第47話「なんか厄介そうな所に来た」
サラサラと流れる水の音。
どこからともなく青臭い苔の臭いが鼻をつく。
アンデッド達を倒しながら進むビィト達の目の前に、地図でいう『鬼の巣』らしき地形が見えはじめた。
このダンジョンを構成する巨大な渓谷。それが狭まる場所。
ゴツゴツとした岩場の『廃品の丘』を越えた先──。
ここが『鬼の巣』なのだろう。
絶え間なく流れる岩清水により気温も低く。
そこは両側から岩肌が迫る、細長い隘路のような地形で、ジメジメとした湿気の多い谷間だった。
谷の壁はヌルヌルとする水苔の様なもので覆われており、足場も同じく滑る。
生き物の気配は感じられないものの、視線のようなものを感じる。それは、ここの住人のものだろうか。
一歩踏み込んだビィトは、ズルリと滑る足場に眉を顰めた。
(足場が──これは厄介だぞ……)
かなり滑りやすいここは、踏ん張りも利かず戦闘に支障を来しそうだ。
攻めるも、逃げるも、非常に困難な地形制約。
環境は最悪だ。
「うげ。こりゃ滑るな」
ベンが足元を見て毒づいている。
「ベン、準備をしておこう。装備を少し変えるぞ、いいな?」
ちゃんとした対策をとればこういったところでも行動ができる。
そのためには正しい知識が必要になるのだが……。
「なんだぁ? 奴隷のクセに一々うるせぇ奴だな、いいからさっさと行け」
聞く耳を持たないといった様子。それでもビィトは構わず続ける。
「履物に布を巻くだけでいい。そうすれば足場の悪い所でも多少はマシになる」
出来ればザラザラの麻の布なんかが好ましいのだが。
ベンが聞き入れるかどうか……。
ビィトの意見に、ジッと顔を睨み付けるベン。
「へ……いいだろう。おい、ガキ。準備しろい」
ドッカリと偉そうに岩の上に座ると、その下が滑っていたのか、慌てて立ち上がるベン。
「クソ……どこもこんな感じなのか!?」
「それはわからないけど……この水が湧き出している感じだと、多分……小さな洞窟が一杯あると思う」
事実、岩からしみ出した水は流れを作らず、それぞれは岩の隙間へと滲みこんでいく。どこかに水を流す水流があるのだろう、地下水脈の気配は十分に感じられた。
足元だけでなく、壁からも水の流れる音がする。
「死角が多い……足場も悪い。おまけにこの水の音──」
ベンの足に、一生懸命に布を巻きつけているエミリィをチラリと窺う。
彼女の鋭敏な感覚をもってしても、ここの地形は厄介ではないかと思った。
エミリィもベンもまだ気付いていないようだが……。
そのうちベンの準備を終えたエミリィが自分の足にも布を巻きはじめた。そのタイミングをみて、彼女が準備している所に近づき確認してみた。
「エミリィ……その、ここで敵の探知は可能かい?」
「え?」
よくわからないと言った雰囲気のエミリィに、
「見て、聞いて、感じてくれ──きっと見た目以上にこの地形は厄介だ」
そういったビィトの声に、ちょこんと可愛らしく首を傾けていたエミリィ。
まだ理解していないらしい。
だが、ビィトの真剣な眼差しに思う所があったのか、軽く目を閉じたエミリィは耳をすませて神経を集中させ始めた。
…………。
「……お兄ちゃんの息遣い、ベンさんの鼓動……───それに、水の音……え? 水───しか」
やっぱり……。
「ベン。不味いかもしれない」
「ああん? 何がだ」
ベンは当然ながら危機感すら抱いていない。
ならば、早めに言うべきだろう。
「聞いてくれ──」
…………。
「──エミリィの探索能力は半減……いや、もっと下がっているかもしれない」