2章-弟子ときどき執事、ところにより激しい剣戟-②
「そそそそそそそそそそそそそそそそ」案件について。
解体して丁寧に洗ったら解決しますた。
馬車を降りたルイたちは、衛兵たちの練兵場の方へと足を運ぶ。
訓練に汗を流している衛兵たちは、その姿に気づくと大きく手を振る。
ここでの訓練当初こそ、幼いルイを怪訝そうに見ている者たちもいたが、
今ではすっかり打ち解け、可愛がってくれる彼らにルイも笑顔で応えた。
練兵場の奥には、騎士団の騎馬が預けられている大きな厩舎があり、
馴れた手つきで世話される騎馬たちが、心地良さそうにしていた。
職員たちも衛兵同様、ルイに気づくと手を振り、ルイもそれに応える。
目的地である練兵場の裏手、厩舎で使用する倉庫に足を踏み入れると、
ルイの到着を今か今かと待ち構えていた2人が駆け寄ってきた。
「きたか!ルイ」
「今日も可愛らしい」
これでもかと言うほどの満面の笑みを浮かべるシュナイゼル。
そして、ルイの頭を撫でながらうっとりとするセリーヌ。
2人にされるがままのルイは、抵抗する事を諦め小さく嘆息する。
ふと、背後から"良く知る"希薄な気配を感じ、
ルイが視線をやると、おぼろげな揺らぎが徐々に輪郭を作る。
「ゼル、リーヌ。後輩ちゃんは玩具じゃないんすから、
ある程度満足したら放してあげるっすよ」
「先輩…僕は犬や猫じゃないんですが」
「知ってるっすよ、犬や猫相手なら今ぐらい薄めると気付かれないっす。」
そう胸を張るルーファスにルイは再び嘆息した。
「ゼル兄様、リーヌ姉様、先輩もきたので訓練しますよ」
「兄様…」
「セリーヌ…」
「「ルイが兄(姉)様と呼んでくれた」」
2人は良く似た瞳を揺らし手を叩きあい歓声をあげる。
「新しい牢を何個かレオっちに作ってもらって設置してあるっす。
ゼルとリーヌはさっさとあん中に入るっす」
手を叩き、そう言うとルーファスは倉庫の奥に鎮座した牢を指した。
先ほどまで陽気にはしゃいでいたシュナイゼルとセリーヌは、
すぐに真剣な表情に切り替わり、指示に従って牢に入る。
「後輩ちゃん、わかってると思うっすけど」
「百舌は禁止」
「そういう事っす」
その返答に満足そうに頷き、ルーファスはルイの手や足を拘束して行く。
特異能力の使用制限は初日に課せられた縛りだ。
拘束から脱する程度のことで手札を切るよりも、
戦闘行動や逃亡時の際に、鬼札として切る方が効果的だと言われた。
「ここまで念入りに拘束する輩は、用心深く、手慣れてるって判断した方がいいっす。
拘束されている間に多少抵抗してみせると良いかもしれないっすね」
「ええと、冷静過ぎると疑われる?」
「まあ、そうっす。"こいつなんでこんなに余裕がある?"とか思われると、
無駄に警戒されて身動きが取りづらくなる可能性もあるっすからね。
後輩ちゃんはただでさえ子供なんだから、少しびびった方が自然っす」
今日までの間、簡素な牢と手首だけの拘束からはじまり、
徐々に脱出の難易度があがっていった。
その都度、ルーファスはこう言ったアドバイスを欠かさずルイに伝える。
曰く、拘束時ペラペラと喋る者は警戒心が希薄な傾向が強い。
曰く、間接が稼働しづらい様に考慮し拘束する者は対人慣れしている傾向が強い。
などなど、時には難しい言い回しもあるが、
"そういう相手は厄介だ"くらいの認識で良いと軽い調子でルーファスは笑った。
ルイの拘束が終わり、ルイを担いでルーファスは牢の中に入る。
続けてシュナイゼル、セリーヌの拘束していく。
別段、2人には指示やアドバイスはしない。
一度、不思議に思って訪ねると
"変に知恵つけて、勝手に行動されると後輩ちゃんが困るっすよ"と口にし、
その危険性をいくつかを教えてくれたので、
ルイも2人に縄抜けなどは教えないよう、心に決めた。
―― ジャラララ、ジャラ・・・ガチャン
「さて、準備完了っす。じゃあ頑張るっすよ。」
猿ぐつわされているため、返事は出来ない。
ルーファスの気配は倉庫の外を出たところで霧散した。
2人は全く動じていないのだろう。
ルイの耳には落ち着いた呼吸音が聞こえてくる。
初日は大騒ぎされたため、大いに困惑したものだが、
数回繰り返す内にルイの助けを待つ方が、迅速かつ確実だと気付いたのだろう。
それからは、ルイの思考の邪魔をしないように徹してくれている。
心の中で、2人に感謝を述べ、ルイは状況判断を開始する。
音から判断するに、牢は施錠の後に鎖で補強されているようだ。
そして、次に牢内の気配を確認。更に、倉庫内部全体の気配を探る。
牢内には、シュナイゼル、セリーヌ。
そして、牢のすぐ外に気配を隠す事なく2名。
それとは別に倉庫全体で5名。
倉庫の外、出入り口に3名。
更に遠くまで感知するとなると練兵場で訓練する者や厩舎を出入りする者など、
無関係な気配まで混在しているため、把握しきれない。
そして、最大の警戒対象。
ルイの気配察知では完全に捕捉出来ないルーファスの存在である。
実際、昨日の脱出訓練の際。
拘束を解き、牢を脱出。
いざ倉庫内の戦力の無力化へというところでルーファスの強襲。
呆気なく、シュナイゼルとセリーヌを取り返されて失敗。
それまで、順調にこの課題を攻略してきた故の慢心だった。
「なまじできるもんだから、完全にこの課題舐めてたっすね。
後輩ちゃんでも感知出来ない相手が俺っちしかいないとでも思ってるっすか」
ルーファスにしては少し語気の強い言葉。
判断の甘さに対しての指摘は当然だが、
ルイの中に芽生えた慢心は彼の琴線に触れた。
「見えないなら、気付けないなら、そこかしこにいると思えば良い。
その全てを警戒し、打倒するつもりでいないと死ぬっすよ」
まだ記憶に新しい苦い思いと、師の言葉を噛みしめる。
ルイの指先が微かに動き、手を拘束していたロープが音もなく地面に落ちた。
■■■■
「今日はいいのかい?」
ルイ達を拘束後、マサルとリズィクルのいる部屋に現れたルーファスに、
マサルはそう問う。
リズィクルも言葉に出さないまでも同じ事を思っていた。
「"いない相手に怯える"とか"いる前提で動け"って昨日伝えたつもりっすからね。
今頃はいない俺っちの影を探してどうするか模索してるんじゃないっすか」
「たしか"感知出来ない相手が俺しかいないとでも思ってるのか?"だったか?
絶対とは言わんが、そんな者はお前くらいしかおらぬだろうに」
「どこぞの頭領様とか…まあ、きっと2、3人はいるっすよ。」
ややルイを擁護する発言をしたリズィクルに、素気無くルーファスは応じた。
不満は多少あるものの、慢心する事が弟子に良い影響を与えない事は同意見。
釈然としないもののリズィクルは沈黙した。
「ルイ君への評価が一番高いのはルーファスだからね。
求める物もそれに応じて高くなるんだろ」
「直接戦闘、魔法魔術技能。その辺は俺っちの領分じゃないっすからね」
「評価していないのか?」
「してるっすよ。ただ斥候、暗殺方面の完成度の前では霞むってだけっす。
姿晒す事なく、相手に気取られる事なく始末する。
その点だけなら、後輩ちゃんの戦闘技能も現段階でも満点っす」
比肩する者はいないと言われるルーファスが、手放しで称賛する隠密性。
そんなルイがその気になれば潜入後、標的の暗殺は容易い。
「そんな話を聞いてたら。護衛止めて奪還戦で組み直そうかな。
あ、もちろん冗談だよ」
軽口にしても質が悪いマサルの言葉に、リズィクルは目を細める。
悪ノリが好きなルーファスも、さすがに非難するように顔を顰めた。
「こほん。じゃあ建設的な話をしようか。僕も明日にはここを発つからね。
2人の率直な意見を聞かせて欲しい。ルイ君は間に合ったかい?」
わざとらしい咳払いを加えたものの、その表情は真剣。
リズィクルはその見慣れた変貌ぶりに嘆息し、口を開く。
「感情的には反対な事には変わらん。
だが、貴様に間に合ったかと問われれば肯定しよう。」
「リズが妥協無しで出した課題をクリアっすか。やるっすね」
「1つを除いてな」
研究者としての側面を持つリズィクルが、容易な課題を出すはずはない。
言葉にして称賛したルーファスも、言葉にもせずとも同じ意見のマサルも、
戸惑いの表情を浮かべる。
リズィクルの性格上、ルイがいかに彼女にとって可愛い弟子であろうと、
一度出した課題は課題。
妥協するなど彼女らしくない。
その考えが顔に出ていたのか、リズィクルは言葉を続ける。
「魔力障壁の課題。結果、安定だ範囲拡大だ以前に、軽い遠隔操作して見せた。」
その言葉にマサルは二度目を瞬いた。
珍しくルーファスも驚きの表情を浮かべる。
「発現に関しては課題"土、風"は当然、やれと言った覚えのない"火"、
基本上位の"鉱石、電撃"も繰る。笑えることに近接と同時にじゃ。
詠唱文、魔術回路に関しては貴様らも度肝を抜かれるぞ。
詠唱文の習熟も目を見張るが、魔術回路を"筆記詠唱"でぽこぽこ描き、
その上で"キリがない"と悔恨を浮かべる。
筆記詠唱など教えた覚えはない、貴様じゃろルーファス」
「いや、ちょっと待って欲しいっす。
符術のくだりでやっては見せた事はあるっすけど」
「"見れば十分"と…いやぁ、なんというか・・・。
一を知り、十を成すを地で行く子だね」
聖属性、治癒属性、光属性と治療や付与などに優れた術師であるマサル、
符術を作成するために魔術回路や筆記詠唱に精通するルーファスも言葉を失くす。
「障壁の遠隔使用なんて、学園出るくらいにやっとだったよ。
ルーファスは、いつからだった?」
「マサルよりは早かったっすけど・・・学園にいた頃っすね。
いやあ、さっきは斥候やらの前では霞むって言ったっすけど、撤回するっす」
「・・・そうなると、あれ?」
「どうしたっすか」
「ルイが落とした課題って、
得意な魔法なんでもいいから習熟しろってやつなのかい?」
リズィクルから告げられる思いもよらないルイの成果を聞いている内に、
達成出来なかった課題と言う話題を記憶から掘り起こす。
「それに関しては出題者である妾の責任だ」
そう口にしたリズィクルは、かいつまんでルイとの会話を伝えて行く。
特異能力の汎用性の高さ、欠点。その欠点も発現で補う事が出来てしまったために、
一番、簡単だと目された課題がルイを苦しめる事となったと説明した。
「魔力総量っすか」
「急に増える物じゃないからね。こればかりは時間しか解決してくれない」
「将来的には色々、考えがあるようではある。
だが、先も言った通りこれは課題を提出した側の落ち度だ。
ルイが妾が課した課題をクリアした事は間違いない。
いや、むしろ想定以上の成果だと言える。
故に、ルイが望むのであれば今回の件はルイに託す事に否はない」
リズィクルはそう締めくくった。
「そうか。ルーファスはどうだい」
「問題ないっす」
「ま、まてっ!わかるように言わんかっ!」
「いや、だってないんすもん」
マサルの問いに即答。
ルーファスは、それ以上答えようがないと言下に述べた。
その態度にリズィクルは喰ってかかるものの、
ルーファスは、素気無く一言発するのみ。
「僕やエドはともかく、その答えじゃリズィクルもレオンは納得しないよ」
マサルがリズィクルへ助け舟を出す。
大袈裟に嘆息をついたルーファスは、しばし虚空を見つめ口を開いた。
「初日。ルイたちを拘束して牢に入れたっす。
結果、俺っちが牢の鍵を閉めていざ説明をしようとしたところで、
拘束を解除、牢の一部を特異能力で破壊。2人を連れて脱出。
改めて、訓練内容説明。倉庫内の兵力の無力化、特異能力の使用制限を課す。
3名が昏倒させられ、倉庫からルイ達が出てくるまでのおよそ6分。
それから・・・」
淡々と機械的にルーファスはルイの訓練結果を上げ連ねて行く。
「昨日は、ちょっとお灸をすえたっすけど。そもそも人攫いになれていない兵はおろか、
急ごしらえの傭兵や冒険者崩れの拘束なんて、後輩ちゃんには意味がない。
初日なんて、ゼルもリーヌも足引っ張りまくっての結果っすよ。
"問題ない"以外なんて言っていいんかね」
一息で最後まで言い切ったルーファスは、お手上げのポーズをしてみせた。
「今日の難易度は?」
「能力値に物を言わせたら、マサルとリズィクルなら余裕で脱出っすね。
まあ、増援に次ぐ増援がきたとしても2人なら気にも止めないでしょ?」
マサル、リズィクルともに閉口する。
2人には"力任せ"でしか、抜け出せない難易度。
「後輩ちゃんなら、仮に今からジュリアスにきちんと自己紹介しておいで。
って言ったら、はい、わかりました。って言って、
行ってきましたって帰ってくるっすね。
ああ、ただ鼻の良い翁だけ警戒しろって、
アドバイスは必要かもしれないっすけど」
オーカスタン王国、最大の都市である王都リクスパスタク。
白亜の城と呼ばれる王城。
当然、容易く忍び込める場所ではない。
その上、王太子の下へ侵入し何事もなく帰還可能とルーファスは言い切る。
―― トントン
静寂が訪れた部屋にノックの音が響き渡る。
ほんの少し間を開けて、執事のバイゼルが姿を現せた。
「シュナイゼル様、セリーヌ様、ルイ様の訓練が終了致しました。
それと、昼食の用意が整っておりますので報告にあがりました」
一礼をして、退出していったバイゼルが扉を閉めたところで、
ルーファスは、席を立ち大きく背伸びをする。
「ふー、15分ってとこっすか。なんの憂いもなく王都に戻れそうっすね」
「王都に戻らず、この目で見届けたい気分だよ」
「貴様が戻らんとそもそも事が起きんだろうに」
「ままならないね。・・・エドとレオンには2人から聞いた内容も報告した上で、
意見を聞いておくつもりだけど、それでいい?」
リズィクルの皮肉に苦笑を浮かべたマサルはそう問いかける。
2人は口を開くことなく頷いた。
「んー」
マサルと共に、王都へ向かう予定のルーファスは、
不意に足を止め顎に手をやった。
「なんだ」
「いや、レオっちって後輩ちゃんの装備ちゃんと自重するのかなって」
「・・・」
「・・・」
ルーファスのその問いに答える者はいなかった。
マサル 「あははは
リズィクル「なんだ、突然
マサル 「二章ってどこまで続くのかと思うと可笑しくなってきちゃって
リズィクル「この作者にまとめる力があるとでも思ってたのか
ルーファス「そそそそそそそそそ
リズィクル「やめれ




