113 第38地区 2
Ж
凄まじい砲撃が終わると、往来の道路はまるで戦闘を終えた戦場のように蹂躙された。
ちょうど男たちだけを避けるようにして、マシンガンと散弾銃の弾痕で土は抉れ、120mmの迫撃砲でいくつも巨大な穴が開いた。
辺りには火薬の臭いが充満し、舞い上がった砂塵と硝煙で景色は灰色に煙った。
見張りどもはすっかり戦闘意欲を無くし、両手を挙げて降伏した。
ポラの言葉はすんでのところでシーシーの耳に届いていたようで、5人とも致命傷を受けることなく生きていた。
「マヌエル=ピアソラという人物を知っていますね」
ポラはシーシーの持っていた銃を一つ借り、銃口を男たちのリーダー格と思われる男の口の中に突っ込んだ。
男は目を見開き、恐怖の表情のまま、こくんこくんと頷いた。
「その男がこの地区で闇市を開いているはずです」
男は目を見開いたまま、動かなくなった。
ポラはさらに言葉を継いだ。
「案内してください。他の人はもう行っていいですよ。その代わり、私たちにこれ以上手を出さないように住民に伝えなさい。危害を加えなければ、こちらから攻撃することはありません。もう一度言います。私たちはあなたたちを攻撃するために来たわけではありません」
ポラが言い終えると、チンピラたちは蜘蛛の子を散らすようにてんでに逃げて行った。
ポラはそこでようやく男の口から銃を引き抜いた。
「さあ、案内しなさい」
男は立ち上がった。
「あんたら、マヌエルさんに何の用だ」
「あなたには関係ありません」
「ある。あの人は俺たちの恩人なんだ」
「恩人?」
「そうだ。だから、見知らぬものを連れて行くわけにはいかない」
「あなたたちの事情は知りません。いいから案内しなさい」
「駄目だ。要件を言え」
「死にたいんですか」
ポラは銃を向けた。
「撃ちたければ撃て」
「殺さないとでも思ってるんですか。私は別に、あなたから聞かなくても構わないんですが」
「そうだとしても、だ。あの人を売るような真似は出来ない」
「分かりませんね。いくらで雇われているのか知りませんが、マヌエルという人物に、それだけの価値がありますか?」
「ある。マヌエルさんとジノビリさんは、俺の、いいや、俺たちの命の恩人なんだ。貧乏人の救世主なんだよ」
「救世主、ですって?」
「そうだ。お前らは警察か? なら、ちょうどいい、俺たちの話を聞け」
男は覚悟を決めた顔つきになり、一歩、ポラに近づいた。
「お前らはジノビリさんを詐欺師だというが、詐欺師はお前らの方だ。犯罪者はこの国の方だ。いいか。俺たちの命に、法律なんてもんは関係ねーんだ。お前らが金のために国民を見殺しにしてるのは知ってるんだ。実際に、ジノビリさんのおかげで助かった命がある。そして、制度のせいで死んじまった命がある。いい加減にしろよ、この人殺しどもめ。恥を知りやがれ、この守銭奴ども」
男の眼は怒りに満ちていた。
俺とポラは目を合わせた。
ジノビリ、という名が出てきたことに驚いていた。
いや――名が出てきたことだけではない。
ヨシュアから聞いていた評判と、なんだか随分と話が違う。
ジノビリが救世主?
ジノビリが人を救った?
奴はケチなやつで、部下からも嫌われていたと聞いたが――一体、どういうことだろうか。
この態度。
口吻。
どう見ても、ケチで悪辣な武器商人を庇う悪党の口ぶりではない。
そうではなく、今の彼は完全に逆。
これではまるで――不正を告発する小市民じゃないか。
ポラは少し目を細めて、ゆっくりと銃を下ろした。
「あなた、名前は」
「ハイドロだ」
「ハイドロさん。私たちは警察ではありません。マヌエルさんの敵でもありません」
男――ハイドロは意外そうに少し目を開けた。
「私たちはマヌエルという男に話を聞きに来ただけです。決して彼の店を摘発に来たわけではない」
「本当か」
「ええ。今も、私たちはあなたたちが襲ってきたから応戦したまで。そもそも警察なら、こんな昼間に、こんな少数で組織の制圧には来ないですしね」
「じゃあ、一体、何をしに」
「ですから、話が聞きたいだけです。最近、私たちの仲間が、ここに来たはずなんです。そのことを聞きたい」
「……お前らがサツじゃねえという証拠は」
「証拠はありません。しかし強いて言うなら、今まさにこの状況。この時点で、あなたたちが一人も確保すらされず、こうして生きていることでしょうか」
「どういう意味だ」
「私が非合法の店を摘発に来た富裕層地域の警察なら、あなたたちは死ぬか、或いは逮捕されています。ま、通常なら問答無用で射殺されてるでしょうね。あの街の警察がどういう組織かは、フリジアに長く暮らすものならよく知っているでしょう」
ハイドロはちらとポラの腰の辺りに目をやった。
それから口の端を上げ、なるほどね、と言った。
「納得してもらえましたか?」
「……ああ、納得した。そういうことなら悪かったな」
「では早速なんですが。手始めに、まず最も聞きたいことを、一つ聞かせてください」
ポラは人差し指を立てた。
「この地区にあるマヌエルさんのお店の名前は、“マイアム・バイヤーズ・クラブ”ですか?」
ポラはズバリ、聞いた。
俺はごくりと喉を鳴らした。
緊張の一瞬だ。
ハイドロは歪んだ笑みを浮かべてポラを見た。
そして――「そうだよ」と言って、頷いたのだった。
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ハイドロの案内の元、俺たちはマヌエルの営為する闇組織のアジトへと向かった。
俺たちはやっと、“マイアム・バイヤーズ・クラブ”へとたどり着いたわけだ。
直近、ここにエリーがやってきた可能性がある。
であれば、彼女がどうして土竜どもに追われているのか、或いは、彼女が今どこにいるのか、そのヒントがもらえるはず。
ようやく、その一歩を踏み出せそうだ。
道々、ポラはハイドロにマヌエル=ピアソラとその組織について質問した。
彼女はまず「マイアムとはどう言った組織なのか」と問うたが、ハイドロは答えなかった。
それはマヌエル本人に聞いてくれと彼は言った。
「例えあんたたちが警察じゃないにしても、あの店の“秘密”は俺から言うことは出来ない」
どうやら口止めをされているわけでもなさそうだった。
それなのに、こうまで頑なに口を割らない。
続いてポラは俺たちがこれまで得たマヌエルとジノビリについての情報を語り、ハイドロとの評判の食い違いについて聞いた。
ハイドロはマヌエルを高く評価していた。
まるで――彼を人格者のように語っていたのだ。
すると彼は急に語気を強めて、
「確かに、奴らは随分とワルだったのかもしれねえけどよ。そんなのは俺たちには関係ねえことだ」
「あなたは彼らに救われたと言ってましたね」
「そうだ。俺だけじゃなく、俺の家族もな」
「それは、どういう意味で救われたんですか」
「どういう意味ってなんだよ」
「例えば、何か信仰のようなものをやっていて、魂が救われたとか」
「魂の救済?」
ハイドロは右の眉をぴくりと上げた。
「へ。あんた、マヌエルさんが宗教家かなにかかと疑ってんのか」
「この評判の食い違いは、それが一番説明がつきますからね」
「なるほど、たしかにそうかもな。なかなか頭がいい。だが、生憎だな。それもノーだ。俺は神なんて信じてねえ」
ポラはふむ、と唸った。
「なら、どう救われたんでしょう」
「どうもこうもねえ。文字通り、命の危機を助けてもらったんだよ」
「誰かに襲われたところを助けられたんですか?」
「違う」
「飢えているところでお金を都合してもらったとか」
「それも違う」
ポラは首をひねった。
珍しく、お手上げ状態のようだ。
それを見て、ハイドロはちょっと笑った。
「まあ、自分の目で確かめてみろ。彼らは、俺たちからするとまさに“女神”なんだ」
結局、“マイアム・バイヤーズ・クラブ”に着くまで、それきりハイドロは何の質問にも答えなかった。




