■■2章-告げられる任務、改めて問われる覚悟。-■■③
そんな優しくゆるやかな時間をリルネッサとルイが楽しんでいると、
今度こそ仕事を終わらせたクロエが漸く合流する。
クロエが合流してから、夕食にすると予めハィナに伝えてあった事もあり、
さほど待つこともなく、3人が座るテーブルには、
美味しそうな匂いを漂わせた食事で埋め尽くされた。
「ほらほら、ルイ君。口元にソースついてるよ?」
今日もハィナ特製の夕飯に、御満悦のルイは次々と平らげて行く。
クロエは甲斐甲斐しく、そんなルイの世話を焼き恍惚の表情を浮かべている。
多少不気味な笑みを浮かべる友人と、一心不乱に料理に貪りつくルイを見て、
楽しげに目を細めるリルネッサは、静かに口へワインを運んだ。
夕飯時を迎え、伏魔に潜って久しぶりに味わう酒に頬を緩める者や、
依頼を無事終え共に行動した仲間たちと労う者。
逆に、依頼に失敗したのだろうか、若干陰鬱な空気を纏い項垂れる者。
ギルド内に併設されている酒場は、事情は様々であるが今日も冒険者で溢れ返っていた。
酒場出入り口により近い場所にあるルイ達が座すテーブル席は、
カウンターから離れている事もあって利用する者は少ない。
今では"ルイの特等席"と、ここを利用する冒険者達にも広く知られている。
「あーっ、腹減ったぁ。流石にこの時間まで手こずる依頼とは思わなかったぜ。」
「ああ、全くだ。もう少し準備を整え行けば良かったな。おおっ!ルイっ!」
「あ、ほんとだ。しっかり喰ってるか?早くでっかくなれよっ!」
「クロエちゃんに、リルネッサちゃんとお食事って…また綺麗所を侍らしやがって。
羨ましいぞっ、この野郎っ!」
冒険者ギルドの職員見習いとして、まだ二か月足らずの短い期間ではあるが、
見た目の愛くるしさと、訓練所で奮闘する姿を見た冒険者達に受け入れられ、
ハンニバル支部のマスコット扱いされるに至ったルイ。
現在では、酒場を利用する者たちの多くは、
一度、特等席にルイの姿の有無を確認する者も多い。
「ケセさん、テクハさん、ハロネさん、おかえりなさいっ。」
ぼやきながら酒場に最初に現れ、しっかり食べろよと声をかけたケセ。
ルイに初めに気が付き手を振ったテクハ、
声は出さないものの、いつもの優しげな笑顔で手を振るハロネ、
それぞれにルイは笑顔で声をかける。
「…おい。」
「どちら様でしたっけ?」
三人の様子を細かく窺い、何処か怪我でもしてないかと隈なく確認するルイに、
1人だけ名前を呼ばれなかった男が額に青筋を浮かべてルイを睥睨する。
「なーんでいつも俺だけ対応がわりぃんだよっ!」
「あははっ、冗談ですよモセロさんもおかえりなさい。
怪我がなくて何よりです。前みたいに大怪我して帰って来たら本当に忘れますよ?」
「…ったく、おう。ただいま。」
最後に、クロエとリルネッサと共にいる事を追及して、
乱暴にルイの頭を撫でた男にルイは、悪戯っぽく笑いかける。
一度、致命的な怪我を負い運び込まれたモセロは苦い顔をして頭を掻いた。
「モセロはあれから事あるごとに、ルイにあんなツラされたらたまんないからよっ!
とか言って、油断しなくなった。ルイのお陰だ。」
口を挟む事なく笑顔を浮かべていたテクハがルイの肩を軽く叩く。
「てめっ、テクハっ!こっ恥ずかしい事いってんじゃねーよっ!
ルイ、間に受けるなよっ!ってか、腹減ってんだよっ、行くぞっ!」
「「「あははははっ」」」
顔を若干赤く染め、動揺したモセロは大声あげて大股でカウンターに向かって行く。
仲間達も一頻り声を出して笑い、ルイに手をあげてモセロの後を追っていった。
「…ルイ君は、本当に皆から好かれてるわね。」
食事を開始して今ので、何組目になるだろうか、
酒場に現れる冒険者から、引っ切り無しに声をかけられ続けるルイ。
今は再び席に付き、太く大きなエビを衣に包み、サクサクに揚げられたフライに、
たっぷりとソースをかけて一気に頬張った。
去って行った冒険者たちの背を目で追いかけていたリルネッサはそう零し、
一心不乱に食事を掻きこむ姿を見て、更に笑みを深くした。
「人気でない方がおかしいわよ、こんだけ可愛いんだからっ。
ねね、お姉さんルイ君成分まだ足りないんだけど、頬ずりして良い?」
「食事中は止めて下さいっ。」
リルネッサの言葉に、語気を強めて同意したクロエは、
得物を見る様な目でルイを見つめそう口にするも、
食事に夢中になっているルイに素気無く断られ肩を落とす。
以前に、食事しているルイの邪魔をしてしまい、
しばらく口を聞いてもらえなかった経験を持つクロエは渋々ながらも引き下がる。
「でもさぁ、最近ルイ君、全然私たちの事構ってくれないじゃん。
陛下とかリズとかルーファスさんとばっかり一緒にいるでしょ?
クロエお姉さん、ルイ君成分が不足して死にそうだよ。」
そう不満を漏らし、ジョッキに残っていたエールを一気に飲み干したクロエは、
若干不服そうに頬を膨らませて、テーブルに伏す。
ルイは、思わず申し訳ない気持ちで謝罪を口にしようにも、
口いっぱいにフライを頬張ってしまっているため、如何ともしがたい。
「こら、ルイ君だって遊んでいる訳じゃないのよ?
困らせる様な事言わないであげなさい。
ルイ君もクロエの我儘なんて気にしなくて良いからいっぱい食べて?」
リルネッサはやんわりクロエを窘め、ルイにそう告げると空いたグラスに水を注ぐ。
当然、ルイをダシに使われると何も反論出来なくなってしまうクロエは、
ルイに向き直ってごめんね。と舌を出して謝罪を口にする。
「でも、しばらくの間、ルイ君は"武家屋敷"で寝泊まりするって言うしなぁ…。
いっそ、向こうに詰めてるタイタスさんに代わってもらおうかな…。」
空いたジョッキを片手に、肘をついて手遊びしながらクロエは独りごちる様にそう零す。
「ふふっ、タイタスさんがクロエの代わりに受付で対応なんかしたら、
貴女のファンからのクレームでタイタスさん心がポッキリ折れちゃうわよ。」
「…かと言って、シェラに頼んだらめっちゃ怒られる未来しか見えない。」
心が折れて灰になったタイタスと、
怜悧な瞳で睨みつけてくるシェラを想像したクロエは、再び顔を伏せる。
「リズィクル様がギルドと"繋いでくれる"みたいよ?
マスターも、統括もこっちで仕事あるから向こうに滞在する訳にいかないって話だし。
それに、ルイ君からハィナの食事を取りあげるのは訓練とは言え、
些か気が引けるって陛下がおっしゃったみたいよ?」
「流石、まさ…陛下様っ!」
リルネッサから齎された情報に歓喜するあまりに、
以前のノリでマサルを呼び捨てしようとしたクロエが慌てて言い直す姿に、
リルネッサは可笑しそうに口元を覆った。
そんな2人の会話をハィナの料理に舌鼓をうっていたルイは手を止める。
"武家屋敷"と"繋ぐ"と言う言葉に、
ルーファスとリズィクルから、食事前に聞かされた内容を思い返し疑問を口にする。
「武家屋敷って有名な場所なんですか?領城の敷地内にあるとは聞いたんですが。」
「有名…んー。開拓の時からハンニバルに来た人達で知らない人はいないかもだけど、
それほど有名って事はないわよ?」
「そもそも、観光で行く様なところではないわよ?
私とクロエにしてみたら、派閥家としての思い入れが強いくらいかしら…。」
「派閥家?」
再び聞き慣れない言葉が飛び出し、ルイは困惑した表情を浮かべる。
「簡単に言うと派閥の本拠地ってところかな、閥員は全員そこに住んでたの。
ルイ君は私たちが派閥に属してたみたいな話は誰かから聞いた事ある?」
「先生と教授からそれとなくですけど、詳しくは聞いてません。
ただ職員の皆さんの中にも、同じ閥員だった人がいるって聞かされました。
…って言う事はクロエさんもリルネッサさんも同じ派閥に?」
「そそ、あとはタイタスさんと、シェラにハィナ。それからナグリさんもそうだよ?
昨日ルイ君があった今は領主やらされてるオルトック、バイゼルの爺様もそう。」
恐らくそうではないかと想像していた事もあり、
さほど名前があがった面子に関してはルイは動揺する事なく説明を受け入れる。
だが、興味を抱かない訳ではない。
なにせ、師匠たちが所属していた派閥である。
クロエの身体能力の高さは、思い知っているルイだが名前があがった元閥員も人並みはずれた力の持ち主なのだろうか。
「ふふふ、ルイ君の師匠である皆さんに比べたら、
私やクロエなどどうと言う事はないわよ?」
「そりゃそうよ、あの人達は別格。私たちなんてS級に毛が生えた程度だもん。」
クロエが肩を竦めてそう口にしたが、そうそう聞き流せる内容ではない。
ルイは食事する手を止めてじっと2人を観察する。
「ルイ君、女性をそんなにじろじろ窺うものじゃないですよ?」
「私は別にいいけどね、むしろもっと見てっ!」
普段と少しも変わらず、おどけて見せるクロエと窘める様にそう口にしたリルネッサ。
強者特有の厳かな雰囲気は2人からは感じ取れない。
だからと言って2人が大袈裟な物言いをしたとも考えられない。
「ふふ、強そうに見えないでしょ?」
そんなルイの困惑を見て取ったリルネッサは、
ルイの耳元に顔を寄せ優しい声音でそう囁く。
「ルイ君もそのうち覚えると思うけど、隠蔽系の技能の中にこういうのもあるのよ。
隠さなくても普段から、マスター達に訓練されてるルイ君から見たら、
私達が隠蔽を解いても大した事はないと感じちゃうかもしれないけどね。
クロエはエールでいいの?ルイ君は食事なにかリクエストある?」
そう言って立ちあがったリルネッサは、クロエの空いたジョッキを片手にとり、
ルイが食べ終えた食器を重ねてそう訪ねる。
ルイは自分でおかわりしに行くと告げるもお酒を取りに行くついでだからと、
やんわりと座席に留める様に肩に手を置かれ、その言葉に甘える事にした。
「…リルネッサ、ああ言ってるけど怒るとほんと怖いんだよ。」
「それ、いらない情報ですよクロエさん。」
リルネッサが去ったあと随分と静かだなと、
視線を送るとクロエが肩を震わせてそう呟く。
ルイ自身薄々は勘付いてた事を、
わざわざ報告してくれたクロエに、呆れた顔を浮かべたルイは嘆息する。
「武家屋敷って領城内にある建物なんですよね?」
「昨日、領城行った時に見なかった?結構目立つ建物だよ?
門を抜けて、田園風景の真ん中にすっごい大きな変わった建物なかった?」
昨日、そのあまりの美しさに思わず息を呑んだ景色を思い起こすルイの脳裏に、
確かにクロエが口にした内容に符号する物が存在した事をルイは覚えている。
「…あれって先生が滞在している建物ですよね?」
「そそ、あれが武家屋敷だよ。」
ルイは思わず息を呑む。
師とは言え、現国王が滞在する屋敷に一時であろうが、
自分が住まうなどどう考えてもおかしい。
更に、いまはシュナイゼル、セリーヌまで滞在しているのだ。
ルイは料理に手をつけるのを止め、頭を抱えて塞ぎこむ。
「なーるほど、僕なんかがそんなとこで生活して良いはずはないだろう。
今は両殿下も滞在してるのにっ!って感じ?気にしなくていいよー。
陛下…マサルも他のルイの師匠達もルイが思ってるより普通の人たちだよ?
シュナもセリちゃんも可愛かったでしょ?」
ルイの頬に手を当て、クロエがじっとルイの瞳を見つめてそう口にする。
いつも陽気な雰囲気はそこには無く、ただただ真剣にルイを覗きこむ。
「ルイ君も私も普通の人、誰かに優しくしたければするし、害されれば排除したい。
王様やったり、ギルドマスターやったりしてるけど私たちと変わらない普通の人達。
ルイ君まで特別扱いしたら、きっと淋しくなっちゃうよ。」
クロエがこの時、ルイに何を伝えたかったのか。
リルネッサが席にいたのであれば、それは正しく伝わったのかもしれない。
ただ、全てを汲み取る事は出来なくても、
クロエが必死に何かを伝えようとしている事は確かに伝わる。
「僕はただの弟子です。きっとこれからもそれは変わりません。」
「ルイ君?」
「先生が陛下だから僕の師匠になった訳じゃない。
マサルさんだから師匠になってくれた。それがたまたま国王陛下だった。
…わかっている事でも口にするととんでもない話ですね。」
頬を抑えつけられたままルイはそう口にして笑う。
クロエはそんなルイをしばらくじっと見つめ、手の力を緩めて声をあげて笑う。
「うんうん。それでこそエドたちの弟子だよっ!
だいたい武家屋敷だってねっ、マサルとレオンがなんかこそこそ話してるなーって、
皆で不思議がってたんだよっ!そしたらね、次の日にはリズまで巻き込んでねっ!」
普段と変わらない雰囲気を纏うクロエは笑みを湛えてルイに語りかけ、
尻尾を揺らしながら眩しいほどの笑顔の大輪を咲かせた。
ルイ
「んーんー。なんかクロエさんの調子が変わったせいか、のどがいがいがします。」
クロエ
「それは風邪だね。」




