■■2章-告げられる任務、改めて問われる覚悟。-■■④
少し体調不良が続き不定期な更新が続いていますが、何卒ご容赦下さい。
武家屋敷の成り立ちや、閥員であったオルトックが何故今は辺境伯になったのか。
嬉々としてクロエはルイに話して聞かせた。
「…基本的にエドが何か閃くか、マサルが何か企むと被害者が出るのよねっ。
ルイ君も気を付けた方が良いよっ。」
「はは、どう気を付けて良いか全然ピンとこないけど、気を付けてみます。」
そう苦笑しつつも答えたルイは、背後から頭を撫でられて振り返る。
そこには、心配そうに表情を曇らせたハィナが立っていた。
「ルイ君、ちゃんと食べてる?
昨日も大怪我してあまり食べてなかったでしょ?」
前髪をあげ、ルイの額にハィナは額を重ねた。
しばらくして、納得したのか今度は腕や足を手に取り、
順に怪我の有無を確認して行く。
どこにも怪我も無い事に安堵の表情を浮かべるハィナ。
テーブルに、ルイの追加分の料理を並べながらリルネッサが口を開く。
「昨日、誰かさんが大怪我して食事時になっても姿見せなかったから、
心配でしょうがなかったみたいよ?」
「…ごめんなさい、ご心配おかけしました。」
「元気ならいいのよぉ、ほら朝も元気な姿見せてくれたけど。
今日も訓練だって言ってたでしょ?
普段なら、もっとお代わりに来るのに中々来ないから、
また怪我したのかと思っちゃったのぉー。」
「ふふ、ハィナ。安心したでしょ?」
夕飯に顔を出した事で一度は安心したものの、
普段食べる量の半分も食べていない。
1人気を揉んでいたところにリルネッサが、
そんなに心配なら直接確認したら良いと、連れて来たのだ。
「安心しましたぁ。私も食事時のピークも過ぎたから御一緒しちゃおうかなぁ。
たまにはルイ君とゆっくりご飯食べてお話するのも楽しそうだしぃ。」
「それいいねっ!ルイ君とさっきまで開拓の時の話してたんだっ!
ハィナにもルイ君、質問してみたらいいよっ?」
クロエがキンキンに冷えたエールを口に運び幸せそうな笑みを浮かべる。
質問と言われ先ほど気になったが、
聞きそびれた事を思い出したルイは、食事の手を止めた。
「"繋げる"とは…んぐっ?」
ハィナの手の平が素早くルイの口を塞ぐ。
突然口を塞がれたのにも驚いたが、動きの速さと滑らかさに思わず目を見張った。
呆気にとられたルイと優しく微笑みかけ片目を閉じるハィナ。
「ん、誰も変な反応はしてない。聞かれてないっぽいねっ。」
クロエの耳がピクピクと小さく動かし、
そう零すと少しだけ纏っていた警戒する様な空気を弛緩させる。
「…少し耳を貸してくれる?」
頷いたルイの耳元に、リルネッサは顔を近づけた。
「武家屋敷にはね、リズィクル様と統括が作った特殊な魔道具があって、
それを使えば簡単に武家屋敷と術式を繋いだ場所を行き来出来るの。」
「…転移の魔道具。」
「その様子だと、誰かの耳に入れてはいけない話だと言うのはわかったみたいね。」
ルイが小声で少し不安そうな顔でそうこぼしたのを見て取り、
リルネッサは、察しの良いルイの頭を軽く撫でて席に着く。
「あそこはびっくり箱みたいなところだから、ルイ君退屈しないかもねっ?
…ちょっとだけ内緒が多いところだけど、ルイ君なら平気でしょっ。」
クロエはルイを見つめてやんわりと微笑む。
言下に"あまり大勢の場所でする話ではない"と、
釘を刺された事を理解したルイは、クロエの目をしっかり見つめて頷く。
そんなルイの様子にクロエは嬉しそうに尻尾を揺らしエールを口に運んだ。
「でも、どうして急に武家屋敷の話なんかになったのぉ?」
分厚いベーコンが添えられたシチューを堪能しているルイを、
にこやかに見守っていたハィナは疑問を口にした。
リズィクル、ルーファスから、明日からそこに赴くかもしれないと告げられた事や。
今日、魔法の訓練をした事で今後広い場所じゃないと訓練が難しい事、
今まで漠然と掃除に使っていた能力を全然把握出来ていない事などを説明した。
クロエとリルネッサは、漠然と武家屋敷で訓練させるかもしれないとだけ、
レオンから聞かされてはいたが、何故だろうと少しばかり疑問を抱いていた。
だが、こうしてルイの説明を受け、特異のための処置だろうと理解し納得した。
「なるほどねーっ、ルイ君のアレは大っぴらには使えないもんねっ。」
「自分の能力を、きちんと把握するのは大切だものね。」
ハィナも2人と同様、ルイの説明を受けエドガー達が、
ルイを武家屋敷で寝泊まりさせて訓練させる事の必要性を理解した。
「それで、明日から寝泊まりする事になった場所が、
どんな処かって、武家屋敷の話をしていたのねぇ。
あそこはなら、遠慮なくアレ使って訓練できるから最適だね。」
「ハィナさんも閥員だったとは聞いてましたけど…戦闘も出来るんですね。」
ルイは先ほどの手の動きを思い返しながら、ハィナの顔を見つめそう口にした。
「戦闘は前から苦手だから、今と変わらず食事当番だよ?」
「…苦手?あれで?あははっ!」
クロエは一瞬顔を顰めて笑いはじめる。
「ごめん、エールとワインお代わりお願い出来る?
ハィナとシェラには、私たち手も足も出ないのよ?」
空いた食器を片づけにきた従業員に、
飲み物の追加を依頼したリルネッサは、ルイに笑いかける。
「…ハィナさんとシェラさんのお小言は、あの師匠にすら効果ありますもんね。」
「私とシェラちゃんは、エドが小さい時から知ってるからかな?
悪い遊びとか、やんちゃが過ぎるといつも叱るのは私たちの仕事だったからぁ。」
何故、あの傲慢の塊の様なエドガーが、ハィナとシェラには頭が上がらないのか、
常々不思議に思っていたルイは、ハィナが口にした答えに少しだけ首を傾げる。
幼馴染と言う理由だけで、あの横暴なエドガーが大人しくなるのだろうか
「ルイ君、まだ食べれそう?そろそろ厨房に戻らないとだから、
ついでにお代わり持ってきてあげるねぇ。」
「僕、自分で取りに行くから大丈夫ですっ!」
「いいの、いいの。食べ足りなかったらまた声かけてね?
沢山食べてくれるだけで私は嬉しいから。」
ルイが席を立とうとするも、ハィナは優しく肩に手を置いて制しする。
クロエとリルネッサに軽く手を振り、ハィナは厨房に戻って行った。
再びルイの下に料理が運ばれ、ルイは次々と小さな口を精一杯広げて平らげて行く。
「ふふっ、ルイ君の何処にその量の食事が取り込まれてるのかしらね。」
「ほんとっ、ルーファスも凄いけどルイ君も負けてないねっ。」
口をぱんぱんに膨らませたルイはそうですか?とでも言いたげに首を傾げる。
2人はそんなルイに首を横に振って見せ、口にジョッキとグラスを運ぶ。
「貴様っ!私が誰かわかっての狼藉であろうなっ!」
夕方を過ぎ夜も更ける頃に、ギルドを訪れる冒険者はほとんどいない。
がらりとしたホールから突然怒鳴り声が響き、酒場の喧騒がぴたりと止んだ。
「イジート子爵様、冒険者ギルドは独立独歩の組織でございます。
いかなる権力をお持ちの方であろうと、公平な裁量を認められております。」
「うるさいっ!うるさいっ!貴様たち職員も、オーカスタン王国の民であろうっ!
何故平民ごときが私の言う事に逆らうのだっ?!」
ギルドに緊急の依頼を持ちこむ者や、
遅い時間であっても清算を急ぐ冒険者のために、設けられた窓口。
酒場の入り口に程近いルイたちのテーブルからは、
そこでは、本日の担当職員が、激昂して喚く貴族然とした男に対して、
毅然とした態度で対応している様子が窺える。
イジートと呼ばれた男の部下であろうか、
同じ作りの鎧に身を包むものが数人、背後に並び威圧的な態度で職員を睨みつけていた。
ホールへ加勢へ向かおうと、ルイは静かに立ち上がる。
「ルイ君、ああいう馬鹿な貴族を相手すると疲れちゃうから、
"ルドス"に任せて置きなさい。関わって得になる事はないわ。」
「そうだよっ!ルイ君はあんな馬鹿貴族の相手なんてしなくて良しっ!」
ルイと浴室で一緒になると、敬語や礼儀作法を丁寧に教えてくれる優しいルドス。
そんな彼に任せておけばいいと、
リルネッサが珍しく険のある物言いで呟き、ルイの肩に手を置いた。
それに同調するように陽気に答えたクロエも、陽気さを窺えるのはその口ぶりだけで、
鋭い視線で貴族を一瞥し、苛立ちを隠す事なくエールを流し込んだ。
後ろ髪をひかれる思いはあるが、2人にそう言われてしまえば、
ルイが出しゃばる訳には行かない。
2人の言う通り対応はルドスに任せる事に決めたルイは、
改めて席に付き、香辛料の芳しい匂いを放つシチューに手をつける。
だが、ホールの騒動に気を取られているのは何もルイだけではない。
酒場で陽気に飲んでいた冒険者達も、
何処か険呑な雰囲気を漂わせホールの様子に聞き耳を立てている。
1人熱をあげて騒ぐイジート、淡々とそれを受け流すルドス。
一向に収まらない押し問答の最中、
初めは数える程しかいなかった鎧を着た従者たちが20人程に膨れ上がる。
ついに、イジートは腰に帯びて鞘から剣を抜き、ひと際大きな声で叫ぶ。
「ふざっ、ふざけるなっ!子爵であるこの私自らが、わざわざここまで足を運び、
こんな辺境で冒険者などと言う危ない仕事をしている女共を、
召し抱えると言っているのだっ!だから、お前は大人しくリストを出せっ!」
誰が聞いても呆れる程、理不尽な物言いが、静まり返った酒場に木霊した。
楽しい酒宴をぶち壊してくれた馬鹿な貴族に、女性冒険者たちはもちろん、
男の冒険者達からも危険な気配が漂いはじめる。
「「「「あーーーーーっ!!」」」」
一触即発の不穏な空気を切り裂く、陽気な声がギルド内に響き渡った。
今しがたギルドに戻ってきたその声の主達は、
物々しい雰囲気に気づかなかったのか、関心がなかったのか、
そのまま酒場の入り口までやってくると、
そこにルイの姿を見つけ、歓喜の声をあげたのだ。
「あ、ナルシェさん?!それにカリィさん…スリンさんもカチェスさんっ!
久しぶりですねっ!護衛任務で遠征していると聞いてましたが、今日お戻りですか?」
ルイも歓声の主の正体にすぐ気付き、笑顔を浮かべて両手を振って応えた。
ギルドやって来たルイは当初、郊外の草原で出会ったナルシェ達の姿を、
一向に目にしないため心配していた。
そんなルイの様子に気づいたクロエが、
ナルシェ達が懇意にしている商会から指名依頼を受け、
王都や他の都市を巡る商隊の護衛として遠征に出ていると教えてくれた。
ルイ自身も再会を心待ちにしていたため頬が緩む。
「なんでルイ君がここにいるの?!ってか、凄い喋れるようになってるっ?!」
「えっ?!なんで制服着てるの?!」
「久しいな…少し大きくなったか?見違えたぞ。」
「クロエさんとリルネッサさんと、酒場でご飯とか…。
よく男連中に絡まれないわね。」
そう矢継ぎ早に質問を口にしながら、すぐ隣のテーブルに陣取るナルシェ一行。
カチェスは周囲の男達が、ルイを温かく見守る視線に首を傾げる。
「あははっ、そんな一度に質問されても答えられないですよっ。」
苦笑いを浮かべたルイは、ナルシェたちに簡単にではあるが冒険者ギルドに預けられ、
現在はここでギルド職員見習いとして過している事を伝える。
「ギルドマスターの弟子…。」
「マスコット…。」
「うわ、男共気持ち悪いくらいルイに笑顔で手振ってる…。」
「…いやぁ、色々驚いたけど楽しそうに暮らしてるって事だね。
それにしても只者じゃないとは思ってたけど、すごいねっ!ルイ君はっ!
再会できて嬉しいよ。改めてあの時は助けてくれてありがとっ!」
以前、草原で自分達が少年に救われた事があると、
彼女たちから聞かされていた一部の冒険者達はその様子を見て、
件の少年がルイであると理解し、面白おかしく共に飲んでいた仲間に告げる。
そり情報はあっと言う間に、酒場中に伝播し皆、顔を緩めてルイを讃える。
「そろそろ、こっちにも絡んできそうね。」
「リルネッサ、私エド達呼んでくる。ルイ君の事お願いね。」
そんな穏やかな空気を取り戻した酒場の中で、
クロエとリルネッサだけは、ホールで未だに騒いでいる貴族の警戒を、
怠ってはいなかった。
ナルシェ達の登場で悪目立ちしたルイたちのテーブルに、
幾度となく視線をおくるイジートが接触してくる前にクロエは行動を起こす事にした。
クロエが酒場を出て、ホールを通り抜けようとしたところで、
イジートと数人の従者によって道を遮られてしまう。
「あの、そこを通して頂けます?」
慇懃無礼な態度で、そう告げたクロエは嘲笑を浮かべ瞳孔を細める。
あからさまな挑発行為に、イジートは更に苛立ちを募らせた。
「…どいつもこいつも。私を馬鹿にしおって……この亜人風情がっっ!」
ついに癇癪を起こし、手にしていた剣をクロエに振り下ろす。
クロエは、自身の肩口に襲いかかるその刃を回避する事もなくただじっと見つめた。
回避する必要などないのだ。
心強い気配がいぐそこまでやってきているのだから。
――バギィィッ
クロエに迫る剣の腹を掌打で打ち抜き、
叩き折ったルイは突然の出来事に狼狽するイジートを睥睨し口を開く。
「……クロエさんは獣人族であって、"亜人"ではありません。訂正して頂けますか?」
ナルシェ
「ひっさしぶりの出番で、口調すっかり忘れてたから少し慌てたわ。」
ルイ
「本当ですよね、2章の中盤くらいで再登場するって聞いてたのに。
もうだいぶ後半ですもんね。」
ナルシェ
「94話にエピソードいれて、一章と話数あわせるとか…もう諦めたら?」
ルイ
「あははは…。」




