2章-恩返し
「おいおい、依頼内容わかった上で顔だしてやがんだろっ!
手心なんざ加えてんじゃねーよっ!全力でやれお前らっ!」
ギルドに併設された訓練所。
エドガーが声を張り上げながら叱咤する先には、
ルイを包囲して各々武器を手にしたナルシャの班隊の面々の姿があった。
エドガーを檄に最初に反応を見せたのはスリン。
強く足場を踏み込み、幅広の片手剣を繰り鋭い連撃を見せ、
すかさず、その背後から、槍を手にしたカリィがルイに襲いかかった。
急に圧力も増した2人の攻撃に、一旦距離を取ろうと動くルイ。
それをさせじと、カチェスが狙い澄ました様に矢を射る。
その身に吸い込まれる様に襲いかかる矢から目をそらす事なく、
ルイは向かいくる矢に距離を一気に詰め、頭を微かにそらし回避した。
「来なさい"アン"、"ルーゥ"っ!」
やや離れた場所に位置取りルイの動きを観察していたナルシェが叫ぶ。
叫びに呼応するよう、幾何学文様が展開。
そこから、二体の魔物が姿をあらわれた。
―― "魔物使い(テイマー)"技術を持つナルシェの従魔物ハルピュイア。
鳥の翼の形状をした両腕、腰から足先までうろこ状の皮膚に覆われ先端には、
ひと際目立つ肥大した大鷲のような鋭い大爪。
顔形は人のそれだが、声帯は鳥に近いのか地鳴きが聞こえる。
「ルイ君っ!いちお言っとくねっ!
爪もそうだけど、投擲武器みたいに羽根も飛ばすし、
鳴き声もそこそこ衝撃あるからっ!」
ナルシェが大声でハルピュイアの特徴を報せると、ルイは軽く手をあげて応じる。
「おいっ、てめぇは敵に会ったら親切に手札晒すのかコラっ」
「ひっ、ごめんなさいっ」
すかさず、エドガーから叱責の声が飛びナルシェは涙を浮かべる。
「と、とりあえず、あの子を動けなくしてっ!殺すのはだめよっ!」
"くるるる"と喉を鳴らし、指示に応じると二体のハルピュイアは飛翔する。
それを見送るナルシェからは魔力が漏れ出し、詠唱を始めた。
「おら、糞弟子。初見の相手に出方なんざ窺ってんじゃねーよっ。
何がきても対応できるように、少しでも動いて備えろっ!」
ハルピュイアの動向とナルシェの詠唱に気を取られ動きが鈍ったルイに、
エドガーの激しい叱咤が飛ぶ。
ルイはそれに頷いて見せた。
その刹那、ハルピュイアがルイ目掛け滑空を開始。
想像より速いその動きに肝を冷やすも、なんとか体勢を整え爪の軌道を読み回避。
だが、すかさずもう一体がルイに向けて爪を振るう。
思わず、自身と爪の間に短剣を刺しいれ防御した。
―― ギリリッ
一時、金属の押し合う音が響く。
だが、拮抗したのは一瞬。
ルイは大きく後ろに吹き飛ばされた。
景色が流れて行く中、視界の端で捉えたナルシェは、
魔力が灯った杖の先端をこちら向けていた。
慌てて魔力操作を開始。
着地と同時に前方へ、魔力障壁を展開。
「炎の柱」
"発動言語"がルイの耳に飛び込む。
直後、足下から一気に競り上がる激しい炎が、一気にルイを呑みこんだ。
「手止めんな、カチェス撃て。ばかすか撃ちこめ」
「えっ?は、はい!」
間髪いれずエドガーはカチェスに追撃を指示。
カチェスは火柱に呑まれたルイがいるであろう場所へ次々と速射。
―― キンッ・・・キンッ
いくつかの矢を弾く音と共に、煌々と燃え立つ火柱の中から、
幾つもの魔力障壁を展開したルイが転がり出てきた。
「おらっ、スリン、カリィ。ウサギが焼きだされてきたぞ」
スリン、カリィの追撃を開始。
深くないまでも魔法によるダメージがあるのかルイの動きが鈍い。
そこに容赦なく、エドガーの指示が飛ぶ
「カリィ、もっと突っ込んで良い。大振りになっても良いくらい突っ込め。
スリンがその穴を埋める、スリン出来るか?ってかやれ」
「はいっ!頼むぞ、スリン」
「はいはーい、なんとかしてみまーす」
カリィの動きに勢いを増す。
いつもならばスリンをフォローするため、引いて備える事が多いカリィだったが、
エドガーの言葉に呼応し、形振り構わず思考の全てを攻撃に傾ける。
その荒々しい槍捌きに、伴って雑になる動きをスリンが素早く身体を入れ埋めて行く。
「おい、カチェス。てめえは直接狙う事を捨てろ。
馬鹿弟子が楽な姿勢とれないように、牽制多め、あと足下にばら撒け」
「わ、わかりました!えーと、牽制…と足下っ」
与えられたアドバイスを復唱しながら、ルイの行動範囲を狭める様に牽制。
時には、嫌がらせの様に足下にむけて射る。
その効果は絶大、対応を強いられるルイの運動性能が著しく低下した。
「炎の柱なんて中途半端に詠唱がなげー魔法使うな。
つか、詠唱がおっせーよ。俺が相手なら7回は死んでんぞ」
「ぐっ…がんばります」
「出来ない事言ってもしゃーねぇ」
「(じゃあ言わないで下さい)」
「弾系ならサクサク撃てんだろ?お前の火力を活かす連携っぽいけど。
お前そこまで大した火力ねーんだから、手数でいけ手数で」
「はい…」
「落ち込む暇あったらサクサク動け」
「はいっ!」
エドガーに心が折れる手前まで、好き勝手に言われ、
もうやけくそだと言わんばかりに火弾を次々と唱え、ルイに叩きこむ。
「あと、ハルピュイアの…なんだ、あー、一号、二号?
あー、お前たち優秀、メイン、お前ら好きにやれっ。わかったか?」
「「くるるるるるっ」」
二体のハルピュイアは、本能で強者エドガーの言葉に従う。
そんな強者からの称賛。気を良くしたのか俄然速度が増して行く。
4人と2体の既存の連携は、エドガーによって的確に再構築されて行く。
当初こそ染みついた癖と新しい連携の齟齬に困惑し、
些細な連携ミスも目立ったが、
新しい連携に慣れるに連れ、動きの質が恐ろしい速度で向上して行った。
当然、急激な難易度の上昇について行けない、
ルイの動きに翳りが見えはじめ、その精度は目に見えて落ちて行く。
ナルシェたちの動きを何度も何度も微調整させ、
やがて満足行く水準になったところで、
ようやくエドガーはルイに声をかけた。
「さっきから、ぽんぽことふっ飛ばされやがって。
学習能力ねーのかてめぇは」
「…うるさい」
「はっ、口応えできんなら良い。
防御なんざすんな、かわせ。ひたすらかわせ。以上」
「余計な口出ししなくて良い。やるって言ったらやるから」
漏れ出す殺気。
思わずナルシェ達の動きが止まる。
射殺す様な強い視線を受け、エドガーは獰猛な笑みを浮かべる。
「かかかっ、いいねいいね。何があったかしんねーけどいいぜ糞弟子。
…まあ、せいぜい気張れや。
おい、お前ら誰が手止めろっつった!せっかく良い感じになってたとこだろ。
せっかくだお前らもその連携の練度あげとけ」
「「「「はい」」」」
ナルシェ達はひと際大きく声をあげ気勢をあげる。
小さな、とても小さな少年、ルイ。
はじめての出会いは、ハンニバルの郊外。
そこで命を救われた。
再会はハンニバル。
そこで、迷惑をかけてしまった。
迷惑をかけたのは、私1人だけど。
―― ルイのために何か。
恩返しがしたい。
そんな事を思っていたら、クロエさんから話を持ちかけられた。
それはルイの訓練の手伝い。
一も二もなく飛びついた。
そして、依頼主であるギルドマスターとの面談。
英雄エドガー・ルクシウス・ワトール。
正真正銘、本物の英雄。
"無血無槍"
"武具に愛された男"
この人が出てくる本は数知れない。
ハンニバルのギルドに出入りはしていても、
直接話す事なんてないと思ってた存在、それが目の前に座している。
緊張で固くなってるのは私だけじゃない
無骨な面があるカリィ。
マイペースなスリン。
あがり症のカチェスなんかは、顔を青くしている。
「依頼内容はクロエから聞いてるな?お前さんらの事は偉く評価してやがったぜ」
自分たちのことが書いてあるのだろうか、
手にした資料に目を走らせてエドガーは笑みを浮かべる。
―― クロエさんっ、嬉しいけどっ!ハードルあげないでっ。
そんな、こちらの心境などは当然お構いなし。
淡々と依頼内容が告げられて行く。
「とりあえず、来週のこの日。頼めるか?」
「はい」
「そかそか、わりぃな。俺の弟子が手間とらせる」
驚いた。
座ったままとは言え、英雄に頭を下げられてしまったからだ。
「それで、これが報酬だ。別に討伐とかじゃねーから、持ってってくれ」
テーブルの上に金貨が積み上げられて行く。
20枚。
4人で借りている部屋の家賃、5年分。
驚く気持ちを必死に抑え、カリィ、スリン、カチェスに視線をむける。
みんな驚いてたみたいだけど、頷き返してくれた。
ひとつ大きく深呼吸。
そんな私を怪訝な様子で見る英雄。
「報酬は要りません」
「あ?」
私の言葉にかぶせるように、聞き返された。
怒ってはいないようだが、射抜く様な視線が怖い。
「私たちはみんなルイ君に一度、命を助けてもらってます。
これは恩返しのつもりですからいりませんっ」
緊張のあまり声が上擦ったりもしたが、
それでも精一杯はっきりと断った。
「へー」
探る様な眼つきで見つめられ、室内が沈黙に支配される。
「拉致られて奴隷落ち手前を助けられたんだっけか。
状況も聞いてる…お前ら、Cランク並に実力あっけど実績不足だって?」
「・・・ランクは自分たちであげます」
再び沈黙。
「かかかっ、あはははははっ!」
そして、それは英雄の笑い声で破られた。
「かかっ…はあ、笑った。ああ、気を悪くしないでくれ。
気持ちの良いやつらだなお前ら。誰1人今の言葉で揺れなかったぜ」
自分だけじゃなく、他の3人も嫌悪を示したようだ。
仲間たちが誇らしい気持ちになった。
「じゃあ、こうしよう。俺は馬鹿弟子のためにお前らを利用する。
その代わりっちゃなんだけどな、俺が強くしてやる」
「「「「是非っ」」」」
たった一度とは言え、英雄に師事してもらえる。
心が震えた。
そして今、その約束は果たされている最中だ。
言葉は悪いし、ちょっと怖い。
それでも、手応えを感じずにはいられない。
何かの魔法にでもかけられた様に私たちは成長している。
「つー訳でだ、取りあえずナルシェの魔力尽きるまで続けろ。
それまでガス欠なんてだせー真似すんなよ、ルイ」
「誰が倒れてやるもんか、黙ってみてろ師匠」
英雄と命の恩人。
2人はお互いに悪態をつきながら、お互い笑みを浮かべている。
少しばかり嫉妬してしまう。
「全員、気合入れ直そう」
「「「・・・」」」
カリィ、スリン、カチェスが強く頷いた。
「簡単にはいかないよ、ルイ君」
「僕もです」
可愛い笑顔を浮かべるルイ君の青い目が、英雄のソレの様に強い光を湛えていた。
ルイ 「ひさびさに戦闘シーンでしたね
エドガー 「俺は口だしてるだけで、お前ぼこぼこ、ざまあ
ルイ 「あ?
レオン 「お前たちの口喧嘩どれだけボツにしたと思ってんだ




