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ライトホラーシリーズ

私達の安住の地を求めて

作者: 山家

 お世話になっている大家さんが経営している食堂の昼の営業が一段落した。

 食堂のお手伝いをしていた私は、ほっと一息ついた。

「上手いものだね。何でもできるんだね。嫌がらせで言って来たチンピラが、ぐうの音も出ないで帰っていくなんて。天ぷらを作ってもらえるとは思えなかったよ」

「ええ、別の店で働いた時に教えてもらっていたので」

「その若さで覚えられるなんて。ああ、夫がいなかったら、うちのドラ息子の嫁に迎えて、跡を継いでほしいくらいだ」

「そんなふうに言われると恥ずかしいです」


 そんなやりとりを食堂の主でもある大家さんとした後、私は今の住処であるバラックに帰り、夕方に溜息を吐きながら、独り言を言う羽目になっていた。

「夫か。本当は兄なんだけどな」

 でも、兄妹で家出してきた、というより、親に反対された恋人同士が家を飛び出して結婚した、という方が世間に通りやすい。

 それに私達には、別の事情があるのだ。


「お腹が空いたな。夕食の準備をしよう」

 こんな身体なのだから、食べなくても大丈夫ではないか、と思うのだが。

(実際、一滴の水すら飲まず食わずで10日もの間、私達兄妹は生き延びたことがある。)

 どうしても、お腹は空くし、喉は渇くのだ。

 それに、もうすぐ兄も仕事を終えて、お腹を空かせて帰ってくるだろう。

 だが。


「おい。すぐに荷物をまとめろ。この街から出ていくぞ」

 帰宅してきた兄は私に半ば命じた。

「どうして」

「やっちまった。8階建ての建築現場から転落して全身打撲したんだが、すぐに治ってしまったんだ」

「お兄ちゃんのバカ」

 私は思わず兄に怒鳴って、慌てて口を塞いだ。

 これが私達兄妹の秘密、私達の身体はおそらく不老不死なのだ。


 おそらくというのは、確認のしようがないからだ。

 兄によれば、首をはねられたら、さすがに死ぬのでは、というのだが、そんなのやりたくない。

 だが、私も兄も普通なら死ぬくらいの大怪我を何度もしたが、その度にすぐに治った。

 火事に遭い、私の全身がほぼ炭化したのではという程の大火傷を私が負って死を覚悟したこともあるが、丸一日程で綺麗な身体に戻ってしまい、慌ててその火事に遭った街から兄妹で逃げ出したこともある。


 私達がこんな身体になって、何年いや何十、何百年が経っただろうか。

 もう、二人共とうに数えるのは止めた。

 長い人生に疲れて、二人で自殺を考えたこともある。

 しかし、強烈な暗示でも掛けられているのか、死に対する絶大な恐怖感に襲われて自殺に二人共が踏み切ることが出来ずにずっと生きてきた。

 それにこんな身体で自殺するとして、どんな方法があるだろうか。


 とは言え、何回どころか、何十回も秘密がバレそうになって、慌てて逃げ出す生き方をしていると、こういう時の準備が自然とできている。

 貴重品を予め取りまとめて入れていた大きめのバッグを取り出し、必要最低限の着替え等を詰め込む。

 そして、大家さんに迷惑が掛からないように、部屋の整理用のお金を入れた書置きを準備しないと。

 そう考えながら、バッグを取り出すと、故郷の山河を思い出して描いたスケッチ画が出てきた。


 今となっては、この山河は消えたと言って良い。

 噴火によって地形が変わってしまったからだ。

 あれは私達がこんな身体になって、百年以上は経った頃だったろうか。

 ともかく、そのために私達がこんな身体に何故になったのかも、どうにも調べようがない。

 私は、ついすすり泣いてしまい、兄も涙を浮かべ、共に暫く手を止めて、想いを馳せてしまった。


 私達が、今、いるのは東南アジアの某国のある都市だ。

 だが、私達が生まれ育ったのは、日本の東北地方のある村落だ。

 他にも兄弟姉妹がいたが、成長したのは私達二人きり、小作人で病気がちの両親の看病もあり、兄が19歳、私が17歳になるまで、結果的にお互いに独身のままだった。

 そして、あの出来事があったのだ。


 私達の村落には、奇妙な昔話があった。

 昔、ある男が山の中で天女に出逢って援けた。

 天女はお礼にその水を飲めば不老不死になれる泉の場所を教えた。

 但し、一口しか飲んではならず、二口飲んだら、すぐに死ぬという。

 男は一口、飲んだところ、その水が余りにも美味くて、もう一口飲んでしまい、死んだという。

 それを知った天女は、その泉を隠してしまったとか。

 ともかく見知らぬ泉の水を飲んではならない、という戒めとして、私達は教えられていた。


 これは一部は昔の人の知恵だろう。

 一見するときれいな湧き水でも、鉱毒を含む等、実は猛毒を秘めていることがある。

 それを避けるためだ。

 だが、私達兄妹は長年、生きる内に隠れた意味が秘められていたのでは、と疑うようになっている。

 天女と言うのは、実は宇宙人とか、未来人とかのいわゆるオーバーテクノロジーを持つ存在ではないか。

 

 つまり、その泉の水を飲むと身体を作り変えられてしまうのだ。

 私達のように。

 その危険を伝える昔話でもあったのではないか。


 私達はその夏の暑い日、少し農作業の手が空いたこともあり、夏風邪を引いたようで熱を出した母の熱さまし用の薬草を採りにその山の中に入っていた。

 いつもとまではいわないまでも、しょっちゅう入っている近くの山で、私達は油断していた。

 山道沿いでは薬草が採りつくされていたのか、中々見つからず、私達はつい、山道を外れての薬草採りをすることを決めた。

 そして、山の中を彷徨う羽目になってから約半日が経って、空腹と渇きに苦しんでいた私達の目の前に、その泉は現れた。


「喉が渇いて死にそうだ。あの泉の水を飲もう」

「そうだね、お兄ちゃん。このままだと、どちらにしても死ぬだろうし」

 私達はそう会話をして、むさぼるようにその泉の水を飲んで渇きを癒した後、疲れもあり、そのまま寝入ってしまった。

 目が覚めた後、私達は協力してもう一度、山からの脱出を図り、何とか成功したのだが、そういった経緯から、その泉の正確な場所は私達にも分からずじまいだ。

 ともかく、それからというもの。


「あの兄妹はおかしい。全く見た目が変わらないじゃないか。兄の髭が伸びているのを見たか。妹の髪が伸びているのを見たか」

「そう言われれば、全く見た目が変わらないな」

「縁談を持ち込んでも、やんわりと断る。おかしいな」

 数年後に私達は村中の噂の的になっていた。


 あの時、結果的にほぼ丸二日近く私達は行方不明になり、山狩りに出ようか、と他の村人が話している所に私達は生きて還ることが出来たのだが、それ以来、私達は変わってしまった。

 私達二人は、病気にかからない不老不死の身体の持ち主になり、更に性欲が完全に消失してしまった。

(もっとも、不老なのが私達に分かったのは、正確に言えば、もう数年先の話になるが。)

 ともかく、こんな身体では、普通の暮らし等は望めない。

 病気がちの両親が相次いで亡くなったのを機に、私達は逃げるように村落から出て、放浪して生きるしかない身になった。


 当時は江戸と呼ばれていた東京に出て、上方、大坂に行き、京の都に行き、と兄妹で転々と生きた。

 親の反対を押し切って二人で駆け落ちしてきた、というと多くの人が同情してくれ、住まい等の世話をしてくれることも稀ではなかった。

 そういった好意に甘えて、数年が経つと親の怒りもそろそろ収まったと思うから故郷に行く等と誤魔化して、その人達の前から姿を消す。

 それが、その頃の私達の生きる路だった。


 私達がそんな身体の持ち主になってから100年以上が経ち、江戸から明治へと時代が移り変わり、戸籍が無いと日本では生きにくい時代になった頃だった。

 故郷の村落は噴火に襲われて、事実上消失してしまった。

 それはもう一つの事実を意味してもいた。

 つまり、噴火によって地形が変わり、件の泉もおそらく無くなったという事だった。

 件の泉を調査等すれば、いつの日にか元の身体に戻れるのでは、という私達の希望が潰えたのだ。


 私達はこの事実を突きつけられたことから、日本で生きることを諦めた。

 沖縄へ、更に台湾へと渡り、十年以上かけて、大陸へと渡った。

 広大な大陸ならば、兄妹2人で密やかに生き続けられると思ったのだ。

 そして、大陸に渡ってからでも100年以上は経っている。


 中国国内で密やかに生きるのも徐々に困難になったことから、ここ数十年は東南アジア各地を放浪しているが、いつになったら安息を私達は得られるのだろうか。

 兄妹が別れて生きることを、これまでに全く考えなかったわけではないが、私達の親兄弟は全て亡くなっており、性欲が完全に消失していることから、私達には基本的に子孫が作れるわけがない。

 つまり、私達にとって家族、肉親はお互いしかおらず、別れて生きては完全にお互いに孤独になってしまうのだ。


 だから、数百年にわたって、私達は寄り添ってずっと生きてきた。

 普通の男女なら兄妹間であっても、そんな生き方をずっとしていたら、いつかそういう夫婦というか、男女の関係になったかもしれない。

 だが、私達に性欲は無い。

 だから、ある意味では乾き切ったドライな関係が、ずっと続いている。


 想いを長時間にわたって巡らせることで、気がようやく静まった私は、同様に気が静まった兄と、無言のうちに背中合わせに座って寄り添った後で話しかけた。

「ねえ。こんな生き方、いつまで続くのかしら」

「さあなあ。早く止めたいな」

 兄もこの生き方に倦んでいるのか、疲れ切った声で答えた。

 だが、お互いにこの生き方から抜け出る方法を思いつけない。


「いっそのこと、周囲に真実を話したいよね」

「それができればな。何度も試みたが、自殺と同様にダメだったな」

「そうだったね」

 そう、周囲に真実を話すことさえ、何故かできないのだ。

 ぼかした話は何とかできる、だが、明確に真実を言おうとすると、それによって引き起こされる幻の迫害の光景(例えば、本当に不死なのか、拷問される等)が脳裏に浮かび、恐怖感から口が動かなくなる。


「数百年、折に触れて考えてきたんだが。あの泉は誰が作ったかは分からないが、罪人を永遠の孤独の牢獄に閉じ込めるために作られたものだろうな。だから、泉の水を飲んだ者は死ねないし、周囲の理解を得られるように話すこともできなくなる。そして、それ以外の欲望はあるのに、性欲を消失させ、家族も作れなくしてしまう。本当に死なせるよりも辛いことを引き起こす泉だ」

 兄は哲学者のように話し出し、私はそれに無言で肯いた。


「ともかく、この身体は本当に呪わしい。元の普通の身体に戻りたいよ」

「私もよ、お兄ちゃん」

 私達はお互いに背中で相手を支えあった。

 こういう時、普通の男女どころか、兄妹でも抱き合うかもしれない。

 だが、性欲が消失したせいか、長年の歳月の内に、私達はお互いに抱き合うことにさえも嫌悪感がある有様になっていて、こうして背中越しに触れあって会話するのが精一杯だ。


「さてと、速やかにここを出ていく準備をしよう」

「そうだね。今度はどこに行こうかな」

「いっそのこと、日本に行くかな。密入国で刑務所暮らしも悪くないかもな」

「勘弁して」

 私達は、辛さの余りの泣き笑いをし、決して私達には手に入らないと分かっている安住の地を求める旅に出る準備に取り掛かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  不条理な話ですが怪奇譚ともまた違い、ホラーとは言い切れない内容ですが、風情がありました。 [気になる点]  兄妹がある意味解脱してしまっているので、生々しさがない代わりに周囲の人間社会が…
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