■■2章-ルイ育成計画本格始動-■■⑥
今もなお、影から吐き出し続ける謎の黒い鎖に、
思わず素っ頓狂な声をあげたルーファスは、
隣で驚愕のあまり硬直しているルイの肩を揺さぶる。
「いやいやいやっ、後輩ちゃんが一番驚いてどうするっすかっ?!何したっすか?!」
「…何もしてないです。どうしましょう…これ。」
珍しく慌てた様子のルーファスの呼び掛けに、
放心状態だったルイは我に返るも困った顔でルーファスに問いかける。
「リズっ!ちょっとトラブルが起きたっすっ!」
離れた場所から2人の訓練を見守っていたリズィクルに、
ルーファスは大声を上げて呼び掛ける。
そのあまりの狼狽ぶりに、リズィクルは急ぎ駆けつけた。
怪訝な表情を浮かべ、黒い鎖を睨みつけるリズィクルに、
ルーファスは"これ"が発生した経緯を主観を交える事なく手短に説明する。
その間もどうにか、鎖の排出を止めようとルイは四苦八苦するも効果はない。
「……なるほどな、状況はわかった。
ルイよ、それは放置して構わんから妾の質問に答えてくれるか?」
「えっ?はいっ。もちろんそれは構わないですっ。」
「ふむ。ではルーファスは、少し離れて迎撃準備しろ。」
「ん?よく分かんないっすけど、迎撃したらいいんすね?わかったっす。」
「その鎖を繰る事は出来そうか?」
「これをですか?」
「ああ、仕舞う事は一度忘れていい。少しだけその新しい鎖でルーファスを攻撃してみろ。」
「やってみます。」
リズィクルの言葉に頷いてルイは、少し離れた場所に位置取ったルーファスを見やる。
途端に、再び影がざわざわと蠢き、逆にそれまで蠢動を繰り返ししていた"黒い鎖"は、ルイの見つめる先を凝視する様に動きを止めた。
「ルイ、何も考えなくていい妾の言葉だけ聞き、何も疑問に感じる事なく、ただその通りにしろ。いいか、絶対に疑問を浮かべるな。」
淡々とルイにそう告げるリズィクルの言葉にルイは頷く。恐らく自分ではわからない何かが起こっていて、リズィクルはそれを解決させるためにそんな事を言っているのだろう。それならばその言葉を疑う必要がない。
「…では、ルイよ。妾の考えが間違っていなければ、それは手に取る必要もないはずだ。いいか?掃除に使っている黒槍と同様だと思っていい。あそこに立つルーファスにそれを叩き込め。」
(先輩に…叩きこむっ!)
リズィクルの言葉を受け、ルイがそう念じた途端、影がざわめき"次々と"黒い鎖を吐き出しルーファスに襲いかかる。
その様子はまるで、先ほどまでルーファスが繰っていた鋼糸と見紛う。
「いやいやいや…これを捌けなんて簡単に言ってくれるっすね…。」
自身が繰る鋼糸と確かに似ている。
だが…鎖と鋼糸。
そもそも質量が違う。
簡単に迎撃しろとだけ指示したリズィクルに非難めいた視線を送ったルーファスは、わざとらしく肩を諫めてアイテムボックスから"符"の束を取り出し扇の様に広げ、魔力を流し込む。
「くくくっ、ルーファスに符を使わせる程かっ!ルイ、よう見ておけっ!あれもルーファスがいずれ貴様に教えてくれようっ!」
ルーファスの手元の符が発光し、規則正しく虚空に並ぶ。
リズィクルが上機嫌にそう口にせずとも、ルイは初めて見る光景を前に夢中になって見つめていた。
「なあに、2人で楽しそうに見学してるっすか…ったく。」
そう短く零したルーファスは、数多の鋼糸を括りその札を纏わせ黒鎖の濁流に対峙する。
抗う符と鋼糸を、一飲みにした黒い鎖の濁流の至る箇所から魔力の高まりを感じる。
「……ルイっ、魔力障壁っ!」
リズィクルの叫び声にルイは呼応して展開した。
刹那、耳をつんざく爆発音と目が眩む程の閃光が連続して猛威を奮う。
ルイの影隷から突如現れた黒鎖の群れは、
爆破によって損壊し次々と霧散して行った。
「すごい威力ですね…。」
なんとか展開が間に合った多重障壁の半数は喰い破られている。
余波でこれ程の威力、直撃だったらルイの障壁は耐えられなかっただろう。
「アレの符術は特別だからな、一般的に知られている符術ではあれほどの威力はない。」
「特別なんですか…今度教えてくださいね?先輩。」
リズィクルの言葉に、ルイは興味深そうに頷いて、背後に振り返りそう口にした。
「リズとの訓練の進み具合を見てちゃんと教えてあげるっすよ。
それにしても、すっかり気配察知の感度あがったっすね。
背後でも取って、油断は一番ダメっすよ。とか言うつもりだったんすけど。」
ルイの視線の先から姿を現せたルーファスはおどけた態度でそう口にして笑った。
ルーファスの接近には気付き、彼同様、ルイが気付くか窺っていたリズィクルも、
笑みを浮かべてルイの頭に優しく手を置いた。
「先輩の訓練と教授がくれたヒントのお陰です。
それがなかったら、気配察知を重ねるなんて考えもしませんでした。」
褒められたせいか、恥ずかしそうに応じるルイ。
不意に、その口から飛び出た言葉に2人は動きを止める。
「えっ?」
「んっ?」
「はい?」
ルーファス、リズィクルが驚いた顔でルイを覗きこみ、声を漏らす。
何に驚かれているのか、理解が及ばないルイも2人を不思議そうな顔をしている。
「待て、ルイ。妾の耳が確かなら『気配察知を重ね掛けした。』と聞こえたんだが。」
「リズにも、やっぱりそう聞こえたっすか……。」
リズィクルが眉根を顰めてそうルイに問う横で、
ルーファスも額に手を当て嘆息している。
ルイは自分がまた何か、無意識にやらかしてしまったのかと息を呑んだ。
「……リズ、この件については、少し考えがあるから任してほしいっす。」
リズィクルにだけ聞こえる声量で口早にそう告げたルーファスは、
2人の反応に勘違いして落ち込むルイの側にしゃがみ込み両肩に手を置いた。
「あー、いやいや。後輩ちゃんが何かしでかしたって訳じゃないっすよ。
それで俺っちの気配を感知したっすか。
正直、もう少しかかると思ってたっすから、驚いてたんすけど納得したっす。
それより今は、さっきの黒い鎖っす。リズ何かわかったっすか?」
ルイを慰めつつも、自然と"黒い鎖"の話に話題をそらしたルーファスは、
リズィクルにそう問う。
ルーファスに、何か考えがあるのであれば気配察知の件は任せるよりあるまい。
そう考えたリズィクルは、"気配察知の件を任せる旨"と、
"黒い鎖について考えがある旨"の意味を込めて頷いた。
「恐らくルイの影は、ルイの願望を叶えようとして適用したのだろう。
"似た様な代物"を妾は良く知っている。」
一瞬ではあるが、リズィクルの表情が曇りルーファスが辛そうな表情を見せた。
ルイはその事に気づきはしたが、大人たちがたまに纏うこの空気に、
安易な事を口にしてはいけないと考え、口を閉ざし表情に出さない様に努めた。
2人には、そんなルイの考えが容易に表情から汲みとれてしまう。
互いに同様の事を考えていたのか、視線を合わせ苦笑する。
リズィクルは小さく咳払いをして、先ほどの現象について説明を続けた。
「ルイの持つその影の能力は未完成だと妾は考えている。」
「未完成ですか?」
「そうだ。ルイを親だと思い懐く雛鳥の様な段階と言った方がしっくりくるな。
あれほどの範囲で黒い鎖を操作したが、ルイは随分平気そうだな?」
リズィクルの問いの意図に気づき、ルイは指につけた指輪を見る。
「いや、その指輪はあくまでも自然回復量を増す効果しかない。
第一、それを付けていても、妾の講義中にあれだけ顔色悪くしていたではないか。
気配察知だって多少は魔力を使うであろう?
その上、あれだけの鎖を影から出した。では、何故平気そうな顔をしている?」
ルイは眉根を寄せて難しい顔をして唸り始めた。
必死に答えを出そうと頭を捻っているルイを、楽しそうに見つめるリズィクルを見て、
ルーファスは、大袈裟に長い溜息を漏らし口を開いた。
「……どんなに期待しても無理っすよ、リズ。
そもそも後輩ちゃんは、良く言えば自分の実力を慢心しない。
悪く言えば必要以上に自分の実力に懐疑的っすから、
自分にそんな都合のいい物が備わってる訳ない。って考えるっすから、
求める答えは、幾ら待っても出ないっすよ。」
はっきりとルーファスに、自分の考えを言い当てられたルイは、
少し頬を膨らませてルーファスに抗議の視線を送る。
「…剝れて睨む暇があったら、一個試して欲しい事あるっすよ。
それが成功して証明出来たらリズの質問の答えがわかるっすよ。」
「…何をしたらいいですか?」
まだ若干不服そうな態度のルイではあるが、
リズィクルからの問いの答えが出ると言うのであれば、その提案に乗る事に否はない。
「掃除の時に使ってる、黒い針山みたいなヤツ…えーっと、百舌って言ったっすか?
あれを"詠唱しないで、魔力も込めずに"やって見るっす。」
「そんな事出来るんですか?」
「あははっ、そんなの俺っちが知る訳ないじゃないっすかっ。
さあさあ、さっきの鎖ん時みたいにサクサクっとやってみるっす。」
突然の無茶な指示に、困惑の表情を浮かべルーファスに訪ねるも、
無碍に一蹴されてしまい仕方なく挑戦してみる事にする。
「魔力量で範囲とか威力調整していたから、
どれだけの範囲に影響出るか分からないですから、
先輩ちゃんと教授を守って下さいね。」
「後輩ちゃん……"万魔の女帝"に俺っちの手助けなんかいらないっすよ。」
さらりと飛び出たリズィクルの物であろう二つ名に、
ルイは興味を引かれ振り返るが、軽口を叩いたルーファスが、
リズィクルの鋭い蹴りを、腰に受け悶絶しているのを目にし、
ルイはその話題に触れるのを止める。
「妾に配慮してくれた事は、心から感謝しよう。
制御可能かどうかは捨て置いて、的があった方がよかろう…土発現。」
リズィクルが魔力を込めて、先ほどみたのとはまた違う術式を構築した。
拳ほどの土塊が、少し離れた場所で停止し、
発光を始めると肥大化して人程のサイズの人形と化した。
「それに、当てるつもりでやってみると良い。」
「…お願いするよ、百舌。」
優しい声音で語りかけたルイの声。
刹那、影から沸き出た黒い鎖が土人形に一気呵成に襲い掛かる。
打ち据え、絡みつき、突きあげる鎖の嵐。
直後、土人形の足元から間欠泉の如く黒槍を沸き上がった。
「あの…えっ?これが答えになるんですか?…余計にわからなくなりました…。」
魔力を込めずに百舌を放て。
ルイはルーファスに言われた時に、魔力を込めずに発生出来るかもしれないのか。
漠然としてではあったが、その意図を理解していたつもりであった。
だが、眼前のこの光景はなんだ。
影が伸び、足下から黒槍を吐き出すどころか。
鎖と化した影が的を襲い着弾と共に、黒槍が猛威を振るった。
黒槍に近づき、軽く触れる。
短剣を抜きだし、叩きつける。
「前よりも、凄く硬い…。」
硬度を確かめたルイは感嘆の声を漏らす。
射出速度も以前とは、比較にならない程に格段に向上していた。
ルイは困惑の色を深めて2人に視線を向ける。
「…いやぁ、そうじゃないんす。そう言うの求めてないんよね。」
「悉く、こちらの思惑通りに事を運ばせる気は無いようだな。」
リズィクルはあまりの事態に苦笑いを浮かべ、頬を掻く。
額に手を当てたまましゃがみ込んでいたルーファスは、頭を振って立ち上がった。
「…まあ。まあ良いっす。後輩ちゃんが故意でやってる訳でないのはわかってるっす。
これで、魔力は必要としていないって事が証明されたっすね。」
「妾がいない時に、それを使う事はしばらく止めた方が良さそうだがな。」
若干、疲労の色を濃くしたルーファスの言葉に頷いたリズィクルは、
間欠泉のオブジェと化していた黒槍を、霧散させたルイにそう釘を刺した。
ルイはその言葉に深く項垂れてあからさまに落ち込む。
リズィクルとルーファスは、お互いの顔を見合って苦笑いを浮かべた。
「後でマサルか、レオっちが呼びに来る事になってるっすけど、
まだ少しだけ時間があるっす。離れた場所で色々試すと良いっすよ。
使い分け出来る様なら、リズだってルイから掃除は取りあげないっす。」
ルーファスの言葉にルイは顔を上げ、リズィクルを窺うように見やる。
「自身で制御できるのであれば、妾から言う事は何もないぞ?」
リズィクルがそう微笑むのを見て、ルイは安堵の表情を浮かべ駆けだして行く。
新しい能力を早く自分のものとしたいのか、
日課の掃除を取りあげられたくないのか。
恐らく後者なのだろうと、ルイが特異と戯れ出したのを遠目に見つつ、
2人は乾いた笑いを漏らした。
「後輩ちゃんっ!鋼糸もちゃんと早く慣れるっすよっ!」
ルーファスが大きな声でそう告げると、ルイは手を振って答える。
「人一倍可愛がってる癖に指導は、なかなか辛辣ではないか、先輩殿。」
「揃いも揃って皆が甘やかすから、
俺っちくらいは厳しくってだけっすよ、教授様。」
やや意地の悪い軽口を口にしたリズィクルに、苦笑いを浮かべ皮肉を返す。
リズィクルはそれを軽く肩を諫めて聞き流し、
そう言えばと零すと、ルーファスに向き直り疑問を口にした。
「マサルかレオが呼びに来ると言っていたな、
妾は聞かされていないが、なんの事だ?」
「昨日の惨状を直接見てないマサルが、
ルイが大怪我する旅に大慌てするくらいなら、
マサルがこっちにいる期間だけでも、
"武家屋敷"で訓練させたらどうだ。って。」
「なるほど。エドが見せた昨日の様子では、再びあそこまで羽目は外さんだろう。
だからと言って怪我をしないなんて事も考え辛い。
マサルがいる間は、ルイを近くに置いた方が安全ではある。」
そこまで口にし一旦言葉を止めると、
まだ制御が拙い黒槍や、黒鎖と真剣な面持ちで戯れ続けるルイを見やり、
ほんの少し目を細めると、再び口を開いた。
「…あれををしっかり分析するには、ここの敷地では些か狭い。
だからと言ってここの訓練所で、ルイに特異を使用させてやる訳にも行かぬしな。
…うむ、とても良案ではないか。何故、改まって話し合う必要がある?」
リズィクルが首を傾げてそう問うと、
ルーファスは少しだけ苦い表情を浮かべた。
「その事を話し合おうとルイの治療終えた後、
エドっちとレオっちが戻ったら、リズも呼びに行くはずだったんすけどね。」
「……あの馬鹿と馬鹿に甘い馬鹿が、仲良く朝帰りなんぞしたせいか。」
"馬鹿"の部分を強調し語気を強めるリズィクル。
ルイの自主訓練に付き合い、その様子を眺めていたところに、
濃い酒精を纏わせ帰って来た2人と遭遇した彼女は、烈火の如く彼らを叱責した。
「相当絞られたって2人がぼやいてたっすけど、ちゃんと反省してたっすよ?」
「お優しい事だな。男の友情といったやつか?」
ルーファスの庇い立てする様な物言いに、
再度今朝の苛立ちが再燃したリズィクルは、冷たい口調でそう言い放つ。
「…ルイは聡い子だから、上手く隠してもピリピリしてたら勘付くっすよ?
師匠だけじゃなく自分も羽目をはずしたせいで、
師匠たちが苛々してるって、落ち込むっすよ…確実に。」
「……そう言われると弱いな。わかった、この件は水に流すとしよう。」
ルーファスの言葉を受け、少し眉根を寄せるリズィクルだったが、
言葉の通りルイが物凄く落ち込む様子が、容易に想像出来てしまう。
短く嘆息すると、纏っていた苛立ちを霧散させて苦笑いを浮かべる。
「それにな…ルイに色々教えている内に、
あの馬鹿の気持ちがほんの少しわかってしまった妾もいる。」
自嘲するようにそう口にしたリズィクルに、ルーファスは首を横に振る。
「…否定しないっす。ってか出来ないっす。
俺っちもあそこまで追い詰める気はなかったんすけどね…。
ここだけの話、あっさり陰行看破されて最後の方はムキになってたっす。」
「妾たちもエドの事をそう責められんな。」
「まったくっす。」
2人の視線の先では、少しずつ制御が出来る様になってきたのか、
足下から黒槍を無数に産み出し、その上を軽快に飛び回りながら、
新たに得た黒鎖と鋼糸を駆使して、立体機動に励むルイの姿があった。
「あの動き……確実に掃除を意識した動きっすね。」
「困った弟子だな、全く。」
それから、しばらくして日が漸く傾きかけた頃、
マサルの使いでやってきたレオンが、姿を現せるまでの間、
飽く事なく新たに得た能力を制御下に置くべく奮闘し続けたルイ。
その努力の甲斐あって、リズィクルから翌日以降の清掃業務の許可が下りる。
満面の笑顔で喜ぶルイに、リズィクル、ルーファス両名は呆れた様に嘆息し、
この場で唯一今日の出来事を知らないレオンは、1人怪訝な表情を向けた。
リズィクル
「……おい、育成計画のプロットをちゃんと確認しているんだろうな貴様。」
ルーファス
「してるっすよ。ただ思いついちゃうと入れ込みたくなるじゃないっすか。
例え予定の話数が倍になっても仕方ないっす…多分。




