■■2章-狂人は褥をむさぼり、獣を沈める-■■②
直接的な描写は極力回避したつもりではありますが、
とても嫌な内容になります。ご気分が優れない思いをさせてしまうかもしれないので、
先だって更新した■■2章-狂人は褥をむさぼり、獣を沈める-■■①と、
今回の②に関しては飛ばして頂いても、次々回の前書きで内容を抜粋した物を掲載致しますので、
そちらをご覧ください。
それは、ある日突然訪れた。
先王デオスタが斃れ、現王マサルが戴冠する事となり、
王都へ赴いていたパブタスは、商業都市ナーノルッタへ帰還した。
彼の帰還を喜び、無邪気にはしゃぐナシュリを撫でて落ち着かせる。
ナシェリが食後に淋しい思いをして待っていたと懇願するので、
久方ぶりに、親子で寝所を共にする事になった。
母を早く亡くした事で、
幼い我が子も少なからず辛い思いを抱いているのだろう。
時折見せる笑顔が、パブタスを心配させまいと気丈に振舞っているのが分かる。
頭に手をのせ、優しく撫でる。
笑顔のナシュリは、それを倣ってパブタスの頭に触れた。
その瞬間、ナシュリの姿が亡き妻と重なり背筋をぞくりと何かが這った。
動揺したパブタスをナシュリが心配そうな面持ちで覗きこむ。
必死に笑顔を取り繕ったパブタスは頭を振って笑顔で愛娘を寝かしつけた。
しばらくして、心地良さそうな寝息をたてて寝る愛娘の顔を真剣に見つめ、
パブタスはその顔を蒼白に染め上げ震え続けた。
正妻に良く似た愛娘…"10歳にもならない娘"を異性として意識し、
渇望した先ほどの自身に、ただただ恐怖した。
そしてこの日を境に、絶望と狂気がゆっくりとパブタスを蝕んで行く。
「ナシュリ…お前は、立派な淑女にならなければいけない。」
パブタスは幼い愛娘にそう告げた。
自身が狂気に呑まれぬよう、そして何より愛娘を傷つけてはならないと、
慌ててナシュリを自身から遠ざける様に全寮制の学校へ入学させる事にしたのだ。
そんな父の気持ちを知ってか知らずか、
ナシュリは素直にその言葉を受けナーノルッタを旅だった。
そうして、一抹の寂しさを感じはするものの、
自分の中の獣に怯えて過ごす事がなくなった伯爵は、仕事に打ち込んだ。
己に打ち克った、あれは寂しさが作り出した幻なのだと自分に言い聞かせた。
だが、それは打ち克ったのではなく遠ざけただけ。
それは幻などではなく、ただただ己が内の獣が目ざめただけ。
その事をパブタスは思い知らされる事になる。
王都の貴族街に亡き妻と結ばれた時に建てた、別宅を久しぶりに利用した際に、
手つかずで荒れ放題になっていた庭を目にしたと、とある奴隷商が訪ねてきた。
別段、奴隷に興味はなかったが、亡き妻との思い出のこの館が、
荒み続けるのも心苦しい気持ちになり、話だけでも聞く事にした。
奴隷商がつれて来た奴隷の中で、ひと際1人の少女に目を惹かれた。
ナシュリに目元が似ている同じ髪の色をした犬種の獣人族の少女。
どこかその少女に離れて暮らす娘の姿を重ねてしまい、
不憫に感じたパブタスは、その少女を購入する事にした。
それからというもの、パブタスは奴隷の少女を育てる事に没頭していく。
初めはほんの悪戯心で"お父様"と呼ぶように告げた。
そして、2人の時は父親だと思って接する様にするように求めた。
ついにはエスカレートし、ナシュリの口調を真似させた。
「なっ、なにをなさるんですかっ!お父様っ!!」
ついには、パブタスは己の中の獣を制御が出来なくなってしまった。
目の前には獣が力任せに引き裂いた衣服をなんとかかき集め、
まだ膨らみの少ない乳房を隠す"娘"が泣き出しそうな顔で怯えている。
沸々と湧き出す加虐嗜好。
そして封印していたはずの娘への劣情の波。
そして、ついに獣は檻を喰い破りそこに降り立った。
何度も何度も飽くまで貪りつくし、己の劣情を吐き出し続ける。
物言わぬ動きすらしなくなった壊れた玩具に腰を打ち付ける。
漸く満たされた獣の眼下には、
己が溜めに溜めたモノで汚れた玩具が力なく横たわり虚ろな目をしていた。
それを見た獣は無邪気に破顔する。
「なんじゃ、奴隷で済ませば良かったのか。…なにを儂は我慢しておったんじゃ。」
国を愛し、民を愛し、亡き妻を想い、娘を慕う高潔な伯爵はこの日に死んだ。
精悍だったその佇まいも今ではただの豚人と変わらない。
醜くく肥え続けだけの伯爵を冠したただの狂人。
今日に至るまで、どれほどの玩具が買われ、教育され、そして壊されていったか。
ザフラマは、いつしか数える事を止めてしまったので今ではわからない。
「お待たせ致しました。」
思考の海に埋没していたザフラマは、その声で我に返る。
眼前には、最初に"壊された玩具が身につけていた、
"衣装とよく似せた物を身に纏った、3っの新しい玩具。
一様に恐怖で血色の悪い唇を震わせ、青白い顔をしている。
「ついてこい。」
ザフラマは、短くそう告げ、それらを引き連れて奴隷部屋を後にした。
そこで漸く、館を包む空気がいつもと違う事に気づく。
館のエントランスの辺りから、時折大きな物音が聞こえるのだ。
不思議に思ったザフラマは、丁度足早に横を通り過ぎようとしたメイドに声をかける。
「少し館内が騒がしいが、何事だ?」
「こ、侯爵様がっ! ニサスカ・ミモタハ侯爵様が、いらっしゃいまして!!
旦那様に即取り継ぐようにと私兵を引き連れてっ!
ボィミス・ボーティガ将軍、バドナタ・イクタス男爵…とにかく沢山っ!」
ザフラマは、ニサスカ侯爵、ボィミス将軍の名を聞き、
家人達が慌てて対応しているのも無理はないと嘆息する。
一緒に来訪したと言うバドナタ男爵などとは、両名は主人より格が高い。
「落ち着きなさい。…皆さまは今どちらに?」
「い、いまは大広間にてご歓談頂いておりますっ!」
「それはいい判断だ。なるほど、ではそこへ…"接待用の奴隷達"を向かわせなさい。
その間に、私は旦那様にすぐ支度して頂くよう手を回すとします。
メイドはその指示に頷いて足早にその場を去って行った。
「……貴様たちは奴隷部屋に戻っていなさい。」
突然の騒ぎに困惑の色を浮かべていた玩具たちは、
ザフラマの言葉に目を見開く。
(無理もない…。)
狂宴の贄になる事がほんの少しだけ先延ばしになった事を素直に喜び、
大粒の涙を流しながら嗚咽を漏らす玩具達を見てそう思った。
そんな彼女たちに、もう一度、部屋に戻る様に告げると、
ザフラマは来訪者たちの対応を急ぐべく主人の待つ狂宴会場へと足を運ぶ。
――トントン。
「遅いぞ。」
「申し訳ありませんが、宴は一度諦めて下さい。」
贄が来るのを今か今かと待ち続け苛立ちを見せていたパブタスに、
ザフラマは、この館を訪れた急な来訪者たちの事を告げた。
些か、不機嫌そうに唸って見せたものの、
ニサスカ侯爵、ボィミス将軍の名前を耳した途端、
それまで漂わせていた苛立った雰囲気を霧散させた。
「……性急に話し合わなければならない事態と言う事かのぉ。
やつら、王女拉致にでも失敗したのか?」
パブタスは小さな、とても小さな声で"確かにそう独りごちた"。
「ザフラマ、恐らく夜には歓待の宴をやらねばならんであろう。
その手配、任せるぞ。」
「御意。」
漸く身奇麗になった狂人はそう言い残し数人のメイドを引き連れ、
大広間へ向かって去って行った。
1人その場に残されたザフラマはその場に座り込み、両手で頭を覆う。
「……あの方はなんとおっしゃった?」
ザフラマは自身の目と耳を疑い、混乱していた。
パブタスが零した独り言は、とても小さな声ではあった。
だが、ザフラマは無意識に"主人の口元とその口から零した言葉"を、
確かに耳にしていた。
「……本気で王女殿下を誘拐されるつもりなのか?
ふ、ふざけるなっ!!」
――ガシャン…。
激情の赴くままに、ザフラマは声を荒げ、
手近なところにあった小さな花瓶を払いさった。
床に落ちた花瓶は粉々に砕け飛び散る。
守るべき幼い時期頭首の首にすら、破滅が及ぼうとしている。
そんな悪夢のような事態が起ころうとしている。
いや、実際既に起こっているのかもしれない。
そう考えると身体の奥から怒りがこみ上げてくる。
「……くそっ。落ち着け。……考えるんだ。」
激しく沸き上がる怒りを無理矢理黙らせる。
「まずは、状況確認だ…そうだ、現状を理解する事を優先しろザフラマっ。
…最悪、お嬢様だけは助けなければ…くそっ、くそっ!!」
必死に冷静を保とうとするが、悪夢はそれを嘲笑うかのように膨れ上がる。
苛立ちを上手く抑えられないザフラマは、呪詛の言葉を吐き部屋を後にした。
その場に取り残された壊れた玩具たちは、
うつろな瞳で、今もまだ虚空を静かに眺めている。
一方、そんなザフラマの激昂など知るよしもない、
パブタスは大広間に姿を現し、来訪者たちを見渡した。
病弱と見紛う痩身のニサスカ侯爵は神経質そうに爪を噛み、
睨みつけるようにこちらを窺っている。
鋼鉄の全身鎧に身を包み、私兵達の前を落ち着きなく歩くボィミス将軍。
小狡そうに媚びた笑みを浮かべるバドナタ男爵。
その他にも、数日前に王城で密会し、
この屋敷で杯を交わした面々が、深刻そうな顔つきで一堂に介している。
「パブタス伯、状況はひっ迫している。先に用件を伝えよう。
シュナイゼル殿下とセリーヌ殿下が、数日前から王城から姿を消している。
恐らく予定を切り上げてハンニバルに向かったようだ。」
ニサスカ侯爵が口早にそう告げた。
貴族の皮をかぶった狂人たちは額を近づけ口々に喚く。
そして、後のない愚かな獣たちは牙を剥く。
ハンニバルに再び災禍の手がゆっくりと伸びて行く。




