した。

 するとマヌエルは「ははあ」と曖昧に頷いた。


「なるほど。そういうことか。しかしせっかく来たところ悪いがね、客の秘密は話せない」

「それが、客かどうかも分からなくて」

「ともかく、ここは“信用”だけでやってるんだ。診察票も身分証明カードもない。関りのある人物も、それからこの店の事業内容も、部外者にベラベラ話すつもりはない」


 マヌエルはそれだけいうと、助手の女性に目顔で挨拶した。

 すると女性は俺たちに近寄り、「お疲れ」と言い、退出するように促した。


「ちょっと待ってください」

「うるせえ。聞いただろ、もう診察は終わりだ。さっさと出ろ。ぶっ飛ばすぞ」


 この女性。

 なんだか物凄く圧力がある。

 ここで騒ぐのは得策ではないと感じたのか、ポラは大人しく部屋を出て行こうとした。


「ま、待ってください」

 俺は思わず声をあげた。

「マヌエルさん。もうちょっと話を――写真だけでも見てください」


「うるさいガキだな。さっさと出ろ。あたしはさっさと帰りたいんだ」

「エリーさんという人です! エリー=グラントというんです。白木綿海賊団の副船長です。彼女が最近、ここに来ませんでしたか!」


 ここまで来て黙って帰られるか。

 俺は女性を無視して、喚くように言った。


「……エリー?」


 すると――まず、女性の動きが止まった。

 それから彼女は振り返り、マヌエルの方を見た。


「ちょっと待て」

 ほとんど同時に、マヌエルが口を開いた。

「お前たち、エリー=グラントの知り合いか?」


 明らかに態度が軟化した。

 ポラは振り返り、そうです、と言った。


「なにか証明できるものはあるのか」

「証明も何も、私たちは白木綿海賊団です」

「お前らがキャラコだって?」

「私は会計係のポラと申します。こっちは新入りで雑用係のタナカ。先ほどの無礼なチビっ子は甲板長で狙撃手のシーシーです」


 マヌエルは訝しげに俺とポラを交互に見た。

 まだ怪しんでいる。


「あ、そうだ。ほら」


 俺はそう言って、白木綿の海賊旗の意匠が入ったエムブレムを見せた。


「……船長はいないのか」

「ええ。ミスティエは今、仕事で国外にいまして」

「そうか」


 マヌエルは少し俯き、机に頬杖を突くと、考える素振りを見せた。

 それから独り言ちる様に「分かった」と呟いた。


「そういうことなら、話を聞こう。聞かざるを得ん」


 俺は思わず目を大きく開いた。


 この反応。

 やはり――この男、エリーさんを知っている。


 Ж


「エリー=グラントは私たちの出資者スポンサーの一人だ」


 マヌエルは開口一番、そう言った。


 俺とポラは思わず目を合わせた。

 まじかよ、と声が漏れた。


「この一年くらいだろうか。彼女は私たちの理念や活動に同調・賛同し、支援してくれていた」

「あなたたちは一体、ここで何をしているんですか」


 ポラが問うた。


 核心を突く質問。

 俺はごくりと息を吞んだ。

 エリーが彼らの“やっていること”を支援してきたとすれば――


 彼女が調べていたもの・追っていたものが分かるかもしれない。


「薬剤師だよ」

 と、マヌエルは言った。

「俺たちはここで薬剤を売っている。海外から、国内では流通していない治療薬を密輸して、それをこうして小売りしているんだ。もちろん資格なんて持ってない。許可も取っていない。勝手にやっている」


「治療薬?」

「そう。言っとくがドラッグじゃないぜ。病気や怪我を治癒するための薬だ」

「それは、非合法なものですか」

「おっと、誤解するなよ。俺たちが売っているのは、ド素人が作って勝手に売っているような粗悪で危ない代物じゃない。きちんと研究・実験がなされ、他国では安全もある程度保証されているれっきとした本物の薬。ただラングレーでは認可されていないだけで、とてもよく効く優秀な薬だよ。ここに来る人間は、それを求めてやってくる」


 ポラは目を細めた。

 それから少し感心したように「なるほど」と呟いた。


「それは良いところに目を付けましたね。それならば、たしかにかなり儲かるでしょう。はるばるプリメーラからやってくる人間がいるのはそのためですか」

「そういうことだ。この薬はアッチじゃあ絶対に買えないからな」

「ちょっと待ってください」


 俺は口を挟んだ。


「マヌエルさんは、体に悪い薬を売っているわけではないんでしょ? それなら、何もこんなコソコソと商売する必要はないじゃないですか」

「何だ小僧。お前、薬機法も知らないのか」

「薬機法?」

「言っただろ。ここで売っているものは、どんなに優秀で安全なものでも、この国では売ることが禁止されているんだ」

「でも――ちゃんと効能が約束されて、他国では売られているんでしょう?」

「そうだ」

「それが真実なら、別に売ってもいいじゃないですか。誰にも迷惑はかからないし、何より人命が助かるんですから」

「誰にも迷惑がかからない?」


 マヌエルはくつくつと笑った。


「まるで子供ガキだな、お前は」

「どういう意味ですか」

「迷惑はかかるだろう。この国の製薬会社に」

「製薬会社って――」

「つまり、こういうことだ」


 マヌエルはそこで言葉を切り、俺を見た。

 まるで睨みつけるような、強い視線だった。


「今この国には大きく分けて2つの製薬会社がある。ドリス製薬とランドエタ魔石社だ。この二つの企業の薬が、この国の治療薬の80%以上を占めている。だがここに、海外で開発された、とても優秀な薬や治療石が認可され、輸入されてきたらどうなる? 2大製薬会社の薬は売れなくなり、国内需要は著しく下がる」

「そんなの知ったことではないですよ。国民の命より、製薬会社の利益確保の方が大事だと言うんですか」

「大事なんだよ、この国の中枢にいる人間にはな。この二つの2大企業は現ラングレー政権を支える支持母体だ。唸るほどの金が献金されているんだから、彼らが揺らぐと困る人間が山ほどいる。特に富裕層地域プリメーラ第6区(ヘプタ)区域辺りにはな」


 俺は衝撃で体が動かなかった。

 政党の利益確保のために、国民に有益な薬の輸入が制限されている、というのか?


「これが制度システムだ」

 マヌエルは言った。

「この国では不治とされている病でも、他国には特効薬があることもある。だが、それは国民には知らされていない。マスコミにも載らない。何も知らない無垢で哀れな民は、一部の人間の権力維持のために死ぬしかないのさ」


 室内に短い沈黙が落ちた。

 遠くで犬が吠えている。


 俺はあまりのことに言葉を失った。

 そんなことが現実にありうるのか。あっていいのか。

 ふつふつと、怒りのような感情がせり上がってくる。


「エリーさんは」

 ポラが口を開いた。

「エリーさんは、そんなあなたたちの活動に賛同したと」

「ああ。あんたはさっき、この商売は儲かると言ったが、実際はそう上手くはいかねえ。ここで商売するのにも、密輸するためにも、とにかく関係機関に金をばら撒く必要があった。それから、ここには貧乏人もよく来るからな。ほとんどがツケで、現金はなかなか入って来ない」


 いつも火の車さ、とマヌエルは肩を竦めた。

 つまり、ほとんど儲からないのに、リスクを冒して病の人たちのためにこうしてお店を開いているわけか。


「あなたは、立派な人だ」

 俺は思わず声をあげた。

「俺は勘違いしていた。なんて利他的で、ボランティアに溢れたことをやってるんだ」


「ボランティア? は。お前は大馬鹿野郎だな」

「え?」

「まるで逆だ。俺たちがやっているのは、反社会行動、つまり暴力を伴わないテロ活動だ」


 それはどういうことですか、と俺は身を乗り出した。

 彼が言っている意味が分からなかった。


 だがすぐに、ポラにそれを制された。

 ここに来た目的を忘れないように、と目顔で怒られた。

 

「それで、最後に彼女がここに来たのはいつですか」


 ポラが話を戻した。


「先月に来た。何でも聞きたいことがあると言って」

「聞きたいこと?」

「ああ」

「なんですか、その聞きたいこととは」


 マヌエルは少し考えた。

 言って良いものかどうか勘案しているのだろう。


 お願いします、とポラは頭を下げた。


「実は今、エリーさんはプリメーラの元秘密警察組織の特殊部隊に拘束されている可能性があるんです」

「エリーさんが?」

「そうです。過激な奴らのことです。一刻の猶予もないかもしれない。我々は奴らに対抗するためにも、彼女の動向を把握する必要がある。ですからどうか――」


 教えていただけますでしょうか、とポラはもう一度、言った。

 マヌエルはしばし黙考した後、助手の女性を見た。


「リンダ。今日はもう客はいないか」

「うん。今日はこいつらで最後」

「そうか。それじゃあ、看板を下げて入口を施錠して来い」


 女性――リンダは敬礼のような仕草を見せ「ウィッスー」とお道化るように言い、部屋を出て行った。


 Ж


「じゃあ、エリーさんが調べていたことを教えよう」


 それを見届けると、マヌエルは声を低くして言った。


「彼女はとある“禁術”について調べていた」

「禁術――?」

「そう。そして、その禁断の術がこの国で今、秘密裏に研究されているのではないかと危惧されていた」

「何なんですか、その術というのは」

「それは」


 マヌエルは俺たちから目を離した。

 そして立ち上がり、窓の方へ向かった。

 それから少し外を確認し、振り向いてからこういった。


「不老不死、および死者蘇生の魔術だよ」



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