第60話「なんか汚いもの見ました」
硬直するビィト。
勢いよく飛び込んだものの、目の前の光景は想像を絶する酷さ。
いや、ホントに酷い……。
覚悟はしていたとはいえ、
ゴブリンキングの巣の最奥にて──。
ビィトはこの世で最も汚いものを見た気がした。
えぇ、
そりゃ、
もう、
とっても、
汚い、
きったな~~~い、
それ。
……大型動物の毛皮を敷いたところで、ベンがヨヨヨヨヨと、涙を流している。
全身生傷だらけ。ずいぶん手酷くやられたらしい。
そして、それはもう、声もなくさめざめと……。
ベンの泣き声が静かに響く。
うわ、きったねー……。
「エミリィちゃん。見ちゃだめよ」
激戦を潜り抜けて来たような有り様のベン。
血だらけだし……。ちょっとどころではない痛々しさ。
装備もボロボロ。
つーか、くさッ!
まじで臭ッ!
「べ、ベンさんは無事なの!?」
エミリィがモゾモゾと動き、ビィトの背中から出ようとするが、断じて許さぬッ。
「ぶ、無事と言えば無事だ────それより……」
ぬぅー……と、ベンを確保していた大男のような体躯の、醜悪な容貌をした人物が起き上がる。
いや、人ではない────。
まぎれもなく、ゴブリン。
それの最強種たるゴブリンキングだ。
今は、鉄の鎧も兜も脱ぎ、体には髑髏のネックレスのみ着けていた。
ゴブリンキングの体は、
その……なんというか、スッゴい立派。
筋肉ガッチムチ!
だが、その鍛え抜かれた体躯が汚れでドロドロだ。
歴戦の兵士のように、色んなもので汚れている。
もともと風呂に入るような種族じゃないだろうし、体には血もついていた……。
そんな凶悪な風体の奴が、敵愾心溢れる目でビィトを睨み付けてきた。
「ゴブリン──キング」
ポツリと漏らしたビィトの声に、ニィ~と笑い返される。
その様子に背筋がゾゾゾゾゾゾと震えあがる。
動揺するビィトを尻目に、
ゴブリンキングは部屋の隅に転がしていたダンビラを拾いに行く。
ベンに比べて随分と堂々としている。
パッと見、汚いオッサンにしか見えないゴブリンキングと、
元から汚いオッサンの……ベン、そのダブル────。
うん、すっごい絵面です。
ゲロがこみ上げてきそうだ。
そもそも、なんだこの地獄のような匂いは……!
腐敗臭に混じり、凄まじい臭気が漂っている。連中の体臭だろうか……?
「くっ……!」
──今は集中しろ!
ビィトは気を取り直すと、油断なく魔法を放とうと構える。
しかし、ビィトの様子など気にした風もなくゴブリンキングは余裕そうにダンビラを拾い上げた。
その拍子にガラガラと崩れ落ちる白骨の山。
中には肉がこびりついていて新鮮なものや、腐敗した肉にまみれたものもある。
どれもこれも、人型で──人間やらゴブリンのものらしい。
捌いていたばかりと思われるズタズタの死体なんかが匂いの原因らしい。
オエエェェェェ……。
思わず、口を押えたビィトに、ゴブリンキングが小馬鹿にしたように笑う。
それはもう、
《ギィエエエエエエ!!》
──掛かって来い、と言わんばかり。
クッ!
「エミリィ! これをもってベンのところまでいって!(エミリィに見せたくはなかったが……やむを得ないッ!)」
毛布を取り出し、エミリィに押し付ける。
ベンの保護を、エミリィにさせるのもどうかと思うが、今はベンを安全地帯に逃がして、ゴブリンキングとビィトが一騎打ちをした方がよさそうだ。
下手に魔法をぶっ放しても、ベンを巻き込んでしまいそうで……。
「う、うん! ひっ」
エミリィが顔を覆って硬直。
うん、ベンの状態は酷いもん。痛々しい、汚い。血だらけだからなおさらだ。
うんうん、わかるよ。わかるけど──、
「いいから、なるべく見ないように、……早くッ」
トン……とエミリィを押し出し、ベンの下へ……急いでくれッ。
《ギィエエエエエ!》
渡すか、この野郎! と言っているのだろうか──ゴブリンキングの興味がエミリィに移る。
女に興味がない以上。ゴブリンキングにとってエミリィは食肉程度だろう。殺すことに躊躇はない!
──させるかぁぁ!!
「エミリィに触るなぁぁ!!」