■■2章-告げられる任務、改めて問われる覚悟。-■■⑤
「な、なんだこの子供はっ?!」
明らかに小さく弱い存在であろう眼前の子供が、
いつの間にかクロエを庇う様に現れ、自身の振った剣を一撃で叩き割った。
その異様な状況にイジートは、何か不吉な物を感じたたらを踏んで後ずさる。
「…それから、如何なる立場であろうともギルド職員に対しての恫喝行為、
脅迫行為は認められません。貴族の方にこの様な事を告げねばならないのは、
非常に心苦しいのですが。そのまま、お引き取り願えますか?」
「ひっ?!」
アイテムボックスから、取り出したかに見えるように影から大剣を抜き出し、
淀みない動作で剣先をイジートに向けルイは事務的にそう口にした。
その身にあわない大剣を、楽々と繰るルイの姿に、
更に恐怖したイジートは小さく悲鳴をあげる。
「「「うぉおぉおぉっっ!!!」」」
その瞬間、静まりかえっていた酒場から怒号の様な歓声が爆発した。
「やっちまえっ!ルイっ!」
「貴族相手だろうが、容赦なんかするんじゃねーぞっ!」
ハンニバル支部の小さな番人の登場で空気が一変した。
すっかり酒精が回った冒険者達がルイの名を呼び、口々に騒ぎ立てる。
先程まで不快な戯言を聞かされていた事で、
彼らの中には相当鬱憤が溜まっている者もいる。
だが、ルイが貴族相手でもいつも変わらず立ちはだかる。
そんな姿に溜まった鬱憤も一気に吹き飛ぶ。
「うわー…すごい人気。」
カチェスが祭りと化した酒場の雰囲気に苦笑を浮かべてそう零す。
「それより、ルイ君の動き目で追うのでやっとなんだけど。」
頬に冷や汗を浮かべて呟いたカリィの言葉に、
スリンも頭を掻いて困惑した表情を浮かべる。
ただ、ナルシェだけは、心配そうな顔でじっとルイを見つめていた。
ナルシェと同様、お祭り騒ぎに飲まれる事なく冷静な者もいる。
ルイとエドガーが訓練する様子を見て、
ルイの実力を少なからず把握している者たちだ。
当然、あの程度の私兵が全員でかかったとしても、
ルイが足を使いだせば捕える事は難しい。
ナルシェも彼らも別の事を心配しているのだ。
「おい…ルイ、あれ相当キレてねーか?加減する気ない様見えるぞ。」
「勢い余って、やっちまわねぇだろうな。」
「誰か、大将か統括呼んでこいよ。」
そう、ルイが怒りに任せて全員を屠ってしまうのではないかと気を揉んでいるのだ。
実際、ルイはクロエに刃を振るわれた事で相当憤っていた。
流石に命を取ろうと考えている訳ではないが、
軽い怪我で終わらせる配慮はするつもりはない。
イジートを睥睨する冷たい光を灯す群青の瞳がそう言下に告げていた。
「ばっ、馬鹿にしおってっ!不敬であろうっ!この忌み子も、後ろの亜人もっ!
貴族を蔑ろにした罪、償わせてやるっ!やれっ、全員捕縛しろっ!」
「「おおおおっ!」」
イジートの宣言を受け、私兵たちが一斉に抜剣し、気勢をあげた。
つまらないと言った寒々しい表情で、
それを眺めていたルイは、するりと私兵の群れに飛び込み大剣を横薙に振るう。
突如、懐に現れたルイに驚愕し対応が遅れた数人が、
直撃し呻き声を上げその場に伏した。
動揺に思わず、その動きを止める私兵達。
そんなあからさまな隙を見逃す訳も無く、
ルイはマサルとお揃いの大型の戦斧を抜きだし一気に振りまわす。
足下から振りあげ、身体を回転させ横薙。
大振り後の硬直したルイの隙を狙い距離を詰める私兵の攻撃を難なくかわし、
ルイは戦斧を手放し、私兵の鳩尾に掌底を叩きこむ。
体重が軽いとは言え、無手のルイが誇る最高火力の一撃。
いなす事も受け流す事も出来ず、近くにいた者を巻き込み、
吹き飛ばされた私兵の鎧は、小さな手の跡を中心にひしゃげて窪んでいる。
半数以上の私兵が床に伏し、苦悶の表情で呻き声をあげる中。
悠々とその中心に佇み、イジートを感情を感じさせない瞳で見つめるルイ。
「全員捕縛するには、些か数も実力も伴っていないようですが?」
「な…なんなんだ…貴様はっ?!」
「ただのギルド職員見習いです。」
驚愕のあまり顔を引き攣らせるイジートの絞り出すような問いに、
ルイはさほど興味も示さず、淡々と冷たく答え戦斧と大剣を影に仕舞い込む。
「それでまだ続けますか?そもそも貴方達は冒険者ではありません。
ここで騒ぎを起こしたとしても、ギルド職員では自衛のために迎撃はしますが、
罰するのは領主様とその騎士団です。逃げても追う事はありませんよ?」
淡々と告げるルイの背後に、回り込んだ私兵の1人が強襲しようと腰を落とす。
イジートの視界にもその姿が確認出来たのか、下卑た笑みを浮かべる。
だが、当然ルイがそれに気付かないはずが無い。
「くくくっっ!はははははっ!…愚か者めっ!」
「…その言葉、そのままお返しさせて頂きます。」
イジートの高笑いに眉を顰めてルイは、
その場で半身の姿勢で冗談から振り下ろされた剣を回避する…はずだった。
「…えっ。」
ルイと剣撃の合間に、ナルシャが庇う様に立ちはだかる。
ゆっくりと振り下ろされる剣。
そして、鮮血が舞った。
呆然と、その光景を眺めていたルイ。
「ちっ、あの女冒険者。ルイがあんなもん喰らう訳ねーだろっ?!
おい、誰か治療魔法でも聖魔法使えるヤツはいねーかっ!」
ルイと親しくしている冒険者の1人が、小さく舌打ちして声を張り上げる。
その冒険者の言葉通りナルシェは、ルイを"過小評価"していた。
エドガーと訓練を続けてきたルイの姿を知ってる多くの者たちは、
あの程度の不意打ちをルイが気付かないはずないと、
高をくくって様子を窺っていた。
だが、今日再会を果たしたナルシェは、
ルイが一体どれほど強いのか漠然としかわかっていない。
故に、不意打ちに気づいているとは知らずに飛び出したのだ。
倒れたナルシェの横で無防備にしゃがみ込んだルイの下に、
クロエとリルネッサが駆け込む。
ナルシェの傷口を確認し、リルネッサはその場で処置を開始した。
処置を開始したと言う事は、
急ぎ回復職を呼ぶまでも無い怪我で済んだのだろうと、
クロエは安堵し、ルイを励まそうとその顔を覗きこんだ。
「子爵、その私兵っ!あと他の皆も絶対にそこを動かないでっ!」
顔を蒼白に染め上げたクロエの叫び声を上げた。
その狼狽ぶりに冒険者たちはもちろん、イジート、私兵も動きを止める。
「あんた達、全員少しでも動くと…死ぬわ。」
努めて冷静な口調でクロエはイジートと私兵にそう告げて、
首元を指さした。
「ざわついても死ぬかもしれないわよ。
この子がここまで怒ってる初めて見たから…。
あんた達が死ぬことなんて、全然構わないけど。
この子にそんな事させたくないの。」
私兵たちは、近くにいる仲間の首元に視線を向けると、
全員細い糸状の物が巻かれているのに気付き、恐る恐る自身の首に触れる。
クロエの忠告が戯言などではないと気付いた私兵たちは、武器を下ろし動きを止めた。
「…おい…生きて帰れると思う…なよ?」
ゆらりと幽鬼の如くたちあがったルイは、俯きながらそう呟いた。
刹那、叩きつける様にむせ返る程の濃縮された殺気が吹き荒れる。
無作為に放たれた殺気の嵐は、冒険者達をも呑み込んで行く。
「……おいおいおい。」
「これが子供の出す殺気かよっ!」
「そんなことより、最悪アレを誰かが止めないとまずいって事わかってんのか。」
「「「「「っ!」」」」」
突然の変貌ぶりに、陽気に歓声を送っていた冒険者達も固唾を飲んで見守る。
ルイの実力を正しく把握している腕の立つ冒険者が呟いた、
暴走したルイを止めねばならない可能性を、
その場にいた誰もが笑い飛ばすことも、否定の言葉を紡ぐこともできない。
「…ったく、三下の小物相手になんつー顔してんだ。馬鹿弟子が。」
水を打ったように静まり返ったホールに、
あからさまに不機嫌そうな声でボヤキながら、
長く棚引く銀髪を揺らし、エドガー・ルクシウス・ワトールは現れた。
「…師匠、邪魔しないで下さい。」
「うるせーよ、てめぇがいたのになんだこの騒ぎは。
これしきの事をどうにも出来ないやつが、偉そうな口きくんじゃねぇ。」
抗議の言葉を、その顔を向ける事もなく素気無く一蹴する。
「この状況で、ルイだけを叱りつけるのはどうかと思うがな…。
ギルドでこの様な騒動を起こして無事に済まされるとは思わない事だ。」
レオン・ルクシウス・オーペルはそう口にするとイジートと私兵たちを睥睨した。
「後輩ちゃん、少し落ち着くっす。俺っちは鋼糸の訓練は三本からって、
言ってたじゃないっすか…指切れてるっすよー。」
ルイの肩に優しく手を触れたルーファス・ルクシウス・ソーは、
いつものおどけた口調でルイの傷だらけの指を一瞥してそう零す。
「この無能な屑どもめ……。ルイよ、その様な顔をするでない…。
強すぎる憤怒は判断を狂わせる事もある。
そもそも妾はそんな顔をした貴様を見たくない。」
リズィクル・ルクシウス・パルデトゥータは、
その美しくしなやかな薄紫色の髪を、激しい怒気と魔力の奔流で揺らす。
ルイに語りかける口調こそ、穏やかなものではあるが、
その額にはうっすらと青筋が浮かび上がっている。
「…僕が…やりますから、師匠たちは手を出さないでください。」
未だ俯き、自身の中で沸き上がる感情を制御出来ないままのルイ。
その頭に軽く手を載せたマサル・ルクシウス・コンドーは、ルイの顔を覗きこむ。
「この女性は、無事だよ。ルイ君、落ち着けとは僕は言わない。
その胸を締め付けているその感情は…その怒りと悔恨は、今ぶつける事はない。
もう一度言うよ?彼女は無事だ。君はまだ何も失ってはいない。」
「…油断…しました。僕が…。」
顔をあげたルイの頬は涙で濡れている。
悔しさで噛みしめたその唇からは、一筋の血が流れていた。
「そうか、ルイ君が油断したのか…。そりゃ自分の力で皆殺しにしたよね。
その気持ち、僕はすごい分かるよ…。経験もある。」
マサルが口にした言葉に、クロエやリルネッサ。
一部の冒険者が抗議の視線を向けた。
だが、エドガー、レオン、ルーファス、リズィクルの四人は、
反応する事もなく、ただじっとその言葉の続きを待つかの様に目を閉じる。
「だけどね、ルイ君。僕たちは誰もそれを望まない。そして認めない。
その怒りは何かを無くしてしまった時まで取って置きなさい。
君は何も失ってはいない、それにね…。」
マサルは言葉を止めると指先に魔力を込めて、ナルシェに優しく触れた。
穏やかな発光が、ナルシェを包み込む。
意識を取り戻したのか、ナルシェが弱々しく目を開けた。
ルイはナルシェに駆け寄り手を握る。
「ナルシェさんっ!」
「…ご…ごめ…んね。私…ル…イ君の…邪魔しちゃった…ね。
あれ…?なんで泣いてるの?…口…から血まで…出てるよ?」
頬に優しく触れたナルシェの手が優しくルイの涙を拭う。
「なるほど…ルイ君の油断だけが原因じゃないみたいだ。
それでも、八つ当たり染みた行為に溺れて、
そこの馬鹿どもを血祭りにしたいかい?」
笑みを浮かべたまま、再び気を失ったナルシェの手を握り、
俯き言葉を無くしたルイに、マサルは諭すようにそう言葉を投げかける。
「馬鹿弟子。邪魔だ、怪我人を速やかに医務室へ運べ。」
突き放す様に冷たく言い放ったエドガーの言葉に、ルイは微かな反応を見せる。
レオンは、エドガーに一度視線を送るとルイの側で、
呆然としているクロエとリルネッサに声をかけた。
「2人はルイと彼女についていってやってくれ。後で報告を聞く。」
「はい。」
「…わかった。リルネッサ、ルイをお願い。」
クロエはそう呟き、ナルシェを肩に担ぎいむ医務室へ向かって歩き出す。
カウンターで様子を見ていた職員達が手を貸す姿を、
ルイは未だ呆然とした顔で眺めている。
リルネッサは、ルイを抱きあげるように起こし、クロエの後を追う。
「ルイ、一回しか言わねぇぞ?…守るっつーのはな、そんな簡単じゃねーんだ。
そんなツラする時間があるなら、絶対忘れるな。」
項垂れたルイを一瞥する事もなく、表情も変えることなくそう告げたエドガー。
「…はい、絶対忘れません。」
肩に添えられたリルネッサの手を、やんわりと退けルイは、
一度振り返り師たちに頭を下げ、しっかりとした足取りで歩き去って行く。
先ほどまでおぼろげだった、その目には強い意思の光が灯っていた。




