■■2章-ルイ育成計画本格始動-■■②
「くくくっ、好きな形を想像しろとは言ったが、…これは狼の頭…いや上半身か?」
ルイの周囲の塊が、狼の上半身を模した形に姿を変えて行く。
だが、流石に初めての試みにも関わらず、一度に8っの制御は困難な様で、
ルイは自身の周囲を回転させようと必死なようだが、度々制御出来ずに停滞する。
「基礎訓練だぞ…どこまで妾を楽しませるつもりだ?この愛しい弟子は。くくくっ」
深く集中しているルイの邪魔にならぬ程度の声で感嘆の言葉を漏らし、
まだ拙いルイの魔力操作をじっくりと観察して行く。
(そもそも、初めから全属性で展開しろと言う意味で、
やって見ろと言った訳ではないのだがな。
これも瞳に宿る特異の力……。いや、それだけではない。天性の素質と言うやつか。)
「…あっ、やっちゃっ…た。」
どうにか安定させようとしたルイの魔力操作が大きく乱れたかと思えば、
集中力が切れたか、はたまた初の魔法発動で無駄に力が入ったためか、
それまで、なんとか形を成していた全ての狼が霧散する。
ルイは、その額には薄らと汗をかき、
制御しきれなかった事が余程悔しいのか、腕を組み眉を顰めて唸っている。
リズィクルは、再び深く息を吐きだしたルイが、
再度魔力を練り上げるのを見て制止を口にした。
「……待て。ルイ、一旦止めよ。そのまま続けても特に意味をなさん。」
リズィクルの制止を受けて、ルイは途中まで高めた魔力を霧散させて、
どうして止めるのだ。と首を傾げて彼女を見つめる。
「貴様が選択した形状は確かに興味深い。
それは、ゆっくり妾が協力してやる。徐々に作りあげて行くとしよう。
そもそも、まとめて8っも操作しろなど妾は言っておらん。
変なところでせっかちだったり強欲さを見せるヤツだな、貴様は。
今後は、2種類程で制御して行って数は徐々に増やせばいい。」
ルイはその言葉に頷くも、初めて発動した魔法に高揚しているのか、
若干不服そうな表情を浮かべる。
「そんな不服そうな顔をしてもダメだ。先だって言ったであろう?
貴様に、覚えてもらう事はもう1つあるとな。
重要度で言えば、ルイにはこちらの方が高い。
"魔力障壁"は、魔法職でもなくとも使えた方が良い。」
「魔力障壁ですか?」
重要度が高いと聞いた途端、ルイは不貞腐れるのを止め、
分かり易いほどに関心を示す。
現金なやつめ。とリズィクルは苦笑を浮かべて、ルイに丁寧に説明する。
「そうだ。魔力を伴った攻撃…魔法による攻撃はもちろんのこと、
魔力を宿った魔道具等の攻撃を受けた際に、被害を抑える魔力の鎧と認識しろ。
広範囲に被害を及ぼす魔法や、認識外からの奇襲。
そして、自身より格上が放つ魔法のダメージを軽減するには必須だ。」
そう説明を終えたリズィクルは、魔力をゆっくりと展開する。
厚さにして1cm程度の幕が、リズィクルをすっぽりと覆い尽くした。
「ほら、制御的にはこっちの方が難易度は低い。やってみろ。」
じっとリズィクルを纏う魔力障壁を見つめて、
ルイはゆっくりと自身の魔力を操作して行く。
見様見真似で試み、なんとか全身を覆う事が出来たものの、
リズィクルの纏うそれと、比較するとルイの纏う魔力が厚さが均等ではなかったり、
身体に密着しすぎている部分や、逆に離れ過ぎている等の粗が目立つ。
なんとか、リズィクルに倣い均等にしようと操作するが、
なかなか上手く行かずルイは困惑の表情でリズィクルに視線を向ける。
「なにをそんな情けない顔をしているんだ、貴様は。
気に病む事など何もない初めて展開したにしては、十分すぎる出来だ。
誇って良い事はあれど、そう卑屈になる事はない。」
分かりやすく落ち込むルイに眉を顰め、
呆れた表情こそするが、優しい声音でルイを励ます。
実際、初めての発動で自身の身体にあわせて定着させる事が出来ているだけで、
魔術士ギルドや、"王立魔操騎士学校"では天才と大騒ぎになるに違いない。
だが、この弟子は、そんな励ましを口にしても、まるで効果がないだろう。
短く嘆息したリズィクルは、一旦ルイを元気づけるよりも"先を見せる"事を選んだ。
「これで完成と言う訳ではない…よく妾の繰る魔力の流れを見ておけ。
いじけて見ていなかった等、口にしたら二度と教えてはやらんぞ。」
ルイはリズィクルの言葉に反応し、
慌てて顔をあげて真剣な面持ちで観察を始めた。
そんなルイの様子を見て取ったリズィクルは、
笑みを浮かべて小さく頷く。
途端に、リズィクルを纏う魔力が膨大に膨れ上がった。
ルイは、仇花にも匹敵する魔力の奔流に身体を固くする。
それでも必死に見逃すまいと、歯を食いしばって耐えていた。
激しく噴き出した魔力は、リズィクルの繊細な魔力操作によって形を変えて行く。
ルイが目で終える様に、気遣っているのだろう徐々に、ゆっくりと薄く引き延ばされ、
幾重にも重なって、リズィクルの身体を包み込んで行く。
その障壁一枚一枚に練り込まれた魔力の質量は先ほどまでのそれとは比較にならない。
それでいて、とても薄く繊細さすら感じる。
ルイは、魔法など今日まで特殊な影を操るくらいしか知らなかったが、
改めて自身が師事するリズィクルが繰る異常なまでの魔力量と、
その卓越した魔力操作にただただ息を飲んで魅入っていた。
「……うむ、これでだいたい30程纏っている状態、これを基準だと思っていい。
これルイ、妾がどれほど魅力的だとしても話を聞かんのは感心せんぞ?」
リズィクルが悪戯めいた笑顔でそう口にしたところで、漸くルイは我に返った。
「実戦での魔力障壁は、こんな風にあからさまに相手に、
伝わる様には魔力を操作する事は皆無だ。」
そう口にすると先ほどまで圧力を感じる程に強く吹き荒れていた魔力が、
嘘のように静まり、纏っていた魔力障壁の存在も希薄になって行く。
ルイは思わずその手並みに「おお…。」と感嘆の声を漏らした。
「ここまで出来て、漸く実戦で使えると思っていい。
この状態を目指して入浴時と睡眠時を除き、常時展開してもらうぞ。」
「わかりましたっ!」
「いや……。」
ルイがまた妙に張り切って複数同時に展開を始めるのを見て、
「数は慣れてから増やして行けばいい。」と口にしかけるも、その言葉を呑み込んだ。
制御下におかれたルイの魔力が、拙さや粗はまだ見受けられるものの、
先程までとは打って変わって緻密な制御を見せていた。
形状変化と良い、魔力障壁と良い、油断するとこちらの想定を、
軽く超えてくるルイの成長速度に、軽い嫉妬すら覚える。
「…っ、教授っ。30は無理そうです…っ!」
「馬鹿者、先ほどの形状変化と良い、だれがそれだけ纏えと言ったっ!
初日でそれだけ纏えれば十分過ぎるわっ!
くくくっ、取りあえず10程度に減らして安定させてみろ。」
制御が上手く行かず苦悶の表情で限界を口にするルイを、
リズィクルは軽く叱責して声を出して笑いはじめる。
突然笑い出したリズィクルを怪訝そうに眺めするも、
指示に従いゆっくりと障壁の数を減らして行く。
「はぁ…はぁ…これなら、なんとか。」
ルイの呼吸が落ち着きを取り戻すのに呼応して、
纏っている魔力障壁が安定しはじめた。
リズィクルはゆっくりとルイに近づき、
全身に張られた障壁の具合を確かめるように隈なく見て回る。
暫くしてその出来に満足したのか探るのを止め、ルイに向き直った。
「うむ、まだ不安定さは拭えないが及第点を与えてもいい程の出来だ。
魔力総量を上げる訓練として負荷のかかり具合も丁度良かろう。
そのまま維持して、魔力の流れをもっと静かにゆっくりと巡らせよ。」
「静かに…ゆっくり……。」
ルイは瞑目して更に集中する様に呼吸を深く、ゆっくりと繰り返す。
多少の変化は見られるが、ほぼ変化がないと言っていい程度。
自身でも自覚があるのか、困った顔でルイは口を開いた。
「教授…全然上手く出来ません。」
「くくっ、未熟な部分があって妾は逆に安心したぞ。
すぐ出来ないのが普通の事だから、そんな顔してくれるな。
ほり、ゆっくりやって見せてやるから、同じように真似してみよ。」
リズィクルが改めて魔力操作をルイが捉えやすいように展開する。
ルイは必死にその流れを読み取ろうと目を凝らして、
少しずつ自身の魔力障壁に反映させて行った。
何度かそれを繰り返すと、先ほどの停滞が嘘の様にルイの魔力障壁が安定を見せ、
魔力の流れが徐々に薄れ、魔力障壁の存在が希薄になっていった。
「一度、それを解除して再展開してその状態にしてみよ。」
ルイは頷き、魔力障壁を霧散させてまた一から構築して行く。
初めて展開した時の拙さが嘘のように、
滑らかに展開して行くルイの様子を窺いながら、
リズィクルは少しだけ思い悩んでいた。
それは、ルイの特異である理識と後天的な才能が、
場合によっては成長を妨げているのかも知れないと考えたからだ。
それらを十全に操り、その目にした事象を模倣する能力は確かに素晴らしい。
だが、それに無意識に頼る癖が付いてしまっているのだろう。
先ほど魔力の操作を口頭で助言した時に上手く行かなかった様に、
自身で考え出し、答えを導き出す事は不得手なのかもしれない。
(だが…そう言う欠点をルイが持っているのだとすると、
昨日のエドとの訓練中に見せたあの急成長は一体…。)
「仕方ない…推論はあくまでも推論。証明せねばなるまい。
ルイ、そのまま魔力障壁を維持しろっ。絶対に解くでないぞっ!!
"もし、危ないと感じたら"先ほどのように無理矢理でいい枚数を増やせっ!」
そう短く言い放ち、リズィクルは先ほど見せたチャクラムを一気に展開させた。
ルイは突然の事で、困惑の色を少し浮かべたものの、
エドガーとの模擬戦の経験が功を奏したのか、
これからリズィクルが何をしようとしているか、
すぐさま悟りその言葉に従って魔力障壁を更に複数枚展開させる。
「その潔さが、貴様の一番優れた素養なのかもしれんな。」
リズィクルは笑みを深めて称賛を口にし、ルイに向けて手を翳した。
(回避の事は考えないっ、教授はやれると思ってくれてるっ。
だから…何が何でも防ぎきってやるっっっ!)
数えるのが馬鹿らしくなるほどの多様な属性のチャクラムが猛然と襲いかかる。
眼前を覆い尽くす、その迫力に気圧されて咄嗟に回避しようと、
身体が動きかけたが、ルイはそれを強引に自制した。
展開した数は20にギリギリ及ばない。
(…増やす。いやダメ、中途半端は良くない。)
ルイは焦燥感に駆られてはいるものの、
限られた時間いっぱい思考を止める事はしない。
その時、ふと脳裏に昨日経験した暴威を思い起こす。
(ははっ…あれよりは怖くないねっ。)
そう感じた途端、身体から無駄に強張っていた力が抜けて行く。
心に余裕が出来たルイは少し笑みを浮かべ、
瞑目し、更に深く、より深く集中して展開した魔力障壁を制御する。
「この状況で笑うのか、貴様は…そう言うところはエドに似てしまったな。」
リズィクルが何か言った様な気がしたが、ルイの耳には届かない。
複雑な軌道を描きつつ、一斉に襲いかかるチャクラムの風切り音。
炎や雷を纏うチャクラムがけたたましい音を掻きならし迫る。
――ギュユュイイィィッッ
着弾と同時に、容易に7枚から8枚の障壁が消し飛び、
耳につんざくような金きり音が連続して叩きつける。
ルイはただただ歯を食いしばり、一心不乱に魔力障壁を再展開し続けた。
脳裏にルーファスの言葉が浮かんだ。
『後輩ちゃん"死ぬ"って思っても目を閉じたら駄目っす。
死ぬ時はちゃんと見て死ぬっす。
でも、目を開けて歯を食いしばって無理やり身体動かすと、
意外と死なないものっすよ。長生きのコツっす。よく覚えておくっすよ。』
『…うん。閉じる。よくない、あきらめる。駄目。』
「目は閉じないっっっ!!」
束の間の咆哮。
ルイは形振り構わず、魔力障壁に残った魔力を叩きこんだ。
「はあ…はあ…。」
魔力障壁に弾かれ、地面に叩きつけられた反動で、
中庭の地面が至るところで抉れている。
視界を覆う立ち込める砂埃が、鬱陶しいがルイはどうする事も出来ない。
徐々に晴れて行く視界に姿を現せたリズィクル。
薄紫の長い髪を揺らし、黒曜石を思わせる山羊角は気高く艶めいた。
「ようこそ、魔導の入り口へ。妾は愛しい貴様を歓迎しよう。」
金色の瞳を嬉しそうに輝かせ、彼女はそう笑顔でそうルイに告げた。
リズィクル
「なんだ、ルイ。仇花といい、妾といい年増好きか貴様。」
ルイ
「どこからそんな話に…。魔法戦闘のえぐさに疲れてるんですから、変な言いがかりは止めて下さい。」




