■■2章-ルイの属性、迷える師匠の願望-■■⑤
爆ぜる様な衝撃と音が訓練場を震わせた。
一層巻きあがった砂煙がゆっくりと晴れて行く。
最後の最後まで固唾をのんで見守っていた冒険者達は必死に目を凝らす。
徐々に視界が良くなるとそれまで大暴れしていた2人の間に、
乱入者の姿が見えた。
それも2人。
「なんの真似だ、相棒。」
「こっちの台詞だ。」
ルイがいた位置を薙払おうとした短槍を模した穂先は、
レオンの楯に寸前のところで阻まれている。
受け止めた楯から伝わった衝撃と少し歪んだ楯に、
ちらりと目をやったレオンは、抗議を口にしたエドガーに一言だけ零し、
ただただ静かな瞳で睨みつける。
「教授…短剣も使えるんですね?」
「そこに驚ける余裕がある貴様に、妾は驚くぞ、ルイ。」
逆手に持った短剣をもう一方の手でしっかり支え、
エドガーの背後を強襲しようとしたルイは、
突然現れた喉元に当てられた短剣に動きを止めた。
短剣を辿った先に想定していなかったリズィクルの姿を目にして、
とぼけた声をあげてルイは驚く。
リズィクルは大袈裟に嘆息し、呑気なルイに呆れた顔を向ける。
「もういい、少し休め。」
乱入者達の干渉で、急に緊張感が切れてしまったのであろうルイは、
リズィクルの言葉に頷き、その場で意識を手放した。
彼女は、倒れてしまわぬ様にそっとルイの身を支えた。
「エド、お前がやりたかった事はコレなのか?」
レオンは歪んだ楯をエドの前に突き出し、静かな声で問いかける。
エドガーはそれを暫く見つめ、気絶して支えられているルイを見る。
額に手を当て天井に向かって大きく息を吐きだした。
「わりぃ……言葉もねぇ。馬鹿みたいに熱くなった。」
「…言いたい事がありすぎて、どう言っていいか俺もわからん。
だが、1つだけ言わせろ。
お前、ルイは玩具か何かだと勘違いしてないか?」
「…言葉もねぇ。ちと頭冷やして来るわ。」
我に返ったエドガーは幽鬼の様に、
顔を白く染め上げて情けない表情のまま、
訓練場を後にした。
レオンは、その情けない相棒の姿に一喝でもしてやりたい気分ではあるが、
自身も少し頭を冷やさなければと自重した。
エドガーを殴り殺してしまいそうだ。と言う気持ちももちろんだが、
ルイの急成長に心を奪われていたのは自分も一緒だったからだ。
「反省どころか、後悔し過ぎていっそ殺してくれって顔だったな。」
「ああ、少し死ぬ手前まで反省してもらいたいところだがな。
それでリズ、ルイの様子は?」
リズィクルは、呆れた表情はしているが、
少し心配そうにエドガーの去って行った方に視線をやりながら口にした。
レオンも困った様に眉根を歪めて答え、改めて気を失ったルイを見る。
「打撲骨折のオンパレードじゃな…。まあ、当然命に別条はない。
だが、緊張感が切れてしまったからな、
下手に目を覚ましても痛みで動けぬだろう。
睡眠をかけておいた、朝まで目は覚ます事はない。
"貴様も"これで安心であろう。
黙って見てた貴様も同罪だ、怒りを収めろ。」
リズィクルが虚空を睨みつけてそう言い放つと、
溶けていたルーファスが姿を現せた。
「最後2人が止めに入るの見てなかったら、
俺っちがエドっちを殺してたっすよ……。
まあ、それまで見惚れてたのも事実っす…。
はぁ…マサルを呼んでくるっす。
エドっちには後で全員で説教っす。」
ルーファスは少しだけ怒気を孕んではいたが、
リズィクルに刺された同罪と言われた釘がなかなか効果的だったようで、
怒りを収め足早に去って行った。
彼から話を聞けば、マサルの事だ1時間もせずにこちらに来るだろう。
レオンは大きく息を吸い吐き出す。
「さっさと行ってやるといい。ルイは妾が見ておく。」
こちらを見る事なく、リズィクルがそう口にした。
レオンは「頼む。」とそれだけ告げ、
大馬鹿をやらかした相棒の下へ向かった。
ギルドの建物に戻り、何人かの職員に聞いて回ったところ、
エドガーは白い顔をして外に出て行ったと聞かされた。
レオンは小さく嘆息をして、
こういう時に必ず相棒が向かう場所へ足を向ける。
中央通りの一本奥に入ったところにそれはある。
一見ではなかなか入ろうとは思わない、看板も何も無い酒場。
"謝肉祭"の重い扉を開くと、カウンターにグラスを片手にうつ伏せの相棒と
困り顔をした知己のマスターが目に入った。
マスターに軽く手をあげ、エドガーの横に腰を下ろす。
「同じ物を。」
「レオンか……ほっといてくんねーか?
……って言いたいがそうもいかねーわな。」
「ああ、行かないな。」
レオンの声に反応を示すも俯いたまま顔を上げずに、
エドガーは力なくそう口にした。
マスターはレオンの前に、グラスを置くとバックヤードに姿を消す。
その心使いに胸の内でレオンは礼を述べた。
「やっちまった。」
「知っている。」
しばしの沈黙。
レオンはエドガーが自分から口を開くのを待ち続ける。
そして何か零す度に、一言だけ返し、また酒を口に運ぶ。
「言い訳したいからじゃねえんだけどよ。
お前も一回やってみたらどうだ?」
「師匠に馬鹿は1人でいいだろ。」
エドガーの突然の申し出の意味がレオンには分かっている。
"どんどん自分と手合わせしている間も成長して行くあの弟子とは、
見てるだけじゃ伝わらない喜びがある。"
相棒は、そう言いたいのだ。
「…まじで罪悪感しかねぇ。」
そして、エドガーはそう零して顔をあげた。
情けない程、困った顔をしている相棒のその姿に、レオンはつい笑ってしまう。
珍しく声を出して笑うレオンをエドガーは不思議そうに見る。
「まあ、エドも飲め。たまにはこういうのもいいだろう。」
「まあ、それはいんだけどよ。なんで相棒はそんなに笑ってやがる?」
「マスター、悪いがこの酒のボトルを一本もらえないか?」
バックヤードから姿を見せたマスターは、2人の前にボトルを置き去り際に、
笑顔で頷いて再び姿を消した。
一言二言他愛の無い会話をかわし、2人はグラスを傾ける。
そうしてボトルの半分程を飲み終えたところで、
レオンは表情を引き締めた、そして一言だけ口にして酒を口に運ぶ。
「やり切れ。」
「あ?……相棒、何言ってんだ?」
エドガーはレオンが酔っぱらったのかと慌てて顔を覗きこむ。
しかし、そうではないとすぐに気づく。
静かな瞳だが、しっかりと意思を込めてこちらを見据えていた。
「馬鹿やったら止めるのは俺の仕事のはずだが?
だから、きちんと止めてやっただろ。
また止めてやる。だから好きに続ければいい。
ルイもそれを望む、むしろ今のお前をあいつは望まない。」
「…。」
レオンのその言葉にエドガーは何も言い返せない。
返す言葉が見当たらない。
そんなエドガーの両肩をレオンががっちり掴んで目を睨みつける。
「正直に言うぞ。
お前がルイに一発もらった時、心が震えた。
見てるだけの俺ですらだ。
俺がお前の立場なら言葉すらでない程、感激に身体を震わせたはずだ。
たった2か月足らずだぞ?
お前が意図的に当時の速度でルイを試しているのはすぐにわかった。
だが、武器の扱いなど碌に出来なかったルイが、
ああもあっさりとお前の腹を小突いた。
そして、笑って口にした"まず一発"。
震えた、俺は確かにルイの成長を見て歓喜した。」
レオンが一気にそう捲し立てた。
エドガーはこんなに感情を高ぶらせるレオンの姿に心の底から驚いた。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、レオンは照れ臭そうに酒を口に運ぶ。
ゆっくり酒を浸透させる様に飲み干して、ボトルを手にして言葉を続ける。
「お前くらいは傍若無人な師匠でいろ。
ルイの事は心配しなくていい。
今ルーファスがマサルを呼びに向かってる。」
「傍若無人って…言葉が容赦ねーな。
そうか…ルーファスのヤツ、キレてやがったか?」
「当然リズも怒っている。
最後の馬鹿を見てないマサルはそう怒らんだろう。」
徐々に顔から強張りが取れて来たエドガーの様子に、
レオンは少しだけ安堵する。
今回の件は、確かにエドガーはやり過ぎた。
特に最後の一撃に関して言えば、
訓練用の武器とは言え下手をすればルイは大怪我を負っていただろう。
だが、ルイはきっとなんの悪感情もエドガーには抱いていない。
1人で勝手に罪悪感に苛まれて今後手を抜く様な事があれば、
ルイはきっと悲しむだろう。
「…まったく、周囲の者を振り回すだけ振り回す困った師弟だ。」
レオンがそう吐露すると、エドガーはバツが悪そうに頭を掻いた。
ボトルを片手に、レオンは顎をしゃくって「空けろ」と促す。
エドガーは無言でグラスを口に運び飲み干した。
空いたグラスにレオンも口を開くことなく酒を注ぐ、
エドガーはレオンが纏う空気が変わるのを感じ取った。
「…何を言われても仕方が無い事をした自覚はあんだ…。
気にせず言ってくれ相棒。」
レオンが先ほどから、言いづらそうにしている口を濁している事に、
薄々察しているエドガーは、そう水を向けた。
レオンは並々注がれたグラスを一気に空け、
エドガーをしっかり見据え口を開く。
「約束しろ。"絶対に訓練では殺すな"…俺が言いたいのはそれだけだ。」
「お前っ!」
その言葉にエドガーは耳を疑い目を見張る。
"絶対に訓練では殺すな"。と確かに口にした。
訓練で無ければ、ルイに手をかける事を容認するような口ぶりだ。
思わずカッとなり、エドガーはレオンの胸倉を掴み上げる。
それでもレオンは何も言わず、ただじっとエドガーの目を覗きこむ。
心の底まで覗きこむ様なその視線に、ただただ居心地の悪さを覚える。
狼狽するエドガーに目をじっと見つめながらも、
レオンはレオンで、自身が二の句を継げるべきか否か逡巡している。
そもそも先ほどの言葉ですら口にするべきではないと考えていたのに、
口にしてしまった事に、自身でも驚いていた。
だが、再び頼りなく情けない顔をした相棒の姿は見ていられず、
意を決してしっかりと言葉にする事を選択した。
「ルイが大人になる頃には、そりゃ恐ろしい程強くなるだろうな。」
胸倉を掴んでいた手を軽く払い、レオンは語り出した。
動揺はしている様だが、
激昂する事なく話に耳を傾けているのを確認したレオンは続ける。
「その時になってエドが本気でやり合いたくなったらやればいい。
それは、お前が決める事だ。非難する事は誰もできないだろう。
きっとルイもいつかはお前を超えたいの願っている。
喜びはすれど、拒絶はしないだろうさ。」
エドガーは小さく頷く。
レオンは空いたグラスに酒を再び注いだ。
酒の力でも借りなければ、こんな事を口にしたくない。
情けない男だと自嘲しつつも、手を止める事は出来ない。
「だが、そこまで至っていない間は絶対に認めない。
ただ、お前の自己満足でルイの命を奪う事は認めないっ!」
語気を強め、声を張り上げレオンはなおも続ける。
「お前が本気で戦ってもなお、強敵だとルイを認めるまで待てっ!
それぐらい待てるだろうっ!何故、あんな場で"一閃"を放ったっ!
お前が死ぬ覚悟と、ルイを殺す覚悟を持ってやり合えっ!
覚悟も無しで殺す事は許さんっ!
その覚悟を持って成すと言うなら立ち会ってやるっ!
……その後でルイを殺したお前を俺がきちんと殺してやる。」
――ダンッ。
そう言い切ったレオンは酒を空け、
グラスをカウンターに叩きつける様に置いた。
珍しいレオンの大声とグラスの音に、
様子を窺いに顔を出したマスターに、軽く詫びる。
特に問題がない事を確認したマスターが、再び姿を消す。
レオンはグラスで手遊びをしながら、
小さく…でも、しっかりとした声で呟いた。
「お前みたいな馬鹿な相棒を持った俺の義務だ。」
「かかかっ。そいつは難儀な相棒を持っちまったな。」
軽く笑って軽口を叩き、エドガーも酒を煽ってグラスを空ける。
「……殺したいなんざ思ってねーよ。」
「わかってる。」
そんな極々短いやり取りをかわし、2人は弛緩する。
「ただ、俺が全力出せるうちによ…。
どうにか育たねーかなとは、本気で思ってる。
弱っちぃ俺とやりあって、ルイをがっかりさせたくねーんだわ。」
「育つさ。お前と俺の弟子だ。当然だろ?」
本音を零したエドガーに、
短くだがはっきりとルイなら出来るとレオンは口にした。
その言葉に憑き物でも払われた様な表情をエドガーは浮かべる。
「かかっ!!違いねぇなっ!あれはすげーぜっ!
…ったく、成長が早いもんだからはしゃいじまった。
ああ、俺が悪かったっ!楽しみは先々まで取っとくとすらぁ!」
呵呵と笑い、弱っていた自分ごと飲み干す勢いでグラスを空ける。
ちまちま注ぐのも面倒になり、ボトルに口をつけて一気に飲み干した。
「そう思うんならマサルたちにも素直に"明日"詫びろ。
お前の気持ちが分からないヤツらじゃない。
実際、リズもルーファスも…俺もだな。
最後の最後のギリギリまで見惚れてしまっていた。
お前だけが悪い訳じゃない。」
「明日でいいのかよ?かかっ!随分、今日は優しいじゃねーかっ!
マスターっ!辛気臭い話は終わったから一緒に呑もうぜっ!
今日は珍しく相棒も付き合ってくれるみてーだからよ!
ボトルもう一本くれよっ!」
珍しい事にエドガーが肩を落とし、
辛そうな顔をして来店した事を心配していたマスターは、
その言葉を聞くと喜色を浮かべて、顔を出した。
すっかりいつものエドガーに立ち直った姿に安堵し、
新しいボトルを2人の前に置き、「私も飲むのでこれは驕りです。」と破顔した。
すっかり朝まで付き合わされる事が確定してしまい、レオンは苦笑する。
「…それより忘れるよ?セリーヌのために今は動かねばならん事を。」
「…すげー忘れてた。面倒かけてわりーな。相棒。」
「お前の面倒など、今さらだ。相棒。」
「お2人の変わらぬ友情に。」
「「乾杯。」」
マスターがやんわりとした声音に釣られて、2人はグラスをぶつけた。
レオン
「…⑤?
エドガー
「言うな、俺が悪い。




