第58話「なんてこった、荷物を整理しよう」
ポイン♪
ビィト達が赤鬼と青鬼の死体を検分していると、軽やかな音とともにドロップアイテムが沸く。
それは大きな牙と綺麗な水晶───……。
いや、こりゃ……目玉か。
「うわー……こいつは邪魔になるだけだな」
目玉も、持って帰って売れば錬金術の素材や武器の材料として使えるというが……重いし嵩張る。
すでに『石工の墓場』で回収したダークスケルトンやゴーレムから回収したドロップ品で荷物はいっぱいだ───あら?
ッ!
────あー、ダメだこりゃ……。
「背嚢、ボロボロだよ……」
ホントにね~……。
まいったなこりゃ。
仕分けしたドロップ品のことを考えていると、エミリィが適格に指摘してくれた。
うん。
背嚢が見るも無残にボーロボロ。
(あの鉞野郎のせいか!)
せっかく色々拾ったのに……。
トホホ───。
ここに来るまでに入手したドロップ品の大半は、「鉄の拳」との戦闘で失われてしまった。
高値で売れそうな闇骨王の冠に、闇骨王の腕輪。
石柩から入手したいくつかの飾り珠や、ゴーレムからドロップした古代の硬貨などは少しばかり残っているが……。
「あーあー……」
鉞でボロボロにされた背嚢は処分するしかないだろう。
しょうがない……。
「───まず、荷物を整理しようか」
「う、うん……大丈夫かな?」
エミリィはスキルで探知を行っているらしい。
その探知範囲にはかなりのモンスターがいるという。
「大丈夫だよ。ここに敵を引っ張ってくれば別だけど、そうでないならオーガがわざわざここに来ることはないんだ」──多分。
で、なければ門番の意味はない。
まぁ、経験上なので異例もあるのかもしれないが、何度か足を訪れた際も、門番の二匹を倒してしばらくは安全だったはず。
「わかった! でも、一応探知は続けるね」
「お願いするよ」
エミリィの優秀な探知なら余裕をもって敵の接近に気付くことができるだろう。
うまくすればジェイク達の気配を探知できるかもしれない。
もっとも……「豹の槍」にはリズがいる。
当然、隠密系のスキルや隠蔽スキルもあり、そのどれもが優秀だ。
彼女が本気で隠れようとしたらエミリィでも見つけることはできないだろう。
それだけが気がかりだ。
「考えても仕方ないか……。もう、ここまで来たんだ」
そうだ。
ジェイク達を救出に……。
「鉄の拳」の様子を見るに、ジェイクを嵌めてこの牙城に追い込んだに違いない。
そして、「物資を渡すな!」という───鉄の拳の一言。
つまり、ビィトの予想通り物資不足で立ち往生しているのだろう。
それが、どのくらいか分からないが……。
『虫の知らせ』を使って救難信号を出した時点で物資は困窮していたはずだ。
当たり前の話……。ジェイクが切り抜けられないと判断した時点で相当追い詰められていたに違いない。
つまり、本当にギリギリになってから信号を出している。
そこから逆算して、ビィトが救援に向かって──幾数日……。
ゾっとした。
もしかして、ジェイク達はもう──……。
そう考えると、荷物を整理しようとした手が止まる。
もしかして、物凄く無駄なことをしているんじゃ……。
ようやく見つけた先に、ジェイク達の死体しかなかったりしたら────俺は……。
「お兄ちゃん?」
「ん────うん……。なんでもないよ」
考えるな。
大丈夫だ。大丈夫……。
だけど、この牙城のどこにいるというのか……。
探すのも困難。
向こうから来てくれるはずもない。
それに、声を上げて探すわけにもいかず、オーガから身を隠しながらの捜索だ。
それはそれは、とても困難を極めるだろう。
現状では、エミリィの探知スキルに頼り切るしか方法はない。
もっとも、それでは何日かかることか知れない───。
やっぱり……。
(と・て・も・無・駄・な・こ・と・を)
「───お兄ちゃん! しっかりして!」
エミリィに声をかけられて初めて気づく。
自分が相当酷い顔色をしているだろうことに。
「……心配なのはわかるけど────信じて見ようよ?」
仲間だったんでしょ。
「───ね?」
ビィトの顔を覗き込むエミリィは、微かに憂いを秘めた目で見つめてきた。
そうだ……たしかエミリィの父親も……。
「うん……そうだね」
そうだ。
例え……ジェイク達が────。
───ッッ!!
いい。
いいんだ!
いいから探す! 連れ帰る!──どんな姿になっていても故郷にきっと連れ帰る。
待っててくれ。
そう決心すると、ビィトは「鉄の拳」から鹵獲した物資を選り分け始める。
食料に武器。そして各種消耗品。
呆れるほどの物量だ。
「こりゃ、すげー!」
おーおー……あるわあるわ。
ジェイクが買い揃えたらしい物資はどれも一級品だ。
中身も多少は減ってはいるものの、もともと深部探索を目指して購入した物資。
当然、その量は潤沢極まりない。
そもそもが、こんな行き掛けのルートで消耗することを前提にしていないため随分と豊富に残っていた。
「相変わらず、ジェイクたちは良いもの食べてるなー」
「そうなの?」
ビィトの言う「良いもの」がエミリィにはわからなかったらしい。
だが、見たまえよエミリィちゃん!
この一級品のワインに、干し肉。
高級チーズに、魔力を帯びたナッツ類。
パンにはクルミが練り込まれているし、ジャムやバターだってそこらの安物じゃーないぞ!
それに乾燥野菜やフルーツもできるだけ高級な食材から作られている。
甘味類も豊富で、スパイスも潤沢。
うーむ。
金と実力があるってのは、こうした所で贅沢ができることを言うのだろうな。
「ふ~ん?」
ビィトが訥々とジェイクたちが持ち込んだ物資について熱弁を奮うもエミリィはそれらに興味がなさそうだ。
「エミリィ?」
「──高そうだけど、私はお兄ちゃんの作った料理のほうが好きだなー」
と、正直すぎる御言葉。
(オッフ…………!)
エミリィちゃん、いい子だねー。
そりゃ、いくら高級食材でも保存食と比べると、新鮮食材を適切に調理したほうが旨いに決まってる。
そして、エミリィはビィトと組んでダンジョンを探索するようになってからは、常にビィトの手料理を食べている。
そのためか、目の前にある高級保存食にさほど魅力を感じないのだろう。
「───俺の手料理も、新鮮な食材があってこそだよ? で、でも、ありがとう」
ちょっと照れた様子のビィト。
それを悟られないように、イソイソと荷物を仕分けしていく。
元々ビィトが持ってきた物資と「鉄の拳」から回収した物資を合わせて、必要なものを選別し、背嚢に詰め替える。
とくに、ビィト用とエミリィ用に分けておく。どちらかが別れるような事態になっても最低限は命が繋げるようにしておくのだ。
ビィトが持ち込んだ物資は大半が零れ落ちたり、破壊されたりでダメになっていたが、いくつかは無事だった。
しかし、大型の背嚢はボロボロにされてしまったので、入りきらないものや、嵩張る物資は放棄するしかない。
だが、「鉄の拳」から回収した冒険者用の背嚢は連結することも出来る優れものだ。せっかくなのでコレを使わせて貰おう。
「エミリィも一つ持ってね。軽くするから」
「はーい!」
エミリィの元気な声を聞きつつ、慣れた様子で背嚢を整えていくビィト。
伊達に器用貧乏じゃない。
都合「鉄の拳」から奪った────もとい回収した背嚢は5つ。
連結して4つをビィトが背負い。荷を軽くした一つをエミリィに渡す。
荷物を分けるのは、念のため。
エミリィが遭難しないとも限らないので、あくまでもこれはエミリィ用の物資だ。
そのため、中には一通りの物資を容れておく。
そして、ビィトは持てるだけの物資を持とうと、一度「鉄の拳」から回収した荷物を改めて検分していく。
(さて、糧食は当然として、あとはどうするかな……)
高級聖水に、各種ポーション類。
着替えに大量の糧秣。
矢や、ボウガン用のボルト弾もある。
それにリズが使うであろう投擲具の数々にジェイクの刀の手入れ具。
そして、リスティ用の高位司祭のマジックアイテムの数々。
「嘘だろ?……こんなものまで奴らの預けていたのか?───まさかな」
マジックアイテムの様な高価な品を、雇いのパーティに預けるだろうか?
どうにもきな臭い。
嵌められたにしては、手が込み過ぎている。
そして────。
チャリン…………。
え?
「──お金や装飾品まで……?」
凄まじい大金というほどでもないが──それなりの金額があるうえ、宝石など緊急時用の持ち歩く資産と言われるほど高価な品もあった。
とは言え、これらはあくまでダンジョン内での交渉用だ。
大金ではないが、少額ではないといったかちのもの。
交渉以外にも、ダンジョン都市で異変があった際に、ダンジョンから戻ったときに預けた金が引き出せないことを考慮しての本当に緊急用。
普通は金も宝石も、ギルドや大手の銀行に預ける。
なんたってダンジョン。
重いし、物騒だからね。
だが、それが「鉄の拳」にあるということは……。
強奪された?
あるいは、
恐喝された?
もしくは───、
死体から奪った……────いや、これはないな。
同時に、強奪も無理だろう。
ジェイクなら、一人でも「鉄の拳」くらい殲滅してしまう。
つまり、恐喝されたのだ。
物資をかたに……。
「クソ……なんて連中だ!」
だが、それにしても手際が良すぎる。
最初からそれを狙っていたのかもしれないが……。
それにしたって、あのジェイクとリズがいるんだぞ?
ギルドから救出部隊が来ることだって予想できたはずだ。
金を騙し取るだけにしては手が込んでいるし、非常にリスキーだ。
ただの恐喝じゃないのか?
じゃあ一体……。
(────何が起こっている?)
釈然としないものを感じつつ、ビィトは荷物をまとめていったのだが────……。
ゴトンッ───!
(ん? なんだ)
───って!!
「ええ?! な、なんで────これが?」
コロンと転がり出た魔法具……。
それは……一般人が持つにしてはあまりにも────。
「こ、これは…………」
「お兄ちゃん?」




