第4話「なんか仮免許もらえました」
「だーかーらー!!」
ビィトは、ギルドの窓口が空いたころを見計らって再度交渉していた。
それでも、受付嬢の態度は変わらない。
「お願いします! これがないと俺、飢え死にしてしまいます!」
冒険者カードがなければ、依頼すら受けられない。それどころか、この町の滞在許可すら怪しくなる。
「無理って言ってるでしょ!」
(知るかよっ!)と目が言っている。
───無理です!!
これは何度も聞いた、だからせめて……
「新規発行もできませんか!?」
この哀れな声に反応したのか、受付嬢はため息をついて言う。
「えーと、ビィトさん……? 言いにくいんですが、冒険者カードを舐めてませんか?」
受付嬢は怒気を漲らせながら言う。
「そんな簡単に新規発行と再発行ができたら、信用もへったくれもありませんよ!」
───理屈は簡単。偽造と重複を防ぐ。その目的のため、基本的に再発行は不可能。
新規登録も、最初の取得場所でなければできないという。
当然、重複発行を防ぐためだ。
通信技術も未熟な世界、どこでもかしこでも、新規発行に再発行を繰り返していれば、名前を騙る同じ人間が沢山出てきても対処できないというわけだ。
▽ 現代のパスポートのようなもの。あれは一定条件で再発行も新規発行もできるが、それは通信技術あってのもの……それでも、やはり発行には慎重を期すという。それが、通信その他が未熟な世界ならいわんや─── △
「あぁ…もう! 一応実績があるみたいですから、……臨時措置ですよ!」
めんどくさいなー! と言わんばかりに、バッシンとテーブルに叩きつける一枚のカード。
『冒険者(仮登録)カード』だ。新人冒険者が本登録前に受ける、Eランク以下の物。
ギルドの実施する冒険者講座などを受けて本登録されるまでの仮の身分証のようなもので……冒険者としての最低限の身分しか証明しない。
「あ! ありがとうございます!」
礼を言うほどのものか知らないが、無職で放り出されるより遥かにマシだ。
町の滞在許可くらいならなんとかなりそうだ。
あとは仕事だけ。
仮登録とはいえ、ランクの2つ上までは交渉次第で受けることができる。
実力と実績があれば、EランクかDランクの仕事ならできそうだ。
かなり回り道になるが、冒険者カードを最初に登録した故郷に戻って新規発行し、また一からやり直しだ。
もともと、「豹の槍」のおかげで得たランクのようなもの。それほど、執着があるわけでもない。
今は、故郷に戻るまでの路銀稼ぎができればそれでいい。
受付嬢に礼を言って、カードを受け取ると、喜び勇んで依頼板に向かう。
が───
「……依頼がない───」
※
ルー♪
と哀愁が漂う姿でトボトボと歩いていくビィト。その姿は傍目にも意気消沈していて、見るからに瘴気が漂っている。
無一文で、仲間もなし。
おまけに身分証であるSランクの冒険者カードも失効し、最低ランクの更に下……仮登録の最底辺。
しかも、路銀を稼ごうと依頼を見れば、Bランク推奨以上のものばかり……辛うじてCランクもあるが、ルール上……それも受注はできない。
そりゃそうだ……
ここは世界最大のダンジョンを誇る町だ。
最高峰の冒険者が集まる街で、ダンジョンから湧き出る魔物に対処するため、ただの住民ですら普通に強い。
Eランクや、Dランクの依頼などお呼びではないのだ。
流通も発達しているため、辺境にありがちな薬草採取といった低ランク向けの依頼すらない。
そもそも低ランクの冒険者がいないのだから当たり前だ。
「はぁ……」
どうしようと、悩みつつトボトボ歩く。
路銀がなくては故郷に帰るどころか、今日の飯にもありつけない。
いっそ、リスティに泣きつこうかとも思ったが……ジェイク達の様子を見るに、多分、顔すら合わせてもらえないだろう。随分と嫌われていたものだ。
「リスティも昔は可愛かったのにな……」
あんなゴミを見るような眼を向けててくる子ではなかった。
家がまだ傾かない…そこそこ裕福だったころは、仲良く過ごしていたものだ。
「はぁ……」
止そう。こうやって頼ろうとするから嫌われたのかもしれない。
路銀を稼ぐ手は、あと一つ……
依頼に頼らないで魔物を狩り。その素材を売ることだ。仮登録とはいえ、ギルドでの取引はできるらしいので、もうこれしか手はなかった。
とはいえ、低級魔法しか使えない『器用貧乏』のビィトにダンジョン「地獄の窯」で単身挑むには無理があるように思えた。
せめて、魔法を行使する間、一瞬でも敵を足止めしてくれる前衛がいてくれれば随分と違う。
器用貧乏の名前通り、一通りの魔法は(下級だけだけど)使える。速さにもそこそこ自信があるが、……低級魔法が故、威力に乏しく押し切られる可能性があった。
だれか仲間を───……
「無理だよな」
さっきの冒険者ギルドでの対応を大勢に見られているし、下手に有名なせいで『器用貧乏』だとか、添え物Sランクなんて不名誉な呼ばれ方をしているだけあって、誰も相手をしてくれないだろう。
世界最大のダンジョンだけあって難易度も格別。
にわか仕込みの野良パーティなどお呼びではないのだ。
下手に野良パーティでも編成して挑もうものなら……魔物のランチに一品増えるだけだ。
「せめてお金だけでも──」
腹が減ってきて、まともに思考すらできなくなってくる。
その原因たる、あの少女と、「奴隷使い」のベンを思い出しムカっ腹が立ってきた。
くっそー…
思い出したら、まるで目の前にあの少女の幻影まで見えてきた。
町を横切る汚い川にかかる橋の欄干に腰を掛けて、ボーっと下流を見ている───
「んんん??」
って、本人じゃないか!
あの赤髪は見間違えようがない。
少女はこちらに気づくこともなく、ボンヤリとしている。ベンは近くにいないようだ。
そーっと近づくと様子を覗う。
未だ財布を持っているとは思えないが、万が一ということもある。
しかし、遠目にもわかるほど薄着で……ボロボロ。
どう見ても、財布やらお金を隠し持っている様子はない。そりゃそうだ、ベンがとっくに召し上げているだろう。
それでも、
と意趣返ししたい気持ちで忍び寄るが───
先に彼女に近づくものがいた。あれは?
「見つけたぞガキ!!」
「ヒッ!」
ビィトの次に金を摺られていた冒険者だ。
名前は知らないが、Aランクのソロ冒険者でかなりの腕前だったはず。
その声を聞いてビクリとする少女は、縮こまるようにして欄干に身を寄せる。が、なぜか逃げない……
「観念しやがれぇぇ」
「ひぃ」
下卑た笑いを浮かべつつ、手をバキボキと鳴らして近づく。少女が明らかに金を持っていないことはわかるだろうに……
鬱憤晴らしとばかりに痛めつける気なのだ。
同時に自分もついさっきまで、似たような気分でいたので彼を一概に責めることはできないが……
「舐めんじゃねぇぞクソガキ!」
「あぅ!!」
バチィィンと、子供相手に振るっていいような暴力ではない音が響く。
おいおいおいおい……やりすぎだろ!?
ビィトも意趣返ししたいとは思っていたが、直接的な暴力に訴える気など毛頭なかった。
たったの一撃で、少女の体は玩具の人形のように吹き飛び、ビンッと───空中で引っかかったように強引に静止する。
その様はまるで蜘蛛の巣にでも引っ掛かったよう。
空中で……? あっ!
───彼女の脚から、ジャラリと伸びるそれ……
……く、鎖!?