■■2章-ルイ育成計画本格始動-■■①
■■2章-狂人は褥をむさぼり、獣を沈める-■■①と②
上記の前書きの通り、若干気分の悪い話の展開のため、読み飛ばして頂いた方のためにまとめ。
シュナイゼル擁立派の大貴族の1人であるパブタス・ナナスタト伯爵。
商業都市ナーノルッタの領主である彼は、以前はとても優れた治世者であった。
しかし、最愛の婦人を病で突然亡くした事で彼が徐々に壊れて行く。
立ち直る事もないまま、自分の欲望に溺れるがままで過ごす愚かな貴族と成り果てた彼の元へ、
シュナイゼル擁立派の要人達が来訪する。
ニサスカ侯爵は告げる。
「パブタス伯、状況はひっ迫している。先に用件を伝えよう。
シュナイゼル殿下とセリーヌ殿下が、数日前から王城から姿を消している。
恐らく予定を切り上げてハンニバルに向かったようだ。」…と。
ついに、王城から密かにハンニバルへ向かわせた両殿下の不在が、
王国を蝕む愚かな貴族どもが知る事になった。
ハンニバルに再び不穏な空気が漂いはじめた。
って事で本編でございます。
■■2章-ルイ育成計画本格始動-■■
「痛たたっ…。」
「自業自得だろう、それに懲りたらあまり無茶しないよう心がけることだ。
そもそも、そんなに痛むならば大人しくしていればいいものを。」
全身を蝕む痛みに顔を歪めたルイに、リズィクルは呆れた顔でそう口にした。
昨日、エドガーと激闘を演じ骨折と打撲、裂傷に擦傷、
筋肉断裂などなどあげて行けばキリがない程の傷を負ったルイではあったが、
ルーファスに連れられやってきたマサルの手によって治療された。
しかし、エドガーとの訓練の様子を知ったマサルは、
「やり過ぎたのは、お互い悪いね。」と、
軽い打撲や打ち身などはあえて治療せず、ルイに反省を促すことにしたのだ。
「朝の訓練はやらないと気持ち悪いんです…。
掃除は初めてもらった仕事だから、休みたくないし…。」
少し跋が悪そうに、頭を掻いてそうルイは口にして項垂れる。
「まあ、ルイのおかげで妾は、なかなか興味深い清掃を見られたからな。
小言はこれくらいにしておく。
今日から、ルイにやってもらいたい基礎訓練がある。」
散々、マサルから小言を言われていて落ち込んだ姿を目にしていたリズィクルは、
しょぼくれているルイに軽く微笑んで、頭に手を置く。
顔を上げたルイに、もう怒ってはいないと首を振りつつ、
口元で小さく詠唱して虚空から、指輪を取り出してた。
ルイは見慣れない魔法と、新しい事を覚えられる喜びに目を輝かせる。
「これはな、妾が幼き頃に魔法の訓練に使っていた魔道具でな。
ほらこちらに手をだせ、ルイの訓練にもきっと役に立つ。」
言われるがまま差し出したルイの細い指に、
指輪型の魔道具はサイズを変化させて収まった。
何度か手の平を開け閉めして感触を確かめる。
指輪はしっかりとそこに存在しているが、
まるで何もつけていないかのように、よく馴染む。
これであれば武器を扱う際も邪魔にはならないだろう。
それにしても、リズィクルは訓練のためだと口にしていたので、
てっきりなんらかの負荷が掛かると思っていたが、
何の変化も感じない事にルイは首を傾げて指輪を見やる。
「くくくっ、ルイが思っているような負荷はかかりはしない。
それは、消費した魔力の自然治癒を高める効果がある魔道具。
魔法や魔術の訓練をするとどうしても、初めのうちは魔力をすぐ枯渇してしまう。
それを補助してくれる物だと理解していればいい。」
「そんな、すごい効果がある物など借りてもいいんですかっ?!」
「なに遠慮などせんでいい。それに妾の目算では早ければ半年、
長くても一年経過する頃には、その指輪の補助は必要なくなる予定だ。」
それから、リズィクルはルイに魔力について簡単な講義を行った。
魔力総量は、訓練や肉体的成長によってその総量は段階を経て上がって行く。
もちろん各々種族特性、個体差によって水準は大きく異なる。
魔力そのものにもともと親和性の高い種族。
魔族や耳長族、そして精霊を祖としていると言われている妖精族。
これら3種族は、他種族と比べると押し並べて水準が高い傾向がある。
また獣人族、巨人族などは魔力を持って生まれる者自体が稀有なため水準は低い。
ルイは、その説明を受け人種である自分では、
それほど総量が伸びないのかと考え、少しだけ残念に感じていた。
しかしそこで、ふと自身の親代わりである仇花が纏う、
あの異常な魔力量は何故だと疑問に思う。
彼女はルイと同じ人種だったはずだ。
それとも、ルイには恐ろしく感じたあの魔力の奔流は、
魔族、耳長族、妖精族では特筆するほどではないと言う事なのか。
「教授や他の魔族の方々から見て、仇花様の魔力はそんなに高く感じないのですか?」
ルイの質問に一瞬首を傾けたリズィクルは、仇花が人種であるのにも関わらず、
膨大な魔力を繰る事をルイが目にした事があるのだろうと納得し答える。
「ああ、仇花のアレは先にあげた3種族と比類しても規格外と言っていいだろう。
あれ程の魔力量を意のままに操れる者など、妾が知る中でもそうおらん。」
「個体差…ってことですか?」
「それも正解ではあるが当然、それだけではあそこまでには到底至らん。
仇花自身の研鑽があってこその賜物だろう。」
「…研鑽。」
先ほどまで種族特性は覆せないのかと、落ち込んでいたルイの目に再び輝きが宿った。
誰よりも慕う仇花の様に、自身も努力していればあの高みに至れるやもしれない。
そう考えるとルイは高揚する気持ちを抑えきれなくなっていた。
「くくくっ、至れるであろう、ルイであればな。
研鑽によって至った者は貴様の身近にもおるしな。
妾を含めて、マサル、ルーファス…これからルイも会う事になる者もそうだ。
それらを除いても、両手で数えきれん程度には匹敵する魔力を持つ者もいる。」
「教授や、先生に先輩…仇花様に匹敵する存在が両手で数えきれないくらいに…。」
そう自身に言い聞かせるように俯きがちに呟いた言葉を、
耳にしたリズィクルは、ルイの顔を除きこみ、その表情を目にして息を呑んだ。
(強者の存在を知り、臆するどころかそんな風に笑うのか…貴様は。)
エドガーを彷彿とさせる獰猛な目をしたルイが笑っていた。
瞬間、背筋を何かが這いあがり、ぞくりと身体が震える。
超える壁が多い事に心から喜びを感じているのだろう。
容姿はまるで似ても似つかない師弟ではあるが、時折こうして姿が重なる。
弟子という生き物は不思議な物だとリズィクルは胸の内で笑った。
「ルイはどこまで至るやら…楽しみでもあり、怖くもあるな。」
小さく一言そう零して、無心でルイ自分の手の平を見つめるルイの頭を撫でた。
1人の世界に没頭していたルイは突然、頭を撫でられた事に少し驚き、
リズィクルに向き直り、首を傾げるが彼女はなんでもないと首を振り話を戻した。
「それで本題だが、魔力量を成長させるには魔力を消費し、回復させる他にない。
欠乏を繰り返し回復するのも1つの正解ではあるが、
ルイの場合は魔力だけ高めておけばいいという訳ではない。
他にも学ぶべく物が多いからな。
だからと言って、魔力の自然回復を待っているだけでは時間が惜しい。
そこでその指輪の出番と言う訳だ。
自然回復量をおおよそ倍程度に引き上げてくれる。」
「魔力の回復が必要なのはわかりました。
だけど、自然回復を待たないで魔力回復ポーションを使う方が早いんじゃ。」
ルイは知り合いの冒険者から、怪我の治療するポーションだけではなく、
魔力を回復するポーションの存在を聞いていたので、
何故それではいけないのだと疑問を口にした。
その質問にリズィクルは、少し困ったように若干眉を顰める。
そして、その場にしゃがみルイに視線をあわせた。
「冒険者の中には魔力回復のポーションを飲んで訓練する者も確かにいる、
…が妾はその方法は推奨しない、ルイにもその様な真似はして欲しくない。」
「どうしてですか?ずるい訓練なんですか?」
リズィクルの口調から、とても悪い事のように感じたルイは再び疑問を口にする。
「まず、ポーションによる治療または回復とは、あくまで緊急時の際の対応手段だ。
少なくとも妾を含めたルイの師達は皆そう捉えている。
それはなぜか。本来では怪我をしない事に越した事がない。
魔力を探索中や旅の間に欠乏させるなどもっての他だ。
だが、幾ら気を付けていても、想定外の事はいつでも起こりうる。」
ルイはその言葉に頷く。当然、怪我をしない方がいいし、魔力も潤沢な方が良い。
街の外になどほとんど出た事の無いルイでも、その程度の事ならば理解できる。
「その時になれば、必然的にポーションの類に頼らねばならない。
妾達とて何度も窮地をそれで脱した経験がある。
だが薬と言う物は、どんなに優れた効能を持っていても常時服用していれば、
免疫がついてしまい効果が目に見えて薄れてしまう代物だ。
危機的状況に陥った時に、効果の薄いポーション程頼りない物はない。」
「……魔力の総量をあげるためだけに使うのは、だからダメ?」
「そう言う事だ。ルイもいつかは妾たちのように仲間を作り旅に出たり、
魔窟だけでなく伏魔にだって挑む事もあるだろう。
だから、この事だけは決して忘れてはならない。
ルイが仲間を失うか、仲間がルイを失うような事は妾は望まない。」
リズィクルが真剣な眼差しで、最後に念を押す様にルイに告げる。
ルイはしっかりとその目を見つめ返して頷いて見せた。
ルイ自身、仲間の危機に何も出来ない様な無力感は味わいたくない。
想像しただけでも許容できる事ではない。
ましてや、そんな自分を守る様に仲間が傷つけばルイは自分を許せそうにない。
その事を何度も反芻して、決して忘れないように心に深く刻み込んだ。
「しっかりと理解してくれたようで何よりだ、いつまでも妾の誇れる弟子でおれ。」
「…はい、絶対そんな馬鹿げた事はしません。」
「うむ、まあポーション等に頼らずとも、それを身につけて研鑽していれば、
先も言うたが、一年も経つ頃に技能も得られる。それまでの辛抱と思え。」
「?!…技能って…そんな簡単に手に入るような物なんですか?たった1年で?」
ルイには聞き捨てならない言葉を、さらりとリズィクルが口にした事に驚く。
そんな慌てるルイに、怪訝そうな顔を浮かべてリズィクルは説く。
「日々の研鑽で常に魔力を消費、回復を繰り返して過して行くと、
その経験が蓄積される事によって、"自然魔力回復-マジック・リカバリー-"が、
身に着くだけだぞ?魔法職の者であれば、身に着いていない者などいない技能だ。
そんなに慌てる様な事ではないであろう……まさか貴様。」
取得が容易い事で知られている技能1つの事で、
さも嬉しそうに顔を紅潮させるルイを見て、疑問を抱いた物のすぐ様、
ある可能性に行きつき、リズィクルは呆れた顔で深く嘆息した。
「まったく……あの愚か者どもは、
貴様をただ殴り合いに特化させた弟子にでもするつもりか。」
ギルド職員の手伝いをし、冒険者にも知己が多いルイがこんな基本を知らないとは、
リズィクルは考えてもいなかった。
もし、マサルやルーファス、そして自身が師を引き受ける事もなく、
エドガーとレオンだけがルイを育て続けていたら、
どうなっていたかと考えると少し眩暈を覚える。
気を取り直してルイに向き直ってリズィクルは、丁寧に説いていく。
「いいか、良く聞くんだ。ルイは初めて耳にするやもしれんが。
技能とは自己研鑽を続けて行く内に、身についた技術が昇華されて至る。
よって、貴様の努力次第でいくらでも身に付く代物と言う訳だ。
これを知らん冒険者などおらん、常識だ。これもしっかり覚えとくように。」
「はいっ!!常識だったんですか…いくらでも覚えられる…あはははっ!
すごいですっ、いっぱい覚えたいっ!」
笑顔の大輪を咲かせ、キラキラとした瞳で喜ぶルイの頭を撫でて落ち着かせる。
リズィクルはルイに優しい視線を送りながらも胸の内では、
これは、本格的に育成プランを練りなおさなければ、
可愛い弟子がアクの強い連中の悪い部分だけ似てしまうかもしれない。
それだけは回避しなければならないと、リズィクルは固く決意した。
「……うむ、少し話がそれててしまったが、
今日、ルイには今から2っ程覚えてもらおうと考えている。
1つは、"魔力障壁-マジック・バリア-"。
簡単に説明すると魔力で出来た鎧の様な物だと思っていい。
もう1つは、昨日判明したルイの属性の初歩の魔法を"選択して"もらう。」
「選択ですか?」
ルイの顔の前に指を立てて、リズィクルは楽しげな表情を浮かべてそう口にした。
魔法を教わる事は嬉しくて堪らないルイではあるが、
再び疑問が浮かび、今いち喜びきれなくて困惑してしまう。
「そうだ、一般的な魔法職は矢、槍、弾等を状況に応じて、
使い分ける事を良しとしている。だが妾はそうは考えていない。」
「使い分けはよくないんですか?」
「いや、ルイはエドとの訓練で様々な武器の訓練をしている様に"知る"事は大切だ。
だが、魔法はこうも考えられる。
"射出する魔法に分類されるのならば、得意な形、操作しやすい形を極める"。
妾は矢が得意な者が、弾や槍を繰る必要性を感じない。」
「あ…そうか。」
「気付いたか?武器での攻防と違って、射出系の魔法は当てるか、
相手の攻撃の迎撃が主であろう?
それなのにわざわざ全種極める必要等ないとは思わんか?」
ルイの瞳に理解の色が浮かぶのを見て取って、リズィクルは満足気に頷き続ける。
「そこで、やってもらうのは訓練用魔法と呼ばれる"発現"と、
術式で形状変化、操作を操る魔術を行使してもらう。
まずは、手本を見せよう。なるべくゆっくり術式を編むが、
よく集中して妾の手元を見るように。"火発現"…。」
2人の間に拳程の火の塊が現れゆらゆらと揺れている。
ルイはリズィクルの指示通り深く集中して、その動き1つ1つを漏らさず記憶する。
リズィクルはその様子を確認し、筆記詠唱で指先に魔力を集め術式を虚空に描く。
幾何学的な紋様にも見える陣を書きあげると、
ゆらゆらと留まっていた塊が薄い円盤に形を変え、回転運動を始めた。
「火のチャクラム…?」
ルイの言葉に静かに頷き、リズィクルは水、風、土と次々とチャクラムに形状を変化させ自分の周囲に浮かべて行く。
「形はルイが操作しやすい物で構わない、先ほどの術式は術者のイメージを具現化させる物だからな。妾はチャクラム型が制御しやすいからこうなってるだけだ。
とりあえず、上手く行かなくても良い。やってみるがいい。」
ルイは頷き、大きく深呼吸する。
ゆっくりと、そうゆっくりと魔力を高める。
(もっと集中して、ゆっくりと教授のやったみたいに…。)
「火発現…水発現、風発現、土発現……。」
次々と詠唱し、8っの塊を産み出すとルイは指先に魔力を留めて筆記詠唱を描く。
リズィクルの身体の微妙な動作、指先の振るい方、書き上げた幾何学模様。
その全てを模倣するかの様に練り上げる。
1つ1つがその形状を変化して行く……。
徐々にルイが自分で望む形状に変化して行くのを、
リズィクルは乾いた笑い漏らしながら、呆然と見つめていた。
ルイ
「魔法♪魔法♪魔法♪魔法♪…僕、魔法使えるようになっちゃった。」
リズィクル
「魔法の世界観広げ過ぎて、妾は今後が不安で堪らない。」




