番外編2 カジノ 2
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俺はブラックジャックのテーブルの左から3番目に座った。
ちょうど具合のよい位置の席が空いていた。
ここなら、ポラの所作が違和感なく視認できる。
「いくら交換しますか」
ディーラーの女が俺に問うた。
俺は今度はかなり多めに現金をチップに換えた。
ディーラーは俺から札束を受け取ると、代わりに木製のレーキ(チップを移動させる火かき棒のようなもの)を使って大量のチップを寄越した。
日本円にするならおよそ130万ほどか。
この違法裏カジノでは、ギリギリ目立たない額である。
今から、俺はここで目の前のディーラーと本気の勝負をする。
そしてこの勝負。
ほぼ間違いなく、俺が勝つ。
先ほどまではお遊びだ。
ここからは常勝の時間が始まる。
なぜそう言い切れるか。
それは現在、このブラックジャックのテーブルが俺たちにとって『圧倒的に有利な状況になっている』からである。
この状況が来るのを、俺たちは待ち続けていたわけだ。
Ж
「『ブラックジャック』というゲームには、その性質上、必勝法があるんです」
そうポラから聞かされた時、俺はそんな馬鹿なと訝った。
この有名な賭け事にそんなものがあれば、世界中で人気が出るはずがないと思った。
攻略法のあるゲームが、賭け事として広く愛されるはずがないからだ。
しかし、ポラの言うことは本当だった。
その必勝法とは、“カウンティング”と呼ばれる方法らしかった。
文字通り、カードの数を数えるする技術のことである。
カジノにおけるカードゲームで使用されるトランプは、一組のカードが使用され終わるまで同じものが使われる。
ブラックジャックでも同じ仕様であるから、つまりディーラーとプレイヤーの勝負で消費されたカードを数え、それを全て暗記していれば、使用されていない、シューに残ったカードをある程度把握できるわけだ。
そうして、次に来やすいカードを予想しやすくする。
これだけ言うと非常に単純で誰でも出来そうだが、もちろんそう簡単なものではない。
ディーラーは最大7人と同時に勝負をする。
つまり、8人分の勝負をすべて記憶しなければいけない。
カードは勝負が終わればすぐに破棄されるので、常人の脳みそでは処理が追い付かない。
中途半端に記憶するだけでは意味がない。
完璧に、正確に、カウントしなければいけないのだ。
まさに超人的な頭脳が必要となるわけだが――うちの交渉人は、その超人の一人だったわけだ。
カードの数え方は以下のようになる。
まず、トランプのカードにそれぞれ以下のように「強度」をつけ、数字化する。
数字の2~7は+1。
7~10は0。
絵札(ジャック・クイーン・キング)は-1。
このようにジャンル分けをして、消費されたカードをカウントし、今置かれている状況を数値化する。
その数値が小さいとき、残りのシューに残されたトランプには絵札が多く残っていることになる。
反対に数値が大きくなれば、残りはほとんど数字のカードということになるわけである。
この情報を知っていれば、ブラックジャックでは計り知れない有利になる。
次に絵札が来るか、それとも数字が来るか。
数字ならそれはハイかローか。
その見当がつくのだから、それは当然のことだ。
無論一度の勝負なら負けることもあるが、ブラックジャックは何度もゲームを繰り返すギャンブルである。
試行回数を増やせば、まず負けることはない。
すなわち。
俺たちはこれまで、この『残りシューにある絵札カードの“偏り”』が起こるのを待っていたのである。
この数値のふり幅が大きいほど、その情報の重要度は増す。
そして数字は小さい方、即ちシューに絵札が多く残っている状態のとき、プレイヤーが勝てる確率が高くなる。
その時こそ、大きく賭けるとき――いわゆる張りどきという奴だ。
そして今、密かにカウンティングを行っていたポラからの合図が出た。
テーブル状況の数値は極小。
今日一番の鉄火場だ、と。
「もう我慢ならねえ! 次こそ負けねえぞボケクソ野郎が!」
俺の2つ隣の席で、ミスティエが大きな声を出した。
演技とは思えない迫力だ。
この必勝法。
実はもう一つ、重要な要因がある。
実際にやってみると分かるが、カウンティングをしている本人が勝ち続けるとかなり目立つ。
そうすると高確率で一日もしない内に出禁となり、ポラはもう二度とこのカジノには入れない。
それでは大きく勝つことは出来ない。
だから三人一組で行動することが肝要なのだ。
ミスティエは囮役である。
同じテーブルで目立ち、みんなの目を引く。
それによって、俺が勝つことの不自然さの目くらましをするわけだ。
ポラが斥候になり。
ミスティエが煙幕を張る。
そして――俺が本丸を落とすわけだ。
「5番席のお客様。ドローなさいますか」
ディーラーが俺に問うた。
「ああ。頼む」
俺は頷いた。
目の前に3枚目のカードがシューから配られた。
確認すると、ダイヤの3だった。
俺のカードはハートのジャックとスペードの2。
つまり俺の手札は現在15である。
他方、ディーラーの手札はというと現在16。
引くかキープするか、微妙なラインである。
「ドローされますか」
ディーラーが問う。
「いいや、ここまでだ。キープする」
俺は首を振った。
そうですか、と言い、ディーラーはもう一枚カードをドローした。
引いたカードは狙い通りのキング。
ディーラーのバーストだ。
「お客様の勝ちです」
俺の目の前には、先ほど賭けた倍のチップが積まれた。
大きく賭けていたので大勝だ。
要するに、これを繰り返していけば良いわけだ。
もちろん負けることもあるが、試行回数を増やしていけば最終的にはこちらが大勝する。
実を言うと。
俺たちがこうやって稼ぎ出して、今日でもう一週間経つ。
実行役と囮役を変えながら、バレないように勝ち続けてきたのだ。
既に、3000万以上を勝ち続けていた。
恐らく、カジノ側も「何かおかしい」ということには気づき始めているはず。
ブラックジャックのテーブルだけ、収支が明らかにへこんでいるのだから当然だ。
だが、まだ奴らは俺たちに接触してこない。
したくてもできないのだ。
誰か怪しい人間一人を追い出しても、“何をやっているか”を掴めないと意味がないのだ。
一人捕まえても、またメンバーを変えて同じことをやられてしまう。
つまり、このやり方は正しく“必勝法”なのである。
ただし――
「お客様、少しよろしいですか」
背後から声がして、振り向いた。
するとそこには、やけに身なりの良い男が立っていた。
両脇に、屈強な警備員を引き連れている。
「な、なんでしょうか」
俺はごくりと息をのみ、目をぱちくりさせた。
ただし。
それは、相手がまともなカジノの場合は、であるようだ。